8.《南浦和ユキの日記》2008年5月24日より

2008年5月24日 その1

あ、どうも南浦和ユキです。

なんてノリで書き始めた日記も

これで最後だ。

隣で885系が「モヤさま2」に

夢中になってる間に書いてしまおう。


色々あったこの数日だけども、どうにか

定期演説会も乗り切ったし、無事に

ハツノリ先輩も助け出したし、

すべて丸く収まったわけだ。

おつかれあたし。よくがんばった。

そして、こんにちは新しい未来。


あとは、ことの顛末を記して

この日記も終わらせようと思う。

やっぱあたしに日記なんて几帳面なことは

無理なのさ。


「うははは! 大江アナは最高ですね」


885系が、さっきから1分に1回は

上機嫌に同じことを言っている。

あのあと、この変な使い魔のことをマリに

聞いてみたけど、結局よくわからない

ままだった。

魔法の国の使い魔が、どうして

こっちの世界に来て、あたしのところに

居着いてるのか。

彼女も、不可解ですわとか言ってたっけ。


ともあれ。


変身して演説会をこなしたあと、

蒲田戸マリを追って魔空空間に

飛び込んだあたし。

そこで、捕らわれていたハツノリ先輩と

を発見したわけだ。

マリの驚きようったらなかったね。

「げえ」だもんね。

まるで追い詰められた悪役だよ。


ああ、そうそう。

あのとき何も事情を知らないまま

舞台裏で待機させて、身代わりになって

捕まってくれた妹よ、ありがとう。

夏休みになったら青春18きっぷを

あげるから勘弁な。


双子の妹・マキは、あたしよりも勉強が

できるのに、師事したい先生がいると言って

公立中学に進んだ。

だから、「ちょっとドッキリがしたい」と

適当なことを言って、わざわざあたしの

替えの制服を着て、うちの学校まで

来てもらったのだ。


「それ、姉としてどうなのよ」と

885系にもっともなことを言われたけど、

いやね、蒲田戸マリを油断させるには

その作戦しかなかったのよ。

絶対妨害されると思ったし。

あたしだってカワイイ妹をオトリにするのは

心苦しかったんだから、ホント。

ううっ、く、苦しい……ッ!

ほらね。


で、その場で蒲田戸マリを問い詰めたところ

わあわあ泣き出し、ドン引きするほどの

圧巻な土下座で謝罪し、猛省を見せたので

こっちが悪いような気になった。

曰く、ちょっと育ちが良くて、ちょっと

世間知らずだったために、ほんのちょっと

身勝手な行動に出てしまっただけで、

決して悪気はなかったのだそうな。

なんだか余計に厄介な気もするけど。


でもまあ、確かに反省してるみたいだし、

根っからの悪い子ではないんだろうとは

思うので、ハツノリ先輩とも相談して、

今回はおとがめナシということにした。

まあ、不慣れな環境で寂しかったのも

あるだろうし。

結果的に、みんな無事だったし。


すると彼女はさんざん泣いて感激したあと、


「私、ハツノリ先輩のことはスパッと

 あきらめて、これからは正々堂々、

 ほかの花婿候補を探すから

 ユキちゃんも手伝ってね!

 だって私たち友達だもんね!」


なんて言い出す始末だ。

また厄介なことに巻き込まれそうな

気がするのだけども、その場はひとまず

「うん」と言っておかないと

収まらなそうだったので、

うんと言ってしまった。


花婿探しねえ……。

マリも大変なんだろうけども、

果たしてこの先、あたしは

平穏な学園生活を送れるのだろうか。


     *   *   *


とまあ、そんなこんながあって。

その後になってようやく、あたしは

ハツノリ先輩と二人きりになる機会を

得たのだった。


いや、ほら、ね。

彼からの告白のあと、ゆっくり話す機会も

なかったじゃない。

「今後の活動方針も話し合いたい」なんて

誘われたらね、もうね。

こうして二人でファストフード店に来て、

向かい合って座ってると、なんだかいかにも

青春恋愛真っ盛りで照れてきちゃうよ、

あたしゃ。

うひひ。


「あ、すいません、これってなんか

 私がお邪魔してる感じですかね?」


頭上から声がした。

ああそうだ、こいつがいるから正確には

二人きりではなかった。

しかもそう言う割に、何度追い払っても

帰ろうとしない。

その上、テーブルに降りてあたしの

ポテトを遠慮なく高速でついばんでは、


「あ、私、フニャポテはあまり

 好きじゃないんですよねー。

 揚げたての、むしろポキッと折れる

 くらいの堅さとか、ちょいサク感が

 望ましいところです。

 あと、たまに入ってる少しカリカリに

 なった部分がまたおいしいんですよ」


などと幸せそうに言う。

クソッ。うぜえ。あたし以外に

聞こえてないからって。

(そういやマリには聞こえてたらしいけど)

ハツノリ先輩もこのインコが

気になるようだったけど、

あたしが無視し続けるので

気にしないようにしてくれた。

さすが、空気が読める男だ。かっこいい。


で、席についてからハツノリ先輩と

今回の一件のこととか軽く話したけど、

どうやら、あたしの変身の魔法については

マリから聞いてないようだったので、

885系の正体とともに、なんとなく

隠しておくことにした。

いや、ちょっと言うタイミングを

逃したと言うか。

なんか隠しておきたい気分だったのよ。

今後のために。


「なんかずるいこと考えてません?」


テーブルの鳥がポテトを食うのを止めて

言う。無視。


それと。

ハツノリ先輩は拘束されていた際、

マリによって強引に、“血の儀式”とやらを

されたと言っていた。


なんかおどろおどろしい感じの名前なので

心配になったけど、実際の儀式の内容は、

計器のついたクリップのような器具で

指先を軽く挟んだだけで終わったらしい。


どうやら、従来の方法だと対象者の血液を

1リットルほど採取して魔法陣に注ぎ、

三日三晩の呪文詠唱が必要だったんだけど、

魔法の世界の技術が進歩し、IT化が

推進されたおかげで、無侵襲式で

いっさい血を見ずに“血の儀式”を

行えるようになったらしい。

血糖値を測るよりもカンタン! というのが

その儀式専用器具の売り文句だそうな。

便利な世の中になったものだね。


なもんでマリ当人も、そんな簡略された

儀式に何の意味があるのか

さっぱりわからないと言っていた。

惚れさせる効果も特になかったわけだし。

それだったら危なかったけど。


そして。


そんな雑談の後、彼が

「じゃあ本題に入ろうか」と言って

折りたたまれたレポート用紙数枚の束を

取り出した。


おお、いよいよ恋人たちの時間に突入か。

よっしゃ、心の準備は済んでるぜ!

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