第8話 約束
「しゅーくん。しゅーくん。」
聞き慣れた、けれどもう聞いてない声がした。その声を聞いてすぐにこれは夢だと分かった。何度も何度も夢だけで聞く声だ。
「しゅーくんはいつも優しいね。」
違う。俺は優しくなんてない。
「しゅーくんはいつも私の事を助けてくれるものね。」
…違う。俺が助けられるものなんてない。
「しゅーくんは『』が好きなんだもんね。」
違う!俺が好きなのは!」
気がつくといつの間に夢から覚めていて現実で声を出していた。喉が渇き、心は焦燥に駆られ、手や額には汗をかいていた。
「…相変わらず嫌な夢だな。」
あの日から見ている夢。忘れようとしても忘れる事を許さないように出てくる夢。悪夢。何度見てもこの夢を見るたびに自分が嫌な人間だと思い知らされる。
「…また酷く汗をかいたな。」
自分が身体の隅々まで汗をかいている事を実感。シャワーを浴びようかと思い身体を起こそうとすると妙に身体が重くて身体を起こす事が出来なかった。
「…なんでコイツは俺の上で寝てるんだ。」
身体が重さを訴えてるところに目線を移すとそこには自分の身体をベット代わりにミユがうつ伏せで寝ていた。
「コイツ、昨日の夜はベットで寝ていた癖になんでまたこんな狭々しいとこに移動してるんだよ。」
ミユはむにゃむにゃと口を動かして時折、しゅーくんは優しいね〜、いい子だね〜と呟いている。
「今回の夢の元凶はもしかしてコイツのせいか?」
夢の中の台詞と近しい事を言っているミユを見てそんな事を思う。あの夢は幾度となく見ているもので実際はミユが言っていたから夢に反映された事ではない。けれど夢を見た原因は少なからず寝ている自分に寝苦しさを与え、なおかつ寝言を言っているこの少女が関わっているだろうと思う。
そんな事を知らずしてミユは気持ち良さそうに自分の上で少しばかりヨダレを垂らしながら寝ている。…寝るのは構いやしないがヨダレぐらいは自重して欲しいものだな。それは置いといてとにかく今は汗を洗い流したい。
「おい、ミユ。起きてくれ。シャワーを浴びに行きたい。」
ゆさゆさとミユの体を揺するがうーん、うーん。と唸るばかりで起きない。
「ミユ、起きろ。」
「んー。」
「…今テーブルにホテルからのサービスでデザートが置かれているんだが。」
「本当に!?」
言った言葉に反応してミユはすぐに身体を起こしてどこどこ!?とデザートを探し回る。
「しゅーくんデザートがないよ!」
「そりゃ持って来てないからな。」
「酷いよ、しゅーくん!デザートで私を釣るなんて!この嘘つきんぼ!」
「起きろと言っても起きないお前が悪い。後嘘つきんぼってなんだよ。」
「嘘ついたから嘘つきんぼだよ。怒りんぼだってゆうじゃん。」
「確かに言うが嘘つきんぼナイだろ。」
「私の中ではアリ寄りのアリです!」
「まぁいいさ。それより俺はシャワーを浴びて会社に行かないといけないんだ。荷物の中身を返してくれ。」
「あれ?見つけられなかったの?てっきりしゅーくんはわざわざ帰らないでくれたんだと思ってたのに。」
「ミユが寝たら帰るつもりだったさ。けど肝心の中身が無いんじゃ帰るに帰れなかったんだよ。」
「しゅーくんは物を探すのが苦手なんだね〜。うしゅしゅ、では答え合わせをしましょうか。」
そう言ってからミユはおもむろに歩き出しクローゼットの扉に手をかけた。
「クローゼットは探したが無かったぞ。」
「チッチッチっ。甘いですな、甘々ですな。しゅーくんはホテルというものをよく分かっていませんな。」
「…何があんだよ。」
「このホテルの部屋は面白くてすこーし悪戯心があるんだよ。だからこうするとね。」
ミユはクローゼットの扉を互いに並行になるまで開いてその扉を同時に手前に引く。するとガチャンと音が鳴りクローゼットの中の床から金庫が出現した。
「はい!床から金庫が出てくるのです!」
「そんな忍者屋敷みたいなギミックに気付けるかー!!!」
「そう?ミユは初めて入った時から分かったよ?」
「そういうのに気付けるのはお前だけだ!普通のホテルは扉にそんな仕掛けなんてしねえよ!」
「まぁミユも本当は他の人に教えてもらったんだけどね。」
「結局嘘かよ!」
「さっきしゅーくんに嘘つかれたからね。仕返しだよ。」
ミユはうしゅしゅと笑いながらこちらをからかうように見ていた。
「はぁ、分かったよ。さっきは悪かった。じゃあ会社に行くから荷物を返してくれ。」
ミユははーい。と返事をして荷物を渡そうする。が、途中でやめた。
「どうした?まだ仕返しが足りないのか?」
「…しゅーくんはまた私に会ったら逃げようとする?会社に行ったらもう会わない?」
ミユは俺が今回だけ来たのであり次からはもう会わないのでは無いかと危惧してるようだった。確かに会わない方が自分に都合がいいし賢明だ。だが、
「…俺はミユに脅されてるからな。通報なんてされたら会社にも居られないだろうな。だから今の俺はミユに逆らえないだろうな。」
こんなの非常識で自分にとって都合の悪い関係なんてそうそうにないだろう。だがこの酷く不安そうな女の子を捨てておく事も今更自分には出来そうもない。
「…それってまた会ってくれるって事?」
「ミユがどうしてもっていうのなら。」
「っっっ約束!約束だよ!」
「あぁ。約束だ。」
その言葉を聞いてミユは俯いていた顔を上げて間違えがないように言葉を繰り返していた。
「じゃあ、はい。しゅーくん行ってらっしゃい!今日の夜までまたね!」
「はいはい。今日の夜まで、な。」
ミユににこやかに手を振られながら部屋を出る。仕事が終わってからまた会わないといけないのかと思うと疲れるだろうなと思ったが不思議と嫌な気持ちにはならなかった。
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