スカウトされました

 私はジュドーさんに案内され、再び応接室に来ていた。


 ちなみにリリスとは別行動だ。

 彼女はギルドに来るのは初めてなので、ちょうどいいからと冒険者登録をして貰っている。


 私は商業ギルドで、リリスは冒険者ギルド。

 二つの勢力があるなら、どちらでも顔を利かせておいた方が、後々便利になるだろう。


 でも一つ心配なのは、リリスが悪魔だということだ。


 人では選択できないジョブがあるかもしれない。そのまんま『悪魔』とか『サキュバス』とか。

 それを見られると色々と面倒になりそうだったので、登録はヴァーナガンドさんに任せている。あの人なら少しの問題くらいには目を瞑ってくれるだろうからね。


 後は、リリス本人が何か問題事を起こさないかだけが心残りだけど……そこは本人を信じるしかないな。


「今日はわざわざご足労いただき、ありがとうございます。本当は私自らティアさんのお宅に訪問するのですが、あいにく今は長時間手が離せない状況でして……」


「いや……こっちも少し遅れちゃって悪かったよ。暇なのは違いないから、別にここに来ることを面倒だとは思っていないよ」


 私のポーションの売り上げは気になるからね。

 さて、冒険者からの評判はどうなっているのかな?


「単刀直入に言います」


「…………(ごくり)」


 それまでにこやかに微笑んでいたジュドーさんは、別人のようにとても真剣な表情へと変化した。


 それは、商人が本気で交渉をする時の表情だ。


 私は緊張して、生唾を飲み込む。スカートの裾をギュッと握りしめ、彼の次の言葉を待つ。


「ティアさん……」


 ジュドーさんは立ち上がり、私の横まで歩いて止まる。

 そして────



「ギルドと専属契約を結んでください!」



 土下座した。

 動きが速すぎて、一瞬ジュドーさんが消えたのかと思った。


「え、いいよ」


「お願いします! 報酬は弾みますからどうか──っていいのですか!?」


「うん、勿論だよ。その方が私の商品を色々と提案しやすいでしょ?」


「ありがとうございます! これで我がギルドは将来安泰です!」


 大袈裟だなぁと思った。


 私がいることで助かるのは、冒険者の生存率アップと、良質な商品の仕入れが可能となるくらいだ。

 もしこの町に魔物が襲って来ても、私は何の力にもなれない。出来るのは精々、冒険者の治療と住民の避難のお手伝いくらいだ。


 その治療も医者がいれば問題ないし、避難だって土地勘がある訳じゃないから、下手をすれば避難する側に加わるかもしれない。戦闘は全く出来ないんだ。私、部下に錬金術以外は何も勝てないんだから。


「でも、商業ギルドとの専属契約って、私に何の得があるの?」


 冒険者ギルドの方は、その専属の冒険者がこの町に住み、魔物の件で何かがあれば助けに入り、普通の冒険者では達成が困難な依頼で優先的に受けてもらえるという、直接的な利益がある。


 でも、商業ギルドは? 受付さんにちょこっと聞いた感じだと、こちらにはそういう目に見える利益はないのだとか。


 だって、商人とは各地を歩き回るのが普通だからだ。専属契約をしてしまったら、商人はその町に留まるしかなくなる。それをしてしまったら、商品を持ち運ぶことも出来ない。契約して得するのは、この町で働くと決めた人くらいだ。


 例えば、喫茶店を経営しているハラルドさんだったり、まだ会ったことがない医者だったりとか。


 でもやっぱり、冒険者ギルドと比べたら、目立つような得は少ない。


 私は元々この町で生活をする予定だったから、少しでも得になれば良いと思って了承したんだけど……どうせなるのなら詳しい情報が欲しいところだ。


「商業ギルドは、あまり専属契約を結びません。それはティアさんも知っているようですね」


「うん、受付さんにも言われたし、最初に渡された紙にもそう書いてあったからね」


「商人や行商人というのは、各地を歩いて商品を集めるのが基本です。そして、様々な国や街でそれらを売りさばく」


「……そう聞いているね」


「なので、商業ギルドというのは商人とは契約を結びません。専属契約をして得があるのは……と、流石にそれくらいはわかっていますよね」


「うん、ハラルドさんや医者。つまり、その場所に住み着く人だ」


「その通りです」


 ここまでは私の事前知識と一緒だ。


「では、その人達の利益は何なのか。それを説明したいと思います」



 商業ギルドと専属契約を結ぶメリットその1:商品の取引価格の補正。


 わかりやすく説明するなら、専属契約していない誰かと、専属契約した私が、全く同じ商品を作って持ってきたとする。

 原価は200ゴルド。普通は原価と手数料を合わせて250ゴルドを渡される。でも、私に渡されるお金は300ゴルドになる。少しの違いだけど、それは高級品になるほど差は大きくなる。

 これは私のようなクラフタージョブにありがたい条件だ。



 メリットその2:商業ギルドからの援助金が貰える。


 これはそのままの意味だ。

 その人の働きによって援助金の量は変動するけど、契約したばかりでも相当な金額を渡されるらしい。



 メリットその3:商業ギルド間での情報共有が可能になる。


 実は、私にとってこれが一番重要だったりする。

 私がどれだけ腕が良い錬金術師で、それを認めて貰えるようになっても、そのことを知っているのはこの田舎町に住む人達だけだ。

 他の町に宣伝に行くとしても、一番近い町だってここからは徒歩で何日もかかる距離の場所にある。しかも、その町でも同じような信頼を得るところから始めなければならない。とても面倒臭い。


 それを解決してくれるのが、情報共有システムだ。


 ジュドーさんが商業ギルドへの報告で、新しい専属契約者が出来たと伝える。ついでに私の成績を報告すれば、それが気になった誰かがこの町に来てくれるかもしれない。そして私の商品を買い取り、元居た場所に戻って私の商品を広めてくれるだろう。


 そうすれば、特別私が何をしなくても、私の商品と名声が広がっていく。


 ついでにこの町に訪れた人に、本来の錬金術の素晴らしさを教えこめば、いつかは錬金術を学び直そうと考えてくれるかもしれない。


 他にも細かい優遇とかはあるけど、直接的にわかる利益はこれくらいだ。


「……うん、理解した」


「では、専属契約は……」


「良いよ。その代わり、ちゃんと私の腕を広めてね」


「勿論です!」


 ──専属契約を結ぶ。


 どうせここに住むんだから、どこかでそれをしたいと思っていたけど、まさかこんなに早く目標を達成出来るとは予想していなかった。


「それで? 私のポーションはどうなったの?」


 今日ここに来たのは、ポーションの売り上げを確認するためだ。

 ジュドーさんは絶対に売れると豪語して、私にポーション1000個を注文して来たんだ。


 噂では評判は良いと聞いているけど……流石に全部は売れていないだろうな。


 だって一つ1000ゴルドだし。

 ポーションを知っている人なら絶対に買わない価格だ。


 私だったら買わない。むしろ自分で作る。だって他の人が作った物より、もっと品質の良いポーションを作れるという絶対の自信があるからだ。


「……ティアさん。単刀直入に言います」


「…………(ごくり)」


 ジュドーさんが私の隣まで歩いてくる。

 なんか、デジャヴを感じるけど、流石に二回目は────


「追加の発注をお願いします!」



 二回目ぇ……。

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