第7話 お願い

「…まさか本当に全部食うとはな。」


口いっぱいにデザートを放り込まれた後、ミユは残りのデザートを全て頼み、その全てを一人で余すことなく食べ尽くした。


「言ったじゃん、全部食べるって。」


「確かに言ってたがその小さなお腹に収まるとは到底思えなかったんでな。」


「細いでしょ、私のウエスト。デザートだけならいくら食べても平気なんだよ。」


ミユはえへへと笑いながら自慢のウエストをアピールしてくる。余程自分のスタイルに自信があるのだろうな。


「デザート以外では駄目なのか。」


「食べられない事もないけど、基本飽きちゃうんだよね。デザートはみんな甘くて美味しいし別腹だよね。」


「普通、別腹はそんな使い方をしない。」


別腹はお腹いっぱいだけど好きな物ならまだ食べられるって事によく使われる。がお腹いっぱいじゃなくても好きな物を好きなだけ食べられるなら同じなのかもしれない。


「そうなの?まぁ些細な違いだよ。そんな事より早く中に入ろうよ!」


「…はいはい。」


ミユに脅されて、嫌々ながら連れて行かれたホテルに入る。ミユには人気の少ないところを先導してもらい会社の誰かに目撃されないように気をつかわせていた。


「よーし!じゃあ今日はキングサイズのベットにしようかな!」


「なんでそんなに広いベットにするんだよ。部屋代だって高いだろ。」


「それはもちろんしゅーくんと二人同じ布団でよく寝られるようにだよ!」


「…本当に一緒に寝ないと駄目なのか。」


「当たり前です。それとも安い部屋の小さいベットでぎゅうぎゅうになりながら寝る事にする?私はどちらでもいいけど。」


「有り難く大きいベットにさせていただきます。」


「…別にしゅーくんがお金がないなら無理してお金出さなくてもいいんだよ。無理して払うなら私が出すだけなんだし。」


「…自分より年下の女の子に払わせねーよ。」


「しゅーくんは優しいなぁ。じゃあベットも決まった事だし部屋にいこう!」


フロントから鍵をもらいミユと共に部屋に入る。


「じゃあ部屋にも入った事だし、しゅーくん!一緒にお風呂に入ろうか!」


「丁重にお断りさせていただきます。」


「えーなんでよー。若い女の子の柔肌を洗えるんだよー。そんな機会滅多にない事なんだよー。」


「滅多にあろうがなかろうが一緒に入る気は全くない。」


「いいじゃん一回ぐらい。減るもんじゃないだしさー。」


「俺の心がすり減るので御免です。」


「お願いー!一回でいいから入ろうよー。」


「い、や、だ!俺はお前が寝るのを手伝いに来たのであって一緒に風呂に入りに来たわけじゃない!だいたいなんでそんなに一緒に入りたがるんだよ!」


「そんなの私の裸を見て照れてるしゅーくんを見たいからに決まってるじゃん。」


「なお却下だ!そんな事言われて入りたがる奴なんていない!」


「えー!割とみんな入ってくれるよ!しゅーくんお願いー!」


「嫌だって言ってんだろ!他のことにしろ!」


「むぅー。…じゃあ、またお風呂上がりに髪を拭いてくれる?」


「そうだな。…それぐらいなら、やってやる。」


「約束だからね!私先に入るけどちゃんと守ってよ!」


「はいはい。」


ミユはそう言い残してドタバタとシャワールームに飛び込んでいった。


「やれやれ、アイツは何かしら言わないとシャワーも浴びに行かないのか。」


ミユがシャワールームに入ったのを確認してからボソリと呟く。


ミユに脅迫紛いに脅されてまたホテルにきてしまった。ここに来るメリットなんて自分にはない。あるのはせいぜい会社にいられなくなるくらいなものだ。本当ならこの女の子とこのホテル本来の活用をするべきなのだろうがそのつもりは自分には全くない。世間一般的な常識で考えて手を出さないという事と個人的に恋人らしい事はあまり好きではないのだ。


