色々変わっていました

「何で、誰も、来ないんじゃーーーー!」


 私は吠える。


「おっかしいでしょう!? 私は創造神ララティエルだよ? この世界の最高神だよ!? どうして誰も迎えに来ないのさ!」


 まぁ、寝返りを打って下界に落ちた私が悪いんだけど!


 ずっと寝ていたせいで誰も部屋に来なくなったのは、大方私のせいなんだけど……!


「それでも少しは気付くでしょ! 創造神の気配が無くなったくらい、わかるでしょう!?」


 ダンダンッ! と地団駄を踏む。

 勢い良くやりすぎて、足が痛くなった。


「ちくしょう……何でぇ? 私は帰りた──ん?」


 そうだ。私は帰りたい。なら、自分で帰ればいんじゃん!


 そう思い至った時、私は絶望した。


「…………どうやって、帰ればいいんだ?」


 帰り方がわからない。

 下界に落ちたのは初めてのことだったので、対処法がわからない。


 とりあえず両手を上に伸ばしてみる。何も起こらない。

 強く念じてみても、何か変化したような感覚はなかった。


 こうなれば直接部下に連絡を…………!


「これもダメなんかーい!」


 自分の思念を脳裏に浮かべた相手に伝えるスキル『思念伝達』を使っても、天界と下界が遠すぎて私の思念が伝わらなかった。


 取れる手段は──全て潰えた。


 なら、もう私がどう頑張っても天界に帰れない。

 部下達の誰かが、私が居なくなったことに気付くまで、私はこの下界で生活するしかない。


「──ま、いっか」


 私は創造神ララティエル。

 一人で世界を創った疲れのせいで、何千年も眠っていた。

 他の管理は、私が新たに創り出した神々と、その配下の天使達に任せっぱなしだった。


 この機会に、下界と我が子達がどうなったのかを、直接見てみるのも良さそうだ。

 ついでに久々の休暇を楽しもう。



 ──スローライフ。



 何にも縛られず、自分の好きなように生活することを、我が子達はそう言うんだっけ?


 場所は、どうしようか。

 我が子達が一番集まるのは、人の『国』という所だろう。


 でも、私がそんな場所に行って、下界を十分に満喫出来るかわからない。


 私が望んでいるのは、ゆったりとした下界生活だ。

 名誉とかを望んでいる訳ではなく、ただ普通に、平穏に暮らす。


 それがスローライフというものだ。

 そっちの方が、私の性に合っている。


「よしっ! そうと決まれば早速……う?」


 決めたのなら即行動。

 そう思って立ち上がった私は、草むらの奥からこちらを見る影に気が付いた。


 それは獣だった。


 真っ赤な瞳をした、真っ黒な毛並みの──そう、犬とか狼って獣に姿は似ている。

 でも、その子達は愛玩動物として人間に飼われているはずだ。なのにあの子からは、妙に嫌な気配を感じる。


「捨てられて、野性の本能が付いたのかな?」


 そう考えられるけど、それにしては不気味だ。

 でも、この世界に生きているということは、私の我が子であることは違いない。


「こんにちは、あなたはだぁれ?」


 私は親しげな笑顔を浮かべて、その獣に話しかける。

 その間も、獣は鋭い瞳を私に向けている。


「怖くないよ。私は何もしない。だから安心して?」


「グゥウウ……」


 低い唸り声。

 剥き出しの牙。


 筋肉質な脚が──僅かに動いた。


「グルァッ!」


「うおぁああ!?」


 獣が私に飛びかかった。


 まさか襲いかかってくるとは思っていなかった私は、驚いて座ったまま後ろに転がる。


 獣はそん私の上に跨り、完全に動きを封じる。

 相手がただの少女だったら、そこで成す術もなく獣の美味しいご飯となっていただろう。


 けれど、残念ながら私はただの少女ではない。


「この──っ!」


 私は神の中で一番非力だ。


 でもそれは、あくまでも神の中でのこと。

 これでも本気を出せば、普通の成人男性くらいは出せる……と思う! 


 普通の人がどれくらい出せるのか知らないけど!


「離れて!」


「ギャウッ!?」


 マウントを取っている獣の前足を掴んで、力任せにぶん投げる。

 獣はそれが予想外だったのか、受け身を取ることをせずにゴロゴロと地面を転がった。


「うおぉおおおおお!!」


 私はそんな獣を相手にしないで立ち上がり、全速力でその場から逃げ出す。


 殺しはしない。


 自分が生み出した大切な我が子を、誰が殺すというのか。


 これは敵前逃亡ではない。

 計画的な犯行です。




          ◆◇◆




 一体、どれくらい走っただろう。


 そう思えるほど、とにかく獣から遠くへと逃げていた。

 その間に景色は移り変わり、私はとある小さな町に辿り着いていた。


 栄えている訳ではなく、人もそれほど多くなさそう。俗に言う『田舎』だ。


「ぜぇ、はぁああ……はぁ、はぁ……げほっ! ごほっ!」


 全力疾走で町まで来た私は、入り口の前で死にかけていた。


 忘れていたよ。

 体を動かしたのが……数千年ぶりだということを。

 すぐに息が上がって、全身の筋肉が悲鳴をあげている。


「これは……明日筋肉痛かなぁ……」


 神様が筋肉痛を感じるのかは知らないけど。



「──おい、大丈夫か?」



 そんな私に声がかけられる。


 低めの男性の声だ。

 そして、地面に座り込む私の前に、水の入ったコップが差し出された。


「ほらよ、水だ」


「……あ、ありがとう」


 渡されたコップを受け取り、中身を一気に飲み干す。


 はぁーーーー、生き返るぅ……死んでいないけど。


「ふぅ……ありがとう、我が──おじさん。助かったよ」


 危ない。もう少しでこの人に『我が子』と言ってしまうところだった。

 こんな初対面に、しかもただの少女にそんなことを言われたら、間違いなく困惑してしまうだろう。


 私が我が子の立場だったら、絶対に「え、何言ってんのこいつ……こわ……」と思う。これからは『我が子』ではなく、ちゃんと『人』と言い表すようにしよう。じゃないと何処かでボロを出してしまいそうだ。


「そんなに慌ててどうしたんだ? 何があった?」


「えっとぉ……森で獣に襲われて、無我夢中で走っていたら、ここに……」


「森……? 一番近い場所だと、距離は数千ありそうだが……そうか、魔物に襲われたのか。運が良かったな、嬢ちゃん」


「魔物? 何それ」


 そんなの創ったっけ? いや、そんな記憶はない。

 魔族なら創ったけど、魔物は知らないなぁ。


 一瞬聞き間違えたのかと思ったけど、どうやらそうではないらしい。


「魔物ってのは、魔素が集まって出来た生命体、みたいなもんだ。……俺も、それ以上詳しくは知らないんだけどな。そいつらは人によって『モンスター』とも言われているし、魔物には獣が多いから『魔獣』とも言われているんだ。嬢ちゃんくらいの年齢なら知らなくて当然か」


「へ、へぇ……そうなんだ……知らなかったよ」


 何事もないように笑ってそう言うけど、内心は荒れていた。


 ──魔物って何!? 何で創造神の知らないところで、新しい外敵が生まれてるの!?


 そんな私の内心を知らず、おじさんは言葉を続ける。

 そしてそれは……魔物に対する驚きを、簡単に覆すものだった。


「魔物は俺達人間の共通の敵さ──魔族と同じでな」


「………………は?」


「ん、流石の嬢ちゃんも知っているだろう? あの魔族と同じ敵なんだよ。魔物ってのはな」



 ──はぁああああああああああ!?!??!!!!

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