病人を救いに行きます
「ベタ! 先生!」
男性、ロットさんは家に入るなり、焦りを抑えきれずに走り出した。
私とリリスは後を追いかけ、二階に上がる。
「ベタ!」
奥の寝室では、死んだように眠る少年がベッドで横になっていた。10歳前後の少年だ。
この子がベタなのだろう。
その側には、白衣を着た青年が座っている。
鮮やかな金髪と、整った顔。この辺では見かけない特徴的な長耳──エルフか。
この町に医者がいるのは知っていたけど、エルフだったのか。閉鎖的な種族がどうしてここに? とは思うけれど、それを今考えている場合ではない。
「ロット……ポーションはどうなった?」
「それが、すでに完売してしまっていて……でも、代わりに治してくれるって人を連れてきた。ティアさんとリリスさんだ」
「ほう? …………なるほど。ロットすまない。少し、席を外してくれるか?」
「ああ、わかった。何かあったら、呼んでくれ」
ロットさんは言われた通り部屋を出る。
部屋の中には私とリリス、医者のエルフと眠っているベタだけとなった。
「で、なぜ悪魔がここにいるんだ?」
エルフは、魔力の扱いに長けた種族として有名だ。
一目見ただけでリリスが悪魔だとわかっても、不思議ではない。
医者は魔力を放出して圧力をかけるけど、それを受けているリリスは涼しげだ。
「リリスは私が召喚した召使いだよ。人に被害を加えないよう言ってあるから、安心して」
「お前は、人間ではない変な魔力をしてい──」
「そんなことより、今はこの子の治療が先でしょ? 私達を怪しむのはどうでもいいけど、あんたの本職を見失わないで」
「……っ、そうだな」
「ベタ君はどう?」
「昨日から変わらない。……その様子では事前に聞いていたようだな」
「うん……そして直接見たことで、予想が確信に変わった」
確かにこれは、私の作るポーションでは治せない。
傷は元々そこまで深くなかったのか、完璧に塞がれていた。医者を名乗るだけあって、治療の腕は良いらしい。
「リリスは?」
「ティア様と同じく。これは悪魔の仕業でしょうね」
「──悪魔だと!? やはりお前が!」
「落ち着いてって。これは悪魔の仕業だけど、リリスの仕業じゃないよ。手口が違うもん」
「ええ、その通りですわ。悪魔にも種類はあります。これを引き起こしているのは『幻魔』。私はどちらかと言うと『淫魔』ですわ」
自分のことサキュバスだと認めたぞ、こいつ。
「淫魔は男性に性的な夢を見させ、性欲を吸い取りますわ。それに対して幻魔は、狙った獲物に幻または悪夢を見せ、恐怖の感情を餌とします。夢を見せる以外に何も出来ない雑魚ですわ」
後半少し馬鹿にしたな。
悪魔はプライドが高いから自分より階級の低い悪魔をよく見下すって聞くけど、どうやら本当らしい。
「多分そいつを消せば、ベタ君は目覚める。リリス、そいつの場所はわかる?」
「……残念ながら。陰湿な幻魔らしく、身を隠すのだけはお上手なのでしょう」
お前はいちいち馬鹿にしないと気が済まないのか。
「潜んでいるとしたら、近くの森林だろう。あそこは身を隠すのに適している」
「まぁ、そこだろうね。──よしっ! それじゃあ行ってくるよ。リリスもね」
「はい、お任せください」
「待て。行くのならば森に詳しい俺がいた方がいい。俺が行く」
「「却下 (ですわ)」」
「なっ!?」
「二人で行く。あんたはここでベタを見守っていて」
「それにあなたから溢れる魔力は異常なほど微力です。男だからって無理をしない方が良いですわよ」
「……くっ…………」
リリスが言った通り、このエルフから感じる魔力は微弱だ。
多分、十分に魔法も撃てないだろう。
エルフでは珍しい体質だけど、訳ありなんだろう。
「ベタ君の体調が急変した時が怖い。その時のために、一人は残った方が良い」
この場合、残るのは私か医者のどちらかだ。リリスはそういうのには無知なので、力にはなれない。
私が残れば、医者はリリスと共に行動することになる。危険だ。
だから医者が残って、私とリリスが行くのが最良の選択肢となる。
「ってことで行ってくるよ」
◆◇◆
散歩に行くような気軽さで町を出た私達は、すぐに件の森へと向かっていた。
「ちょ、これは恥ずかしいって!」
「大丈夫です。誰も見ていません」
「それでも絵面が恥ずかしいの! 頼むから降ろして!」
私の足は遅いという理由で、私はリリスにお姫様抱っこされていた。
楽なのは良いんだけど、やっぱり恥ずかしさが勝る。
そもそも私の足が遅いは酷いでしょ。仕方ないじゃん。錬金術以外はダメダメなんだよ!
