追いかけっこをしました

 一体、どれほど歩いただろうか。


 近くに悪魔は居るはず……なんだけど、奥に進めば進むほど、悪魔の存在を認識出来なくなってくる。


「ねぇ、リリス……本当にこの先で合っているのかな」


「…………」


 リリスからの返事はない。


 ずっと前を見て、ただ真っ直ぐ進む。

 彼女から離れるのは危険なので、私はその後を追うしかない。



 ……何だろう。



 そっちに行ってはいけないような。変な予感がする。

 終わらない道を歩いているような。同じ道をループしているような。そんな不思議な感覚だ。


 気味が悪い。


 この森は、こんなに不気味だったっけ?

 私が最初に落ちてきた森なのに、全く別物の森に足を踏み入れているようだ。




 ──テ……ぁ、様!




「……ん? ねぇリリス。今何か──」


「ティア様」


 リリスは急に立ち止まり、くるっと私に向いた。


「どうしたのリリス?」


「申し訳ありません。──死んでください」


「え、ちょ……!」


 リリスが手を向け、そこから魔力の弾丸が射出される。


 私の脳内に警鐘が鳴り、全力で横に跳ぶ。

 ドゴッ! という音がして、元居た場所を振り向くと、そこは深く抉れていた。


 今の攻撃は、私を本気で殺す気だった。


「リリス! やめて!」


「申し訳ありません。私のために、おとなしく死んでください」


 先程よりも濃厚な魔力。

 あれは──避けられない。


「くっ──これでも、喰らえ!」


 私は飛び退くと同時に、とある物をリリスの顔面に向けて投げる。


「こんな物──っ、ぐ!」


 悪魔公デーモンロードであるリリスは、私が投げつけた物を片手で切り裂いた。


 その瞬間、辺りに閃光が迸る。


 私が創ったのは『閃光手榴弾』という物だ。

 衝撃を与えると爆発して、一定時間目潰し効果のある光を生み出す。


 私はリリスの視界が戻る前に、身を翻して駆け出した。


 どうしてリリスが、急に敵意を見せてきたのかわからない。

 話し合いが通じるようにも思えなかった。

 私は何の力も持たないので、真正面からやりあうことも出来ない。


 なら、私に出来ることは逃げるのみだ。


 後ろから破壊音がした。

 リリスが暴れているのだろう。


 ──パァン!


「んにゃ!?」


 無造作に放たれた魔法弾が当たり、真横の木が破裂した。


 どんな破壊力だよ!

 私に当たったら絶対大怪我するって!


「もうっ! 何なのさ!」


 私は文句を言う。


「何よ、途中で採集していたのがダメだったの!? なら言ってくれればいいじゃん! 私だって注意されたらやめるよ。どうもすいませんでし──ぁああああ!?」


 再び、真横の木が爆ぜる。

 だからって振り向くことは出来ない。私はただ逃げる。


 そんなことをして、約一時間。


 私は違和感を感じていた。


 どんなに走っても、森の出口は見えてこない。

 木の根に引っ掛かって転んでも、痛みは感じない。


 息切れもしない。


 リリスは永遠と追いかけてくる。


 何度も魔力の弾を撃ってくる。

 何度も私の真横にある木が爆ぜた。



 ──やっぱりおかしい。



 私は立ち止まる。


「どうしたのですか? もう、諦めたのですか?」


 リリスが私に追いつく。

 その手には、濃厚に練り上げられた魔力が出来上がっていた。


「鬼ごっこはおしまいでしょうか?」


 リリスは軽く手を払う。

 私の横に生えている木が──爆ぜた。


「たとえティア様でも、これに当たればひとたまりもないでしょう。逃げても良いのですよ?」


 口元が三日月状に歪む。


 悪魔の笑顔と呼ぶのに相応しい笑みだ。

 それは妖艶でもあり、女に飢えている男性ならば、一瞬にしてリリスの虜となるだろう。


「……いや、私はもう良いよ。疲れた」


 私は諦めの言葉を口にする。


「では、私と戦いますか? あなたがこの私に勝てるとでも?」


「いや……私は何の力も持たないし、もう戦わない」


「潔く死ぬと?」


「死ぬつもりもないよ」


 意味がわからない。そんな顔をされた。


 当たり前だ。戦う気力はない。勝つ自身もない。諦めているけど、死ぬつもりもない。そんな矛盾したことを言われれば、誰だって困惑する。


「良いのですか? 私の魔弾は、あなたを殺しますよ?」


「ああ、良いよ。リリスに殺されるなら、私はもう良い」


「本当に良いのですか? 私は──」


「どうしたの? 早く殺してみなよ。──殺せるなら、ね」


 私は両手を広げて、おどけたように言ってみせる。


「……くっ」


 私は隙だらけなのに、リリスは一向に攻撃をしようとしない。

 もう彼女に手元にある魔弾は、今すぐに射出可能なはずだ。それなのに、どうして攻撃をしないのか。


「攻撃出来ないんだよね?」


「──っ! そんな、ことは」


「なら、どうして攻撃しないの? 私はこんなに無防備なのにさ」


 そう。リリスは私に攻撃出来ない。



 なぜなら──



「攻撃をしても意味がない。……いや、逆に攻撃をしたら全てがバレてしまうから、攻撃出来ないんじゃないの?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る