天界に帰れなくなった創造神様は、田舎町で静かに暮らしたい

白波ハクア

下界に落ちました

 何もない空間に、光が生まれた。

 それは次第に大きさを増し、やがて一つの世界が形となった。


 その世界の名は『ガイア』という。


 その世界には大地が創られ、自然が溢れ出し、水が湧き、やがて生命体が誕生した。


 その生命体は様々な形をしていた。

 世界を創り上げた『創造神』ララティエルは、その生命体を『原初の民』と名付け、とある神託を授けた。


【錬金術を語り継ぎなさい。さすればこの世界は、永久に発展し続けるでしょう】


 原初の民は創造神に跪き、それぞれが世界の繁栄のために動き始める。


 生命の母から授かった『錬金術』を研究した。


 人の国を作った。


 錬金術を広めるためにララティエルが創った種族『魔族』と共に、原初の民『人間族』は繁栄を成し遂げた。

 それを天界から見届けたララティエルは、世界を創り出した疲れを癒すため、深く長い眠いについたのだった。


 それから──数千年の時が経った。




          ◆◇◆




 ──ドガァーーーーーンッ!


「いっっっだぁあああああ!?!?!?」


 突然、後頭部を襲った激しい痛み。

 それまで気持ち良く眠っていた私は、断末魔の叫びを上げて地面をのたうち回った。


「ふぐぉおお……いてぇ……めっっちゃいてぇええええええ」


 こんなに痛みを感じたのは、何年ぶりだろう。


 というか、なんで痛みを感じているんだろう?


「ここ……どこぉ?」


 知らない風景だ。

 私が住んでいた『天界』とは全然違う、不気味な森。こんな場所、基本真っ白な天界にはなかった。


「ってことは、ここは天界じゃないの?」


 少し集中してみる。



 ……。


 …………。


 ………………。



 感じない。


 あんなに沢山いた神々も、いつも天界を飛んでいた天使も、彼らの聖なる気を一切感じられなかった。

 逆に、何か淀んだ空気を肌に感じる。


「ああ、わかった……」


 とある可能性を察した私は、力なくその場に崩れ落ちる。


「ここ『下界』だ」


 人族や魔族、亜人族などが住む下の世界。それが下界。


「ふ、ふふ……」


 思わず、私の口からは笑い声が漏れた。


「ふふっ、ふははっ……あっはははは!」


 ──はぁ。


「なんでだーーーーーーー!!」


 私の絶叫が、その森に木霊した。




          ◆◇◆




 こんにちは、私はララティエル。この世界『ガイア』を創った創造神にして、最高神です。


 そんな私は今、人間たちが住む下界に来ています。……来ていますは、ちょっとおかしいですね。気が付いたら下界にいました。私の周りにクレーターが出来ていることから、どうやら私は天界から下界に落ちたのだと予想します。


 ……………………。


 やっちまったーーーーーー!


 私は地面に蹲る。

 ほんと、アホなことした自分を呪う。


 ──世界を創った後、疲れた私は人間たちにお告げをしてから、何千年という長い期間をずっと眠って過ごしていた。


 その間、この世界がどうなったのか知らない。

 だって見ていないんだもん。でも、ある程度の予想は出来る。


「きっと、錬金術のおかげで世界は栄えているんだろうなぁ……」


 錬金術は、卑金属を金属に精錬しようとしたことが根源となる。

 それからは金属に限らない様々な物質、挙句には人の体や魂さえも造り変え、錬成しようとしたところから、錬金術の歴史は始まった。


 一つの世界で錬金術は『化学』として発展し続けた。

 それは様々な化学薬品を作り出し、人々の病を治す万能薬となった。


 また別の世界では『核兵器』として姿を変えていた。

 それは大地を砕き、世界を焼き、人々は核兵器を制御出来ずに──滅びを辿った。


 色々な世界で錬金術は、善にも悪にも変化し、多種多様な活躍をした。


 それを見ていた私は、ふと思った。


 ──錬金術は一体どれほどの可能性を秘めているのだろう? と。


 それから私は、様々な世界の錬金術を調べ上げ、研究した。

 人が沼にはまるように、私は錬金術という沼にどっぷりと浸かっていった。


 そして全てを創り出す神となり、実際に私は『ガイア』という世界を創り出すことに成功した。



【錬金術を語り継ぎなさい。さすればこの世界は、永久に発展し続けるでしょう】



 それが私が最初に与えたお告げだ。

 原初の民はそれを忠実に守り、次の世代にも受け継がれていることだろう。


「賢者の石くらいは造れるようになったかな?」


 賢者の石の錬成は、錬金術師たちの悲願にして最終到達点。

 真に極めた者にしか造ることが許されない、錬金術の極意のようなもの。


 それこそ神の御業とも呼べるものだ。

 賢者の石は、限界を超えた力を引き出す結晶のことを言う。


 人はそれによって、新たな未来を切り開くことが出来る。


 人の進化。

 世界の発展。

 全てを解決しうる力が、その結晶に込められている。


 もしそれが完成しているならば、神に届くことも不可能ではないだろう。


 けれど、まだ天界でそんな話は聞かない。

 ということは、まだ賢者の石は人の手によって再現されていないのだろう。


「せめて、ホムンクルス程度は造れるようになっていればいいんだけど……」


 人体及び魂の錬成。

 それを可能としていれば、及第点だ。


 ……まぁ、人々が発展する上で必要不可欠な種族『魔族』も与えたのだから、その程度は出来ているに決まっている。出来ていてほしい。


 魔族は、普通の人が保持する魂を、通常の何倍も強化させた種族のことだ。


 ホムンクルスを造り出すためには、その者の魂の質が良くなければならない。

 基礎となる者の魂が弱いのなら、体組織が世界の圧力に耐えられず、崩壊する。


 話はホムンクルスだけではない。


 錬金術を極めるとなると、魂の質が必ず関係してくる。

 そのため、魂の質が良い魔族の存在が必要不可欠なんだ。


 ──っと、錬金術の説明が長くなっちゃった。


 この話は一旦置いておこう。


 世界がどうなっているのかは気になる。


 でもその前に、私は天界に帰らなければならない。

 この世界を創って何年経っているのか、人々が錬金術とどう接しているのか。

 それは天界に帰ればすぐにわかることだ。わざわざ下界を出歩って見る必要はない。


「そう、なんだけど……」


 どれだけ待っていても、天界から迎えが来る気配がない。


「い、いやいや……! 流石にね、まだ気付いていないだけでしょ!」


 私はずっと寝ていた。


 最初の方は、私の部下とかが様子を見に来ていたけど、途中から面倒になったのか誰も訪ねて来なくなった。

 それはそれで静かに眠れるので、私はありがたいと思っていた。


 だから、まだ私が下界に落ちたことは知られていないんだ。


 そう思って、ちょっと待ってみることにした。


 一時間が経過した。

 まだ誰も来ない。


 二時間が経過した。

 ……まだ、誰も来ない。


 三時間が、経過した。

 外が暗くなってきた。


 半日が経過した。

 上を見上げると、空は真っ暗だった。


 私は神なので、暗闇だろうと問題なく周囲を見渡せる。

 なので、もう少し待ってみることにした。


 寝ていたら空が明るくなっていた。


 迎えは────。


 ……。


 …………。


 ……………………ぷっつん。


「何で、誰も、来ないんじゃーーーー!」

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