7.《蒲田戸マリの手紙》5月23日付
蒲田戸マリの手紙(5月23日付)
前略、お母様。
私です。娘のアクティーです。
人間界での蒲田戸マリとしての生活も、
早1週間が経ちましたわ。
思えば、14歳になったら人間界に
花婿を捜しに行かねばならないという
魔法の国の王女の掟に、私はずっと
納得いかないままでしたね。
出発の日も、最後まで嫌がっていた私に
お母様は言いました。
「人間の世界はたいそう刺激的な男子が
多いのよ」
そう。そこまで言われたら従わないわけには
いきません。
お母様もそうしてお父様を見つけ、
女王になったのですもの。
そして来年、15に成った私を置いて
女王は消え、毎週金曜日に来ていた男と
暮らすのでしょう。
それで私も頑張ろうと思ったのを
1週間前のことのように覚えていますわ。
ともあれ。
人間の社会というのは、魔法の国で育った
私にはとても刺激的で、驚くこともたくさん
ありました。
まず何といっても、
新交通ゆりかもめの運賃の高さ。
そして通過駅ホームから見る、
京急線快特の速さ。
これらは魔法の国でも噂になっていましたが
本物は想像以上でしたわ。
でも、それよりもなによりも
衝撃的だったのは、磯子ハツノリ様との
出会いでした。
甘美なマスクに聡明な頭脳、さらには
類い希なる笑いのセンス。
私の旦那様、ひいては未来の魔法国王は
彼以外に考えられないと直感しましたの。
彼のことを知ってからは、動向を常に
ウキウキウォッチングしていましたわ。
だからもちろん、彼が選挙戦に
立候補してから先生方に捕まって、
拉致されてしまったときも
真っ先にお助けに行きましたの。
私の魔女パワーがあれば造作もないこと。
拉致だの監禁だの、そんな非道いことを
するなんて本当に信じられません。
地下倉庫から彼を救い出した私は、自分の
正体を明かし、彼に婿として魔法の国に
来るよう迫りましたがダメでした。
ダメでしたの。
興味はありげでしたが、「僕には心に決めた
パートナーがいるから、残念ながら
君の国に行くわけにはいかない」
などと言うのです。
しかも、その相手というのを問いただすと、
なんとビックリ、私のクラスメイトの
南浦和ユキだというではありませんか!
なんという屈辱! あんな雑に生きてる娘の
どこが良いというのでしょう!
私はエリート民族のはずなのですわよ!
軽く逆上した私は、助け出した彼を
魔女パワーで魔空空間に引きずり込んで、
そのまま拉致監禁することにいたしました。
なにせ魔空空間では私の力は
3倍ほどになるのです。
そして花婿候補に対して行う「血の儀式」を
執り行いました。多少強引に。
これで彼は私の思うがままのシモベに
なるのかと思いましたが、何も
起こらないではありませんかお母様。
仕方ないので実力行使です。
3倍ほどの力で彼を充分に脅しつけて、
彼の携帯を取り戻して返却し、
気が変わったら翌日の昼までに携帯に
連絡なさいと伝えました。
ところがその返事を待つはずの翌日。
なんと朝の持ち物検査で、携帯電話を
没収されてしまったからさあ大変!
いいえ、それだけじゃありませんわ。
その後、のうのうと私の前に現れた
南浦和ユキ。
「こいつさえいなければ!」という
爽やかな恨みの念を送りつつ、
彼女の頭上を見ると、驚いたことに
“使い魔”がいるではありませんか!
そう、姫たる私にもまだ付けられていない
使い魔ですわ、お母様!
たまに人間界に紛れ込むと言われて
いましたが、よりによってユキの元に!
しかしまあ、なんと
間の抜けた顔の鳥だこと!
そんなのがいても、悔しくなんか
ありませんことですわのよ! オホーホホ!
おっと、私としたことが少々
取り乱してしまいましたわ。
それから、私の携帯を取り戻させつつ
探ってみたところ、あの娘は使い魔の能力で
変身の魔法を手に入れた様子でした。
勝手に人間界に行って勝手に能力を与える
使い魔の気まぐれにも、本当に困ったもの
ですわ。
私の正体や目的を気づかれても面倒なので、
彼女のことは、知らんぷり気づかぬふりを
決め込むことにいたしましたの。
それよりも、ハツノリ様のことですけれど。
結局メールの返信でも、私に従わないという
愚かな選択をなさいましたので、
見せしめのために、彼の大事なものを
奪っていって、言うことをきかせるという、
魔女的に極めて正しく安全確実な方法で
攻めることにいたしました。
まずは、生徒会長選挙を惨敗させて、
彼の“野望”とやらを打ち崩し、心に隙を
作ってあげようと思いましたの。
これは簡単ですわ。このまま彼を魔空空間に
拉致しておけばいいのですから。
南浦和ユキがなにやらチョロチョロ探ってる
ようですけども、仮にも魔法使いである私が
ボロを見せるようなことはありませんわ。
オホーホホホ!
そして定期演説会の日。
ハツノリ様は、間違いなく、厳重に
魔空空間に閉じ込められておりました。
これは何度も確認しましたから
間違いありませんことよ。
あと警戒が必要だとすれば、南浦和ユキの
変身の魔法。
どうせあの小娘のことです。ハツノリ様に
変身して、代わりに演説をしようなどと
安易に考えていることでしょう。
そう思って舞台裏を探ってみると、案の定、
スタンバイ中の南浦和ユキを発見しました。
やはり私の方が一枚上手だったようです。
彼女は「何のことかわからない」と、
白々しく終始すっとぼけておりましたが、
抵抗する彼女を、強引に魔空空間に
引きずり込みました。
それがちょうど演説1分前。
ええ、ギリギリでしたわ。
魔空空間サーチを何度もF5リロードして、
2人とも閉じ込められているのを常に
確認しておりましたので、もう間違いなく
ハツノリ様は失格でしょうオホーホホホ!
……ところが!
安心した私は、優雅に客席に戻って、
ふと壇上を見ましたの。
すると、なんということでしょう!
ハツノリ様がいて、演説を行っているでは
ありませんか!
そそそ、そんなハズがありませんですわ!
演説の内容なんて聞いてられないほどの
動揺! それって動揺! 私も同様!
ゆりかもめの運賃なんか比べものに
ならないほどの衝撃を、まさか
こんなところで受けようとはですわ!
これはいったい、どういうことなのよですわ
のよなの!?
もう自分が何を言ってるのか
わからないくらい混乱して
しばらくよだれをお垂らしさせていただいて
放心しておりましたの。
そして気づいたときには、
演説会は終わっておりました。
私は急いで外に出て、魔空空間のゲートを
開き、直接確認に参りました。
中には確かにハツノリ様とクソユキの2人が
気絶している姿がありました。
ならば、あのとき演説をしていたのは
いったい誰でしたの!?
まさか、他にも変身の魔法を
使える人がいたと……!?
そう思っていると、背後から
声が聞こえましたの。
「みつけた! ハツノリ先輩助けにきたよ!
こんなトコにいたのね!」
「げえっ!
ま、まさか、おまえは……!?」
咄嗟に私の口から出たセリフが、
追い詰められた悪役そのものだったことにも
驚きましたが、その声の主を見てそれ以上に
驚きましたわ。
そこにいたのは、なんと、私が開いた
魔空空間ゲートからしれっと入ってきた、
南浦和ユキでしたのよお母様!!
(以下省略)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます