不穏な空気ですね
元はサキュバスだったんかい。
やっぱり生きる18禁じゃないか。
と言うか心読むのやめて?
「今は違います。
はぁ? 夜な夜な町の男どもの精気を吸っているくせに、何を言っているんだ。
定期的に発情して自慰しているくせに、何が節度ある行動だ。
「……あれ? 信じていただけていないようですね」
「当たり前でしょ。解雇したくなってきたよ」
「まだ何もしていないのに!?」
まだって何だよ。それとなくヤルつもりだったのか?
……おっと、ダメダメ。私も下の方のワードに反応しやすくなってきたな。気をつけないと。
「下ネタに反応するティア様も──イイです」
心底黙ってくれと願った。
「……にしても、どうするのさこれ」
周りにはいまだに眠り込んでいる男達が。
その中心で話し込んでいる私達は……うん。めちゃくちゃ目立っている。
どう収拾をつければいいんだろう。
それに困っている私に、救いの声が──
「おお、ティアじゃねぇか。よく来てくれたな」
冒険者ギルドのギルドマスター、ヴァーナガンドさんだ。
「ヴァーナガンドさん、こんにちは。あの、これは……その……」
救いの声だと思っていたけど、一番バレちゃいけない人では?
どう言い訳しようかと考え、言葉に詰まる私。
ヴァーナガンドさんはそれを見て笑い、寝転がっている冒険者の一人を蹴り飛ばした──って、いやいや待て待て。蹴り飛ばすのはダメでしょう。
「こいつらがそこの嬢さん、リリスに絡んでいるのを、俺も見ていたからな。奴らは女一人を囲んで調子に乗っていたが、それに対してリリスは何もしていなかった……ように見えた。だからリリスは、お咎めなしってことにしておいてやるよ」
手を出そうとすれば、俺が全員張っ倒していたんだがな。とヴァーナガンドさんは言った。
……結果を言うと、リリスが相手して良かったのかもしれない。
リリスは、彼らに欲望のままに夢を見させていると言っていた。つまり、まだ幸せだ。
でも、ヴァーナガンドさんが相手をしていた場合、この場には血が飛び散っていた可能性がある。
「だがまぁ……こいつらにはペナルティだ。リリスもそれでいいか?」
「私は美味しく頂け──別に気にしていないのですが」
「そう言うわけにはいかん。一応の罰は必要なんだよ。また馬鹿をしないようにな」
「そうですか。この方々がどうなろうと私には関係ないので、ギルドマスター様の好きになさってください」
なんか丸く収まっているけど、二人がそう言うのであれば、もうそれでいいか。
私だってこの話を掘り下げることはしたくない。面倒だし。もう色々と疲れたので帰りたい。
「あ、そうだ。ガンドさん、うちのリリスが登録で変なことをしなかった?」
「至極普通だったぞ。ジョブ以外はな」
「……ジョブ以外? おいリリス、どんなジョブ選んだの?」
「え、勿論『
…………それ、ジョブだったのか。
でも『
悪魔の階級を提示しちゃったら、流石に危ないんじゃない?
「いやぁ、見たことなかったジョブだったから、思わず二度見しちまったぜ。でも不気味なジョブだよな。名前に『悪魔』が含まれているとは……だが、邪悪なるものを弾く結界が反応していないし、こんなところに悪魔がいる訳ないよな」
──よし! バレてない!
「そ、それじゃあ私達は帰るね。また来るよ」
私はリリスの腕を引っ張ってギルドを出ようとする。
これ以上ボロが出る前に、お家に帰りたい。
「おう! 待ってる──」
「お願いだ! ポーションを売ってくれ!」
ヴァーナガンドさんの言葉は、突然ギルドに響いた大声に中断された。
声がした方に視線を移すと、30代くらいの男性が息も絶え絶えに、ギルドの入り口に立っていた。
何だ? 何事だ?
見た感じ、とても焦っているようだ。
近くにいた冒険者が心配して駆け寄り、ギルド職員がお水を持って事情を聞き出そうとしている。
でも、その男性はただ必死に懇願をしている。
「頼む! 俺にポーションを売ってくれ! 冒険者限定だというのは理解している、だが、頼む……!」
何やら不穏な空気だ。
男性の表情は苦痛で歪んでいる。
よく見ると、膝に擦り傷があった。走っている途中で転んだんだろうか?
