登録します

「なんっだ今のーーーーーー!?!?!?!!!」


 入った途端、一斉に注がれた冒険者達の視線。


 威圧感が半端なくて、心臓がキュッと締まったような感覚を覚えた。


 神をここまで追い詰めるとは……やるじゃないか、我が子達。


 ここは田舎の町だよね?

 これであの圧力なの?


 人の国なんかに行ったら、死ぬんじゃないのこれ。


「い、いや……! ここで諦めてどうする私!」


 私は最高神にして、このガイアを創った創造神だぞ!

 我が子の視線で折れてどうする!


 もう一度、私はギルドの中に入る。


 再び注がれる冒険者達の視線。


 私はそんなもの見えていませんと言うように、カウンターへと向かう。


 冒険者ギルドの方ではない。

 商業ギルドの看板がある方へ、私は歩く。


「いらっしゃいませ!」


 受付のお姉さんは元気な声で私を迎え入れてくれた。

 普通の人ではない。獣のような耳は頭から生えている。


 亜人族の中でも『獣人種』というのに分類されている種族だ。


「今日はどのような用件でしょうか?」


 彼女は人懐っこい笑顔を浮かべている。

 それだけで、私は安心出来た。


「あの、登録? をしに来たんだけど……」


「はい、登録ですね。少々お待ちください」


 カウンターの下でガサゴソと何かを探り、やがて取り出したのはギルドカードらしき物と、一枚の紙だった。


「こちらがギルドカードになります」


「えっと……どうすればいいの?」


「まずは、こちらにお名前をお願いします」


 そう言って、紙の方を渡してくる受付さん。


 書かれている内容は、登録をする上での規約についてと、冒険者ギルドと商業ギルドの細かな説明。

 名前を記載する欄にも何かが書かれている。


「……偽名も、ありなんだ」


「はい、中には身寄りのない方もいますし、訳あって正体を隠している方もいます。そのために、偽名も許可しているんです」


「へぇ〜、そうなのか」


 それはありがたい。


 正式な名前を書かなきゃダメって言われたら、私は『ララティエル』と書かなくてはいけなくなる。


 創造神の名前を語るなんて罰当たりな奴め! とか言われると困るからなぁ。だって私、本物だもん。


 だからって本物だとバレると、この町でスローライフを送れなくなる。何としてでも、正体がバレるのだけは避けなきゃ。私はただの女の子。そのような意識を持っていないと、どこかで絶対にやらかす。


 私は名前の記入欄に『ティア』と書いた。


 規約も十分読んでから同意箇所にチェックを入れ、受付さんに渡す。


「ティアさん、ですね…………」


「……あ、あの、何か?」


「ああ、いえ……何処かで見たような気がして……」


 ──ギクッ。


「──ああ! 思い出しました。創造神ララティエル様に容姿が似ていますね! 真っ白な髪の毛。青色の透き通った瞳。お人形さんのような可愛らしい顔。昔から伝えられている姿そっくり……まるで本人を前にしているようです!」


 ──ギクギクゥ!!


「でもまぁ、ララティエル様がこんな田舎町にいる訳ないですよねぇ」


「う、うん! 確かに似ているって良く言われるけど、本人な訳ないよ!」


「ですよね。すいません……」


「いや……気にしていないよ」


 ……この人はとても勘が鋭いみたいだ。

 要注意人物として覚えておこう。


「ではティアさん。ギルドカードに触れていただけますか?」


 言われた通りカードの触れる。


 すると、カードが一人でに光り出して、文字が刻まれていく。

 まだどちらの組織にも所属していないので、刻まれているのは名前だけだ。


「このまま商業ギルドに登録って出来るの?」


「はい、出来ます。ですが…………」


「ん、何か問題が?」


「カードの作成は無償です。でも、本登録となると契約料が発生します。その代わりギルドは様々なサポートを惜しまないという契約なのですが……お金は持っていますか? ちなみに、商業ギルドの登録料は1000ゴルドと設定されています」