自分は足が速いからって馬鹿にしやがって。
「もう少しで森林に辿り着きます。それまで我慢してください」
「うぅ……! ぐぬぅううう!」
「ああ! その羞恥に歪んだ顔も最高ですわぁ!」
「ちくしょーーーーーー!」
リリスがめちゃくちゃ勝ち誇ったような表情をしているのが、一番悔しい。
でも、私が走るより何倍も速いし、私が気分を悪くしないように考慮して、極限まで揺れを抑えてくれている。
悪魔のくせに主人思いで、またそこが悔しい。
徒歩で丸一日かかる距離を、リリスのおかげでものの10分で辿り着けた。
その間私は、リリスに赤面した顔を見せたくないという謎の対抗心を見せ、両手で顔を覆っていた。そのことに文句を言いたげなリリスだったけれど、そんな気持ちはガン無視だ。
「……はい、着きましたよ」
「よし降ろせすぐ降ろせ今すぐ降ろせ」
「言われなくてもわかっています。──チッ」
「おい、露骨な舌打ちやめろ」
どんだけ私の恥ずかしい顔が見たかったんだよ。
「……とにかく、やっと森に着いたね。リリス、ここから探知出来る?」
「…………森の奥の方に、微弱ながら悪魔に近い魔力を感じます。おそらく、それが幻魔かと」
「よし、当分は奥に進めば良いんだね」
「ですが、ここには多くの魔物が生存しています。お気をつけて」
「その場合はリリスが守ってくれるから大丈夫でしょ」
「悪魔に背中を預けるお方は、珍しいです」
「でも、守ってくれるんでしょう?」
「……ええ、勿論ですわ」
リリスは高貴(自称)な悪魔だ。公爵級なだけあってプライドも高い。そんな彼女が、約束を破るなんてことはしないだろう。
それがわかっているから、私はリリスを頼る。
「後で追加料金を頂きますわよ。たっぷりと、あなたの魔力を」
「わかったよ。満足するまで吸うと良い。その代わり、悪魔の相手は任せたからね」
「お任せくださいな。陰湿な雑魚相手に負けることなんて、あり得ませんわ」
「だから、いちいち馬鹿にするのやめよう?」
「それは無理ですわ」
「あっ、そう……」
私達は森の奥へ奥へと歩き進める。
途中、何度か魔物に遭遇したけど、リリスが軽く殴るだけで、魔物は霧散していった。
……おかしいな。リリスは魔法型って聞いていたんだけどな。気のせいだったか。
え、私?
ただリリスの後を追いかけていただけですけど、何か?
おかげで薬草や錬金材料を沢山採集出来たし、魔物から落ちる魔核を沢山拾えた。
魔核とは、魔力の残骸──魔素が固まって出来上がった。簡単に言うと魔物の心臓のような物だ。
これは初めて見るものだったけど、どうやら魔石と同じ用途として扱えそうだ。むしろ、純粋な魔素の塊なので、魔石以上に使えるかもしれない。だから、リリスが殺した魔物の魔核は、必ず拾っていた。
「ティア様、魔力を強く感じるようになりました。お気を付けて」
「より一層気を引き締めて、そのまま進んで」
「かしこまりました」
奥に進むほど、私も不気味な魔力を感じるようになっていた。
だけど、リリスの魔力をいつも感じている私にとって、それは本当に微弱なものだった。
確かにこれは、リリスが馬鹿にするのも仕方ないな。
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