初めてのお客様です

「では、行ってまいりますわ!」


 リリスは私のポーションを持ち、意気揚々と飛び出して行った。


「いってらっしゃーい」


 私はそれを見送り、ポーション作りに集中するため、地下室に篭った。


 注文を受けているポーションの半分は終わらせた。

 残り半分の500個は、集中すれば一時間程度で終わるだろう。


「よいしょ、っと……」


 材料となる薬草と魔核を、作業台の上に置く。


 魔物を倒したらドロップする『魔核』を、錬金の材料に出来るかと試したところ、問題なく魔石の代わりにすることが出来た。しかも純粋な魔力の塊なので、普通の魔石よりも長持ちする。


 これで作業費用がグンと下がったのは、嬉しいことだ。


 この町は田舎なだけあって、あまり行商人がやって来ない。それが来るまで待って、しかも値段の高い魔石を買うより、リリスに頼んで魔核を持って来てもらう方が、はるかに効率も良い。


 魔物って何やねん! と最初は思っていたけど、新しく生まれて来てくれて助かった。

 これで作業効率は何倍にも跳ね上がる。魔物様様だ。


 ……ただこの感謝は、私の胸の内だけに留めておこうと思う。


 普通の考えとしては、魔物は人間の敵だ。

 魔物のせいで家族を失った人も多いと聞く。それなのに空気を読まず「魔物のおかげで助かるわぁ」なんて言ったら、大勢の人から叩かれるだろう。 


「……あぁ、敵と言ったら、魔族のことも気になるなぁ」


 どうやら、魔族と魔物は同じ括りにされているらしい。


 どうしてそうなったのかは、まだわかっていない。これも、そのうちよく調べておかないとなぁ……。


「誰か、詳しい人に聞いた方が早いよねぇ」


 この町で知っていそうな人だと……やっぱりジュドーさんかな? 冒険者も関わっていそうな件だから、ヴァーナガンドさんも知っているかもしれない。


 でも、それを聞くためだけに二人を呼び止めるのは、少し申し訳ない。普通に会話している仲だけど、あれでも二人はギルドマスターだ。めちゃくちゃ忙しいに決まっている。



 ──カランカラン。



 と、作業に取り掛かろうとしていたところで、誰かが来店した音が聞こえた。

 持っていた道具を置き、私は地下室から出る。


「はーい、いらっしゃいませー……って、何だ。シュメルか」


 今日初めての客は、町の医者シュメルだった。


「何だとは何だ。お前が来てと言ったから、来たのだろう」


 シュメルはいつもの仏頂面で、そう口にした。

 不機嫌に見えるかもしれないけど、これが彼の素だ。


「ちゃんと来てくれるところ、根は優しいんだろうけどなぁ……」


「別にお前のためではない。この店が使えるものかどうか、見に来ただけだ」


「あ、そう……それで、町一番のお医者様は何をご所望で?」


「この店では、ポーションは扱っていないのか? あるならば、少し見せてもらいたい」


「あるよー。はい、これね」


 この店のポーションは、ギルドの方で販売している物と純度は変わらない。


「これが噂の……だが、住民には少し高いな」


 一つ1000ゴルドというのは、ただの擦り傷程度で使うには高すぎる。

 この前、キッドさんに実用したように、大怪我を負った時くらいにしか使えない。


「もう少し安い物はないのか?」


「ポーションではないけど、これだね」


「この粉は何だ?」


「回復薬だよ。ただ、ポーションよりは効き目が薄いけどね。それと、粉薬だから苦いのに注意ね。他の薬と混ぜても問題ないよ」


「ちなみに、傷はどれくらいが限度だ?」


「うーん……これはちょっと深い切り傷が限界かな? でも、100ゴルドだから気軽に使えると思う」


「その効能で、その価格は十分すぎる。一体、何を使っているんだ?」


「え……そこらに生えている薬草を擦り潰して、腐らないように保存魔法を掛けただけだよ?」


 薬草はそのまま齧っても良いけれど、擦り潰した方が回復効果が上がる。その代わりに保存期間は激減するので、保存魔法を掛ける必要がある。


 これは基本だと思ったんだけど…………まさか。


「まさか、知らなかったの?」


「…………誰も薬草を磨り潰すことをしていなかったな」


「マジか。ほんと、クラフタージョブちゃんとしてよ」


 本当に過去の我が子達は何をしていたんだと、過去に戻って問い詰めたい。

 クラフターをする上で大切な基礎中の基礎すら出来ていないなんて、創造神泣いちゃうよ?