ギルド職員は治療術士を呼び、傷はすぐに癒えた。
でも、男性はそれどころじゃないらしい。
「俺のことはいい! 息子を助けてくれ!」
「落ち着いてください。一体どうしたんです?」
ギルド職員は冷静に状況を聞き出そうとしている。
「……息子が、森に入って大怪我をしていたんだ。医者に頼んで応急手当てをしてもらった。だが──いつまで経っても息子は目を覚まさないんだ!」
「目を覚まさない? 脈はどうなんだ?」
ヴァーナガンドさんが近寄り、事情徴収をする。
「医者によると、今のところは落ち着いているらしい」
「目を覚まさないとのことだが、それはどういうことだ?」
「そのままの意味だ。脈はあるのに、いつまで経っても目を覚まさない。それに、時々悪夢を見ているようにうなされているんだ」
「今はどうしてる?」
「医者に付きっきりで見てもらっている」
「医者はなんて言っているんだ?」
「見たことのない症状だと……傷は治っているはずなのに、目を覚まさない理由がわからない。そこで医者は言ったんだ。ギルドで冒険者限定で販売しているポーションという物が、異常な治癒能力を持っていると。それがあれば、もしかしたら息子を治せるかもしれない、って……」
話している間に男性も落ち着いてきたようだ。
渡された水を飲み、ヴァーナガンドさんに案内された椅子に座っている。
「昨日から息子の姿が見えなくて、心配になって森に行ったんだ。……そしたら息子は、森で倒れていて……!」
「この騒ぎは何ですか?」
と、そこで騒ぎを聞きつけたジュドーさんが、上から降りてきた。
「おお、ジュドー! 良いところに来てくれた!」
「ヴァーナガンド……ふむ、どうやら状況はよろしくないようですね。説明をお願いしても?」
「ああ、実は──」
流石は商業ギルドのギルドマスターだ。
降りて来て周囲を見回し、ヴァーナガンドさんが声をかける前に、混乱の場の中心人物を理解した。
ヴァーナガンドさんは、さっきまであったことを簡単に説明した。
伝えるべきところはしっかりと伝えている。
「……なるほど。とりあえずの状況は理解しました。それで、あなたはポーションを売ってほしいと?」
「ああ、頼むよジュドーさん! 息子を助けてくれ!」
男性はジュドーさんの服を掴み、懇願する。
でも、そんな可哀想な姿を見ても、あまり良い表情はしていない。
その理由を、私達は知っている。
「助けたいのは山々です。……しかし、残念ながらポーションはもう売り切れていまして」
「そんな……!? ど、どうにか出来ないか!」
「そう言われましても……現在ポーションを作れる者はこの場に…………あ」
そのタイミングで、ジュドーさんと目が合う。
その顔には「ティアさんいるじゃん」と書かれているような気がした。
彼は真剣な表情で私を見つめ、深々と頭を下げる。
「……はぁ、仕方ないな」
「そう言って、最初から助ける気でいたのでしょう?」
「そうだけどさぁ……リリスもわかっているんでしょ?」
「……ええ、そうですわね」
はぁ、と私は二度目の溜め息を漏らした。
でもこうして見つかってしまったのだ。出来る限りのことはしよう。
冒険者達の間を抜けて、ジュドーさん達に近づく。
「ティアさん……まだ帰っていなかったんですね。助かりました」
「リリスと話していたら、ね。話は聞いていたよ」
「……君は、誰だい?」
男性は急に現れた私を見て、怪訝そうな顔をした。
「安心してください。おそらくティアさんだけが、息子さんの症状を唯一治せる方ですよ」
「そうなのか? だが、そうには……いや、治してくれるなら誰でもいい。頼む……!」
「……それでティアさん。どうでしょうか?」
「傷が癒えても目を覚まさない。時々悪夢にうなされている。息子さんは森から帰って来たんだよね?」
「あ、ああ。その通りだ」
……となると、やっぱりあれか。
「結果から言うよ。それは私のポーションじゃ治せない」
「っ、そんな……」
男性は力なく項垂れる。
「じゃあ、息子はこのまま……」
「落ち着いてよ。私のポーションでは治せないと言っただけで、息子さんを治せないと言った訳じゃない」
「えっ……」
「とりあえず、家まで案内してくれる?」
「あ、ありがとう……!」
「感謝するのは全てが終わってからにしてよ。ほら、案内して」
「ああ! こっちだ!」
私とリリスの予想は、あくまで予想でしかない。
まずは直接この目で見て、確かめよう。
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