6.《南浦和ユキの日記》2008年5月23日より
2008年5月23日 その1
はいどうも、南浦和ユキです。
今回は前置きなしで、さくっといきます。
今日は、まず朝イチで諜報部の部室に
向かった。
“諜報部”というと物々しい感じだけど、
実は単なる我が校の部活動のひとつだ。
発足当初は「ミステリー研究会」って
名前だった気がするけども、
部に昇格する際に、せっかくなら
カッコいい名前に変えようとかなんとかで
結局「諜報部」になったらしい。
ま、あたしにはどうでもいいことだけど。
そんなこと、ど~でもいいんですけどね。
あ、みつまジャパンの物真似が伝染った。
しかも正しく言ってから
ボケ直してしまった。最悪だ。
ともあれ、そんな諜報部に
何をしに行ったのかというと。
実はここに、校内でもごく一部で有名な
“電脳探偵”と呼ばれる生徒がいる。
彼の名前は、秋葉原 経由(アキバハラ
ツネヨシ)。
たいそうな変わり者らしいのだが、
並外れた調査能力を持っているらしく、
この学校の生徒のことなら、彼に
調べられないことはないと言われている。
実際に会うのは初めてだったけど(そりゃ
胡散臭いし…)ほかに頼るところも
なかったあたしは、まず試しに
蒲田戸マリの素性について探ってもらおうと
昨晩メールで依頼しておいたのだ。
あわよくばハツノリ先輩の居場所も、
なんて算段だけど。
すると、朝練の時間に来いという
返信があったので、こうして朝早くに、
諜報部の部室まで来たのだった。
ノックをしてドアを開けると、
薄暗い部屋にパソコンが4台ほど
置かれた机がひとつだけ置かれていて、
背中を向けたひとりの男子生徒が
座っていた。
しかし逆光になっていて当人の姿は
よく見えない。
これはなんとも……怪しい光景だった。
彼は4つのモニターとキーボードを
目まぐるしく操作し、こちらを
振り返ることなく言う。
「やあやあどうも南浦和君。
僕がアキバハラです。
アキハバラではなく、アキバハラです。
……まあ、お掛けください」
背中と後頭部しか見せないで失礼な男だ。
しかも、座れと言われても椅子なんて
どこにもない。
ちょっとムッとして、冷たく
このままでいいよと言うと、
彼はやはりこちらを見もせずに、
「おや、今日は連れのインコは
お休みですか。885系くん。
18日に交差点で拾いましたよね」
なんて言う。驚いた。
確かに、今朝は885系は置いてきた。
置いてきたと言うか、忘れてきた。
忘れてきたと言うか、普段は勝手に頭の上に
乗っかってくるのだけど、昨晩も遅くまで
深夜放送を見てて眠いとか言って
朝からグダグダしてたので置いてきた。
あ、やっぱ“置いてきた”で良かったか。
確かに、今朝は885系は置いてきた。
「そりゃもう、置いてきたさー」
なんとなく動揺を見せるのも
悔しい気がしたので、努めて平然に
振る舞おうとしたら、語尾がちょっと
沖縄ぽくなった。
しかもそれをスルーされた。死にたい。
いや、それより。
確かに885系のことは学校でも何人かには
紹介したけど、交差点で拾ったことまでは
誰にも言ってなかったはず。
どうして知ってるんだ、こいつ?
ちなみに、あれから知ったのだが、
885系の声は、どうやらあたしにしか
聞こえてないらしい。
だからこそ、安心して学校までついて来て
ベラベラしゃべってたのだ。あいつは。
「そうですか、残念です。ああ、ぜひ
お会いしてみたかった。頭乗りインコ!」
そう嘆きながらも秋葉原はモニターから
目を離さないし、マウスを操作する手を
止めないし、ちっとも残念そうじゃない。
器用な人だ。
いや、器用と言うか失礼だよね。
それがまた気味が悪い。そういうとこだぞ。
でも噂によれば、彼は世界で唯一の
「デスクトップ・ディテクティブ」などと
称されており、調査をする際も
パソコンデスクから一切動くことなく、
依頼を元に、ここからネットワークを
利用してすべての情報を手に入れ、整理し、
推理する探偵なのだとか。
要するに安楽椅子探偵の現代版みたいな
ものだろうか。
知らぬ間に自分のことを探られていると
いうのは、少し気分が悪いけど。
「で、蒲田戸マリ君ですが……
ここで、こちらの画像をご覧ください」
そう言いながら彼は手早く操作し、
右上のモニターに女の子の写真を
映し出した。
まったく見覚えのない女の子だ。
同年代くらいだろうか。
細くてか弱そうな顔つきだけど、
こちらに向かって少し儚げに微笑んでいる。
「これは、去年とある地方で病死した少女の
写真です。生まれつき免疫系に難があり
治療を続けていましたが、
その健闘も虚しく、若くして亡くなって
しまった。じつに痛ましい話です」
「それは痛ましいね……」
確かに気の毒だけども、今その話をする
意味がさっぱりわからない。
「特に事件性も話題性もなかったので、
彼女のことは新聞でもニュースでも
取り上げられていません。
それどころか、ずっと入院生活で
満足に学校にも行けなかった彼女は、
友達もおらず、両親にも親戚が
ほとんどいない境遇だった。
つまり彼女のことは、彼女のごく身近の
数人しか知らないのです」
「はあ……」
それしか言葉が出てこない。せつない。
何が言いたいのだろう。
「つまり彼女のことは、彼女のごく身近の
数人しか知らないのです」
「ん? 今どうして2回言ったの?」
彼は無視して平然と続ける。
「そして、ひとり娘を失った悲しみに
明け暮れた彼女の両親は……つい先週に、
娘の眠る土地を離れ、この近所に
越して来たのです」
「……え?」
なんで?
よくわからないけど、普通は娘の眠る土地を
離れたりしないんじゃない?
そう告げると、秋葉原は
そうでしょう!と満足そうに続けて、
「そして、ひとり娘を失っているはずなのに
なぜか、そのご両親からうちの学校に
転入届けが出されました。
それで転入した女子生徒というのが……」
「え、まさか!?」
「イエス、カモン! アキバハラ!
それが、蒲田戸マリなのだ!」
え、何その決めゼリフ。
それに、それが今のマリだって?
どういうこと……?
彼は「これが証拠です」と言いながら
学生証のスキャンを画面に映す。
「蒲田戸マリ」と名前の書かれたその
顔写真は、確かにさっきの、病死したという
女の子だった。
じゃあ、あたしのクラスに転入してきた
マリはやっぱりニセ者で、この子に
成りすましてる?
だとしたら、今のマリって、何者なの!?
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