第4話 ホテル

後悔先に立たずと言う諺がある。


人は先の事なんて分からないもので、何をするにしても何をしないにしても自分の選択の正しさなんてもんは先には立っておらず、選んだ結果が悪いものなら選び終わった後に残るものなんてどっちを選ぶにしても悔やまれるものである。後からでてくる悔しさだからこその後悔である。


なら後悔なんてもんが付いて回るなら自分がしっかりと意思を持って選ぶ事が大切であり、そうやって選んでやってきた後悔ならば選びもせずに付いてくる後悔よりも遥かにましである。あくまで自論であるが…。


そうやって後悔を感じる事が幾度となくあったがあまり気にする事がないように生きてきた。今回も自分の意思で決めた事であり後悔なんてもんは大したことではない。…はずだった。


「…どーしてこうなったんだ。」


自分、古村崎修治はスーツを脱ぎ、シャワーを浴び、パンツを履いて、バスローブを羽織り、某ホテルのベットの上で頭を抱えていた。


おかしい、何かがおかしい。自分の予定ではこんなはずではなかったはずだ!二人でホテルに向かっていたのは分かる。だがホテルと言っても自分が探していたのはカプセルホテルであり一緒の部屋に入るつもりなんてさらさらになかった。中道とはいえ自分が帰りにたまに使う道でありカプセルホテルなどある程度の場所は当たりもついていた。


それなのにもかかわらず少女と共に歩いて行った先にあったのはラブなホテルであり自分の向かう予定のホテルではなかった。難癖をつけて違うホテルに向かうフリをして自分の目的地に向かうつもりだったのだが行く先行く先ピンクや青の光で薄らと照らされているホテルばかり。自分の知っている場所のはずがいつの間にか知らない場所に飛ばされた気分だ。


何度も何度もホテルを探しなおし歩いて行くが見つける場所はどこに行っても男女の愛を育む場所のみであった。最終的にミユが痺れを切らし始め、5軒目辺りで強制的にホテルに連れ込まれ、よくわからないままに先にシャワーを浴びて今に至る。


しかも二時間など短い時間で帰る事ができる部屋などは全て埋まっており空いていたのは一泊する部屋のみ。やる事をやってしまえば帰れるのだが無駄に金を消費した気分と元々その気がないのでかなり気乗りしない。


ミユ(と名乗る少女)は現在自分の後にシャワーを浴びておりシャワー前には『絶対に逃げないでね。絶対、絶対にだからね。』と念を押されてしまい逃げるに逃げられない。いや既にミユと一緒にホテルに入って時点で逃げるなんて選択肢など取れないのだが…。後悔先に立たずと言うが少し前までの自分を叱り付けたい。


「どうしたの頭を抱え込んで。何か嫌な事でもあった?」


そんな自分の心中を知らず、ミユは髪を拭きながらバスタオル1枚体に巻いて出てきた。


「…いや、嫌な事なんてないがあまり気が進まなくてな。」


見知らぬ少女とはいえ少女は少女だ。若い子を抱きたいと言う男性は少なくはない。だがそれもある程

度の常識あってのものだ。少なくとも自分の常識の中では高校生、もしくは大学生であろう少女を抱くなんて行為は進んでやりたいものではない。


「そうなの?私意外と人気あるんだよ?ほら、おっぱいだって結構大きいし。Dカップはあるんだよ。」


「…胸の大きい小さいで判断してる訳じゃない。」


確かによく見るとミユはスタイルがいい。出るとこは出ており、絞るところは程よく絞れてはある。自分の好みかどうかはさておいて、だ。


「なんだ残念だなぁ。…ちょっと失礼するね。」


「…一体これはなんだ?」


ミユは座ってる自分の前に背中を向けて自分と同じ向きでちょこんと座り込んだ。


「髪拭いて。」


「は?」


「だから、髪。髪を拭いてほしいの。」


「なんでまた。」


「…ダメかな。」


ミユは顔を後ろに振り返りながら見上げるようにお願いしてくる。あざといと思いつつもこうお願いされると断るに断り辛い。髪を拭く行為自体何か後ろめたい事でもないため承諾する。