「──あ」


 そうだ。人として生きていくには、お金が必要なんだった。


 ……神には必要のないものだったから、完全に忘れていたよ。


 私はお金を持っていない。

 でも、ここで帰るのも恥ずかしいなぁ。


「ごめんなさい。お金、持ってない」


「急いでいるようなら、前借りという形も取れますが……どうなさいますか?」


 ……別に急いでいる訳じゃないけど、今すぐ登録出来るのなら、それはやっておいた方がいいだろう。


「借金ってことだよね? いつまでに返せばいいの?」


「一ヶ月以内にお願いします」


 1000ゴルドを一ヶ月。

 ちなみに1000ゴルドという単位は、宿十泊分だ。


 歩いて来た時に見た宿屋の看板に、そう書いてあった。

 だからそこまで高くないし、それを一ヶ月というのは優しい方だと思う。


 簡単な回復ポーションを何個か売れば、おそらく今日中に返せるお金だ。


「わかった。それでお願い」


「畏まりました。では、本登録しますね。……んしょっと……この水晶に触れてください」


 目の前に出されたのは、透明な丸い球体。


 『水晶玉』という魔法関係では色々と需要のある道具だ。


 魔法を何でも一つ封じ込める性質を持っているし、魔力も貯めることが出来るので、消費の激しい魔法を放つ時の触媒にもなる。良く使われるけど、量が少ないのであまり出回っていない物だ。


 でもこれ……相当長い間使い込まれているのか、結構脆くなっているな。


 このカウンターから落としたら、簡単に割れてしまうだろう。


 錬金術で作るには……何だっけ。長く作っていなかったから忘れちゃったよ。

 後で私がメモしておいた『データベース』を見ておこう。


 水晶玉を欲しがる人は多い。この田舎町でも、売ればすぐにお金が貯まるだろう。


「これは水晶玉と言って、触れるとティアさんがなれるジョブがわかるんです」


「ジョブ?」


「その人がなるお仕事……のようなものです」


「剣士とか、魔法使いとか?」


「そうですね。ですが、商業ギルドで働くならば、戦闘系のジョブはあまりお勧めしません」


 そういった戦闘系は冒険者ギルドの人達が選ぶらしく、商業ギルドの人は錬金術師や調合師などの何かを作るタイプの『クラフター』か、漁師や料理人と言った素材を採集するタイプの『ギャザラー』と呼ばれるジョブを選ぶのだとか。


 そして水晶玉に触れた私の前には、半透明な文字が浮かび上がっていた。


「さて、と……ティアさんはどのようなジョブを──え?」


 ワクワクした様子で紙とペンを取り、受付さんはそのような呆けた声を上げる。

 彼女が見つめる先には、単語が一つだけ浮かび上がっていた。



【錬金術師】



 私が選べるジョブは、どうやらこれだけみたいだ。


 でも、それで十分。なにせ私は、錬金術師以外をやるつもりはないのだから。


 私は満足気に頷いて、受付さんを見る。

 でも、彼女は信じられないというように、顔を強張らせたままだ。


「受付さん? どうしたの?」


 様子がおかしい。

 何が彼女をそうさせているのか。


 ……多分、というか十中八九、私の選べる錬金術師という単語だろう。


 だけど、これのどこがおかしいんだろう?

 だって錬金術は、私がこの世界に広めろと言ったんだよ。


 これを選ぶのは、普通のことでしょう?


 ……え、違うの?


 私は、無性に嫌な予感がした。


「ティアさん……悪いことは言いません。やっぱり登録は諦めた方が……」


「え、何で?」


「あの……非常に言いにくいのですが…………錬金術師は、もう誰も──」


「は?」



 は?



「ごめん、もう一回言って? 上手く聞こえなかった」


「ですから、もう錬金術は──誰も使っていないんです」


 それは私が予想もしていなかった言葉だった。

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