前にホテルに入ったのはこの少女が何かに怯えるように震えていて見捨てておけなかったから。ホテルの部屋で抱きしめたのはあまりにも感情的で、危うくて、見ていられなかったから。それだけだ。それ以上にこの女の子に感情を抱いてはいないのだ。


仮に今から前のように誘惑されようと自分は拒絶する。今ここにいる理由は少女に脅されて嫌々ながらいるだけだ。ミユと体を重ねる為にいるわけではない。それに自分にはそんな事をする資格なんてない…。


「しゅーくん出たよ!髪拭いて!」


考え事をしている間にミユは体を洗い終えたようでシャワールームの扉が勢い良く開くが、そこを振り向くと生まれたばかりの姿だと言わんばかりに裸体を見せつけてくるミユが居た。


「お前は馬鹿かーーー!!!」


「きゃうっ!」


近くに置いてあった手頃な大きさの枕をミユの顔面に向かって投げ飛ばし、枕を受け損なったミユが後ろに倒れる。


「何すんのさ!」


「それはこっちの台詞だ!何の為に一緒に風呂に入らなかったと思ってるんだよ!」


「私に触りたくなかったんでしょ!」


「ちげーよ!裸を見ないためだよ!」


「そんなの分かる訳ないじゃん!」


「分かるわ!普通は自分の裸を見せたがる女なんていねーよ!恥じらいを持て、恥じらいを!」


「裸ぐらい別にいいじゃん!そんな事よりも私は髪を拭いてほしいの!」


「ならまずはこのタオルで身体を隠してこい!」


「わっぷ!」


ミユにバスタオルを投げつけ姿が見えないように背中を向ける。


「ちゃんと体を拭いてタオルを巻くまではお前のお願いは聞かん。」


ミユは…はーい。と生返事をして渋々ながら言われた通りに体を拭いて、タオルを体に巻いて声をかけてきた。自分の言う事を聞いたのでミユのお願い通り髪を拭いていく。


「あーこれこれ。これがして欲しかったんだー。」


「そんなにこれがいいもんか?」


「いいもんだよ。しゅーくんに髪拭いてもらうのってすごく気持ちいいんだよ。」


「俺にはよく分からんな。」


「拭いてる人は分からないよね。でもやってもらってる人はいいんだよ。性格が出るのかな?しゅーくんの拭き方って丁寧で優しくってすごーくあったかいんだ。」


「丁寧とかは分かるがあったかいってなんだよ。手あったかいって事か?」


「ううん、そうじゃないよ。こう、なんていうのかな、髪を拭いてもらってると大切にしてくれてるんだなって思えてくるんだよ。」


「…そこまで考えて拭いてる訳じゃないんだが。」


「しゅーくんはそれでいいんだよ。私がそう感じてる事が大事なの。」


「そうか。まぁよく分からないが気持ちがいいならそれでいいさ。」


「うん。あっ!しゅーくん今日は髪も梳かしてよ!」


「はいはい。」


ここまで褒められて嫌な気分にはならないのでミユに言われるがまま髪を梳かす。梳かしてる間ミユは気持ち良さそうに身を委ねていた。


「じゃあ俺は今からシャワーを浴びるからくれぐれも入って来ないように。」


「…言ってる事が女の子みたいだね。」


「誰のせいだ、誰の。」


「はーい。髪も拭いて梳かしてもらったから今更邪魔はしないよ。」


「入ってきたら二度と髪を拭かないからな。」


「もう!入らないってば。」


「じゃあ、行ってくる。」


「はーい。行ってらっしゃーい。」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ん?」


シャワーを浴びて恐る恐る扉を開けるとミユはベットで横になりながらすぅすぅと音を立てて既に寝ていた。


「これならもう俺もお役御免だな。」


荷物を持って部屋を出ようと思い荷物を持つと部屋に来る前よりも明らかに荷物が軽い。まさかと思い荷物を確認すると。


「…やられた。」


中身が全て無くなり代わりとばかりに『絶対に帰しません。』と書かれた紙だけが入っていた。


それからミユを起こさないように部屋中を探したが見つからず仕方なくベットではなく硬めのソファーで横になり一夜を過ごした。



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