2008年5月22日 その2
床下には、指導室よりやや狭いくらいの
空間があった。思ってたより広い。
ホコリ臭い地下倉庫に、段ボール箱が
並んでいる。
天井は低く、あたしの背(正確には変身中の
東先生の背)でギリギリ頭がつかない
程度しかない。
照明は小さな電球がひとつあるだけで、
点けても薄暗かった。
もしこんなところに閉じ込められていたら、
おかしくなっちゃいそうだぞ。
あたしは携帯電話のLEDを
懐中電灯代わりにして、倉庫内に
手がかりが残ってないか調べてみる。
探っている間、頭上の白いのが
「ユキは あしもとを しらべた!」など、
じつに楽しそうに連呼していてうざかった
けども、いや、探してみるもんだね。
段ボールの裏に隠してあった、
彼の手帳を発見したのだ。
ハツノリ先輩が、このほぼ日手帳を
持ってるの見たことある。間違いない。
やった。
すぐに開いて中を見たい気分を抑え、
これ以上の手がかりは無いことを確認して
あたしは地下倉庫の入口を戻して
生活指導室を出た。
そして家に急行した。快速で。
快速で急行した。
家に帰ってから手帳を開くと、
それは彼の日記だった。
ネタメモって書いてあるけど、
どう見ても日記だった。
なんか他人の秘密を勝手に見てるようで、
ちょっと罪悪感を感じるけど、大事な
手がかりなので目を通さないわけにも
いかないよね。仕方ないよね。
なんて自分に言い聞かせながら、
ページをめくる。
……。
……いやー。あははは。
途中、あたしの話題も書かれていたのが、
すこぶる恥ずいんですけど。
特に食堂での「琵琶湖」発言きっかけと
いうのが、別の意味で恥ずい。
知りたくなかった。ダブル恥ずい。つらい。
乙女らしく照れるなら「いや~ん」とか
言うところだけど、あいにく性格的に
咄嗟にそんなカワイイ言葉は出ず、
低い声で「うわお」だった。
うわおうわおと呻きながら、部屋を
のたうち回ってる。
でも、「早く会ってゆっくりと
話したいものだ。」……ですってよ!
なんだもう、そんな。
言ってくれればいいのに~。
なんてひとりでクネクネしながら
読んでると、最後のページ。
地下倉庫に幽閉されたくだりがあった。
「……あ、そういうことだったんですね」
頭の上からのぞき込んでいた
885系が言った。
……うん、なるほど。
さすがに最後の内容を読んだら
クネクネしてもいられない。
彼の身に何があったのか、
だいたいの事情がわかった。
それで、地下倉庫を抜け出して、
その後の行方がわからないっていう
ネ申の話と、つながるわけか。
「ここで携帯を奪われてたから
電話が通じなかったわけだね」
「え、脱出したときに取り戻したんじゃ
ないですか?」
885系が、あたりまえじゃん、という顔で
言う。うぜえ。
「……そうなのかな」
「そうじゃなければ、あのときユキさんの
電話に出た相手、誰だったんですか」
うん。そうだ、そこなのだ。問題は。
あの声は、間違いなくハツノリ先輩の
ものだった……と思う。
じゃあ、携帯は彼が持ってるのか。
だったらなぜ、連絡してくれないの?
それに、今の居場所がわからないことに
変わりはないし。
うーん……。
* * *
それと、忘れちゃいけない。
蒲田戸マリの話。
彼女の「正体」も気になるし、なにより
今回の件……というかハツノリ先輩と
無関係ではない、ときたら、こちらも
探ってみる必要がある。
人の素性を探るだなんて、なんだか
探偵になった気分だ。ドキドキする。
探偵と言えば、あたしの大好きな
携帯アプリの登場人物を思い出す。
あれ面白かったなー。遊んでから、わりと
本気で探偵に憧れたもんだよ。
助手の子がまた、キレイで優秀で
ステキなんだよねー。
なんつったっけな、少し変わった名前の
探偵のやつ。
「あ、そうだ。神宮寺三郎だ」
「そっちかーい!!」
885系が盛大にズッコケながら、
よくわからないツッコミをしてきた。
はて、そこは突っ込むところなのか?
ま、いいや。
あれからは、マリとは普通に
会話していても、どこか空々しいような
雰囲気を感じる……のは、
あたしが意識しすぎなのかなあ。
とにかく、彼女からハツノリ先輩の
話が出てくることもなかったし、
会話の内容も、普通に転校生の女子中学生が
しそうなものばかりで、特に気になる話題も
なかった。
変身できなかったという件がなければ、
あたしも、彼女の正体なんてまったく
疑うこともなかったと思う。
一度、試しにカマ掛けでハツノリ先輩に
コクられた的なことを話をしてみた。
そのときだけ若干、顔がひきつったようにも
見えたけど、それもすぐに打ち消して、
何食わぬ顔で
「うそー! すごいねー!」とか
「でもいま学校来てないんでしょ?」とか
「生徒会長になるのかなー」など、
いかにも普通なリアクションをしていた。
彼女の携帯宛てにメールが来ていたことなど
おくびにも出さない。
そこが逆に怪しいわけでもあるけど
あたしがそのことを知ってるのは
隠しておいた。
切り札は簡単に出すものじゃない。
それから一度、学校帰りの彼女を
尾行してみたこともあった。
そのときも何事もなく自宅に入っていった
だけで、それ以上の詮索はできなかった。
マリからは育ちの良さを感じてたので、
それなりに由緒ある家なのかなーと思ってた
けど、意外と普通のマンションだった。
ちなみにマンションの郵便受けの名前は、
ちゃんと蒲田戸だった。
疑わしいはずなのに、何も疑わしい部分を
見せないことが、逆におかしい気が
するんだよなあ。逆に。
うーん……。
* * *
でもって、明日。
生徒会長立候補戦の、定期演説が
行われる日だ。
立候補者は、これに参加しなければ
自動的に選外となる。
さすがにハツノリ先輩が行方不明で
あることはもう学校中の噂になっていて、
今やすっかり、彼はこのまま失格に
なるだろうという空気だった。
現生党からも、品川先輩を正式に
支持するという表明があるのだろう。
悔しい。
なんか自分のことのように悔しいぞ。
何があろうと、あたしだけは
ハツノリ先輩の味方だ。
定期演説……。
絶対に、こんなことで失格になんて
させないんだから。
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