2008年5月23日 その2
「いやあ、興味深いです!
普段、僕のところにくる依頼といったら、
誰々君の好きな人は誰なのか……だの、
今度の期末試験の問題は何か……だの、
そういうくだらないものばかりで
辟易していましたが、いやこれは
興味が深い! カモン、アキバハラ!」
彼は興奮した様子でキーボードを
叩きまくる。
画面には適当な文字列が出てる。
きっとこれは、そういうスタイルで、
何か入力してるわけではなさそうだ。
そんな様子で、昨晩から寝ずに彼女の
正体を探ってくれたらしい。
いや、ありがたい話だね。きもいけど。
なんて思っていると、
「これから突拍子もないことを言います!」
と突拍子もなく言われた。
あたしはその空気に呑まれて
「突拍子もないな!」という
面白いリアクションをしてしまった。
それでも彼は気にせず続ける。
このマイペースさが今は救いだった。
「さて。今うちの学校にいる蒲田戸マリ君。
彼女の正体は……実は、人間の姿を借りた
“魔女”だったのです!」
「は?」
「彼女の正体は……実は、人間の姿を借りた
“魔女”だったのです!」
「いや、聞き取れてる。
そこは聞き取れてる」
魔女?
前置きがあったとは言え、確かに突拍子も
なくて呆然とし……ない。しないぞ。
そうだ。
考えてみれば、885系は魔法の国から来た
使い魔だ。
ならば、“魔女”が存在しても別に
おかしくないだろうとすぐに思い至って、
するっと納得した。
「ああなるほど、魔女ね! はいはい!
で、その魔女が本物の蒲田戸マリの
素性を借りて紛れ込んでたわけだ!」
彼は、あたしが妙にあっさりと
納得したことに驚いている様子だった。
まあそりゃそうだろう。
ふとモニターを見ると、有名な
17世紀ヨーロッパの魔女狩りの画像を
はじめ、各地に伝わる魔女の伝承やら
何やらがたくさん出されていた。
これらの資料を絡めてあたしを
納得させようとしてたみたい。
「……あ、ごめんね。そういうのは大丈夫。
納得してるから本題いこ、本題」
ぽかんとしたように黙る秋葉原探偵。
ふふふ。ここまでずっと彼の
ペースだったんで、あたしにも少し
主導権が来たことがちょっと嬉しかった。
彼は気を取り直すように咳払いをすると、
相変わらず背中を向けた姿勢は崩さずに
続ける。
「魔女は、20年に1度、魔法の国から
やってきて、都合のいい人間と
入れ替わって生活するのですが、
その目的は……」
「あ、もしかして、修行のためにって
やつ?」
それなら魔女っ子ものの定番だ。
しかし彼は、それもあるでしょうが、と
つなげてからこう言った。
「一番の目的は、花婿探しです」
* * *
……その後の、昼休み。
定期演説会場の講堂は、大勢の生徒で
ひしめきあい、海鳴りのようなざわめきが
一杯に響き渡っていた。
この定期演説は自由参加のため、普段は
これだけの生徒が聞きに来ることはない。
ハツノリ先輩の人気と、行方不明の噂が
話題になったことで、こんなにも大勢の
生徒の注目を集めたのだ。
果たして、本当に行方不明なのか。
なにやらスキャンダラスな空気を感じ取った
生徒たちが刺激を求めて集まっているような
感じも受ける。
今日、彼が現れなかったら生徒会戦の
参加権利を失うことになって、
メモに書かれていた“野望”とやらも、
叶わぬものとなってしまう。
相方として、それだけは阻止しなければ
いけない。
どんな夢なのかはよく知らないけど。
さて。
だからもちろん、あたしのやることは
決まっている。
彼が姿を見せなかったら、変身して
代わりに演説をするのだ。
そのために、こうして舞台裏に忍び込んで
待機している。
演説の内容は、まあ、適当で大丈夫だろう。
今は、磯子ハツノリの健在さえ
アピールできればいいのだ。
でも変身できる時間は10分間。
できるだけ、出番ギリギリまで
待たないといけない。
それと、特に気をつけなければいけないのが
蒲田戸マリの存在だ。
秋葉原探偵からの情報によると。
正体が魔女で、人間界に婿探しに来たという
彼女は、花婿候補として、ハツノリ先輩を
選んだらしかった。
なので生活指導室の地下に幽閉されていた
ハツノリ先輩を魔女パワーで発見し、
魔女パワーを駆使して助けたのであろう。
しかし今度は、彼女の魔女パワーによって
どこかに軟禁パワーされている可能性が
高いそうだ。
魔女パワー幽閉となると、さすがの
秋葉原探偵の電脳パワーでも探れなかった、
とのことだった。
とにかく話のパワーがすごかった。
だとすると。
この場であたしが彼の代わりに
登場なんてしたら、間違いなく彼女に
目を付けられることになる。
マリがこの会場に来ていることは
さっき確認した。
ホンモノの“魔女”を怒らせて、
普通の乙女中学生のあたしが
無事でいられるのかどうか……。
でも、そうやって懐に飛び込んで
いかなければ、きっと彼の居場所も
突き止められまい。
どうやら、マリとはきちんと、彼を賭けて
決着をつけなければならないようだ。
向こうがあたしをノーマークだとしたら、
まだ出し抜く方法はあったかもしれない
けど……
ああ、ハツノリ先輩にコクられたことを
話したり、885系の姿を見せたり、
余計なことしなければ良かったぜ……。
そうこう考えてる間にも、演説会開始の
時間が近づいてくる。
やっぱり彼は現れそうもなかった。
マリによって幽閉されているのは
間違いない。
もう、あたしが行くしかないっ!
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