「情報料だ」


 シュメルはそう言って、カウンターの前にお金を置いた。


「……いや、何してるの?」


「良いことを教えてもらったのなら、金を払うのは当たり前だろう」


「ああ、チップね」


「チップ? 何だそれは」


「いや……古い田舎の言葉だよ。気にしないで」


 チップという言葉は無くても、そういう気持ちはあるんだね。

 でも、この程度の知識でチップを貰えるとは思わなかった。嬉しいというより、悲しい感情しか湧いてこない。


「これはいらない。この程度、誰もが知っている情報だと思っていたからね」


「耳が痛いな」


「エルフだから余計に痛い?」


「すまん。面白くない」


 …………失礼しました。


「ま、まぁ……その代わりに私の商品を買ってよ」


「わかった。では、その粉薬を10個いただこう」


「はいよ。1000ゴルド丁度ね。他に何かある?」


「魔道具に必要な魔核も貰う。……それと、ここは道具の整備も請け負っていると聞いたが?」


「はい、これが魔核ねー、それで道具の整備? うんやってるよ」


「……本当に器用だな」


「雑貨屋ですからねぇ……んで? 何を見れば良いの?」


「これだ」


 カウンターに置かれたのは、医者の使う治療器具だ。見た感じ破損はしていない。ただ、使い込まれているからなのか、少し汚れが目立っている。これでは変な雑菌が付着してしまうかもしれないな。


「全部新品同様に直せば良いのかな?」


「ああ、それで構わない。明日に取りに──」


「じゃぁ、すぐに出来るから待って──ん、何か言った?」


「……いや、何でもない」


「そう? それじゃ、三分待っててね」


 新品のように綺麗にする程度、改造が大好きな錬金術師にとって、朝飯前のようなものだ。

 作業台のある地下室に行き、一つずつ綺麗にしていく。



 ……うずうず。


 …………うずうず。


 ………………うずうず。



「ねぇ、改造しちゃダメ?」


「ダメに決まっているだろう」


「ちぇっ……」


 やっぱり錬金術師の血が騒ぐってもので、道具を触っているとどうしても改造したくなっちゃうんだよ。


 でも、ダメだと言われたのなら仕方ない。

 その代わりめちゃくちゃ綺麗にしてやろう。


 渡された全ての道具をピカピカに修復し、私はそれを持ってカウンターに戻る。


「はい、終わったよ」


「本当に三分で終わるとは……しかも、想像以上の出来だ。改造はしていないな?」


「…………していないよー」


「その間は何だ。まぁ、良い……いくらだ?」


「500ゴルドだよ」


「これも安いんだな」


「え、安いの? 普通だと思ったんだけど?」


「普通に修復を頼んだら、その二倍は掛かる。今後は修復の度合いで値段を変えるといい」


「へぇーー、そうなのか」


 ほんと、シャルが現界したら、儲け話がそこら中にありすぎてウハウハしそうだな。

 あいつは私よりも容赦がないから、巻き上げられるものは限界まで巻き上げるだろう。私もあいつからは──っていやいや。この話はやめよう。私の古傷が抉れてしまう。


「参考にさせて貰うね。……ま、今日は教えてもらったお礼に割引ってことにしておくよ。400ゴルドでいいよ」


「ありがたい。これからも何かあればここに来ることにする」


「毎度あり。良いお客さんを得られて、嬉しいねぇ」


「商人魂ってやつだな。金にはうるさいくせに値段は他より安いとは、変な奴だ」


「この商法は私の友人から教えてもらっただけ。本質じゃないよ。それに、これでも少し高いかなって思っているくらいだから、気分は儲けさせてもらっているよ」


 だってポーションの値段が五倍に設定されているのに、爆売れしているんだもん。


 そりゃ私もウハウハになるさ。


 修復だって、最初は100ゴルドで十分だと思っていたし。

 リリスに「こんなの500でも安いくらいです!」と言われたからその通りにしたけど、まさか本当に500ゴルドでも安いとは思わなかった。


 ごめんねリリス。お前のことを少し疑っていたよ。

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