「…痛かったら止める。早めに言ってくれ。」


「うん!ありがとう!」


ミユはお礼を言って前を向き直した。ミユの頭に乗っているタオルをとり、髪が痛まないように丁寧に少しずつ拭いていく。


「おおっ!しゅーくん拭くの上手だね。よくこうゆう事やってるの?」


「よくはやってないが妹にせがまれる事があってたまにならやってるかな。」


「へー妹さんいるんだ。」


「気難しいやつだけどな。」


「でも髪を拭くのをせがむなんて仲がいい証拠じゃない。普通、他の人に髪なんてせがまないよ。」


「それなら嬉しいもんだがこの状況で言われても説得力はないな。」


「私だって誰から頼まないよ。しゅーくんだから頼んでるんだよ。」


「それもどうなんだか。」


「むー本当なのに。」


ミユは言葉が信じられてないのが不満なのか足を交互に上げ下げしながら軽くバタつかせていた。


「後、出来ればしゅーくんはやめてくれ。」


「どうして?」


ミユは髪を拭かれながらも軽く首を傾げた。


「あまり呼ばれたい呼び方じゃないんだ。」


「そっか。しゅーちゃんも色々あるんだね。」


「…くんがちゃんに変わっただけでは意味なんてないんだが。」


「もう、しゅーちゃんくんは細かいなぁ。」


「…あぁもう好きにしてくれ。」


ミユは呼び方を変える気はさらさらないらしい。どうせ今晩限りの呼び方と思えば我慢は出来る。


「…でも本当に妹さんが羨ましいな。」


ミユは呟くように小さい声で言っていた。


「私もこういう兄妹が欲しかったなぁ。」


「…それはどういう意味だ。」


「ううん、何でもないんだ。髪はもういいよ。」


「そうかなら。」


「…本番を始めよ。」


言葉を紡ぐ前にミユはこちらに身体ごと向き直し先程の雰囲気とは違う、蠱惑的な雰囲気を纏う。


「本気、なのか。」


「ホテルに入るって事はする事は一つだよ。しゅーくんだってそういう事だって分かっていたんでしょ。」


ここがそういうところでミユが自分を誘った理由もそういう事だというのは理解していたがどこかで実は違うんじゃないかとあんなに人に鬼気迫るようにお願いするのには別の理由があるんじゃないかと無意識に期待していたのだ。


「それはお前に必死にお願いされたからであって、そういうつもりじゃない。」


確かに受け入れている自分もいる。だがそれは目の前の少女を抱きたいからではなく、何か漠然とした不安をこの少女が持っているからだ。それが何か依然分からないが。


「もういいじゃん。一緒に楽しめばそれでいいじゃない。」


ミユは自分の首に腕回し身体を密着させる。もうなるようになるしかないかと考え始めた時にある違和感に気づいた。


「…お前、震えているのか。」


密着しないと分からない。それぐらいかすかだがミユは震えていた。


「…震えてなんかないよ。」


ミユの言葉では否定しているが震えている。さっきまでの路地裏にいた時と同じだ。この女の子は震えながら無理をしてるように見えた。


「震えているじゃないか。」


「震えていないってば!」


ミユは怒気を入り混じったように強く言葉発し始めた。


「震えてなんかない!もう何回もこういう事してるんだよ!震えるわけないじゃない!」


「しゅーくんはそんな事気にしなくていいんだよ!若くておっぱいの大きい女の子を抱いて気持ち良くなってればいいんだよ!」


ミユは声を荒らげていく。自分の気持ちを隠すように、自分のやっている事を間違いではないと思うように声を張る。


「…ミユ。」


「ほら!キス!ちゅーしよう!私よく褒められるだから!」


それ以上の言葉は聞かずにミユを優しくぎゅっと抱きしめる。


ミユがなんでこんなに感情を荒らげ出したのかは分からないけれど、今この子に必要なのはこれなんだと無意識的に抱きしめた。


「ミユ、無理しなくていいんだ。」


「無理なんかしてない!離して!」


ミユは離れようと抵抗して暴れだす。


「大丈夫。ホテルだからって絶対にやる必要なんかないんだ。」


「だから無理なんてしてない!」


抵抗をされ、背中を叩かれ、肩を噛まれながらも抱きしめる事をやめない。


「大丈夫、大丈夫。」


子供をあやすように、落ち着かせるように、優しく、抱きしめ続ける。


「…私、無理なんて、して、ないのに。」


ミユは徐々に暴れるをやめ、叩いていた手は力が無くなっていった。やがてそのまま力無く身体を預けた。


「…私、無理なんてしてないよ。」


「あぁ。」


「…本当に抱いて欲しいと思ってたんだよ。」


「そうか。」


「…でもね。今はこのままでもいいかなってちょっとは思うんだ。」


「それならそれでいいんじゃないのか。」


お互いに抱きしめ合いながら時を過ごし、いつの間にかミユは震えもいつしか治まっていた。抱きしめたまま話を聞いているうちにミユはすぅすぅと、寝息を立てながら眠りについた。


ミユがなぜ震えていたのかも、なぜあんなに身体を求めていたのかも、突然感情的になったのかもわからない。けれど、あのまま流れに流されず、ミユを抱かないという選択が間違っていないと思いたい。


この選択が後々、彼女との長い付き合いに発展して行くとはまだ自分は分かってはいなかった。

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