2008年5月24日 その2

彼はレポート用紙の束を持って言う。


「幸い時間はあったから、まとめてみたよ。

 ちょっと見てみてくれないかな」


「あらやだ、何かしら!」


緊張してたら、女の子っぽい言葉になった。

我ながらきもいと反省しつつ彼からのメモを

受け取る。

今後の付き合い方とかが、きっちり

決めてあるのかな?

メールは1日何通とか、お付き合いの

ルールが書かれてたり?

ううん、マメな人なんだから、もう。

そんなんでも許しちゃう、許しちゃう。

あ、それともデートコースの

提案とかかなあ。うひひ。


この一瞬の間にそれだけの妄想を広げつつ、

レポート用紙をめくる。


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    2人、上手から登場。

ハツノリ「はいどうもー、“東京縦断”です。

     よろしくお願いします!」

  ユキ「今日は名前だけでも

     覚えていってくださいね。

     私、南浦和と、彼が磯子で

     “東京縦断”。

     わかりやすいでしょ?」

ハツノリ「いやー、それにしても、

     そろそろ中間テストだよね。

     勉強してる?」

  ユキ「してないのよねー。歴史とか、

     範囲が広くて困っちゃう」

ハツノリ「あ、じゃあ歴史の教科書の

     問題でも出してあげようか?」

  ユキ「ホント? お願いお願い」

    2人、立ち位置を改める。

ハツノリ「では問題です。

     過去の領土争いや戦犯等を、

     歴史の教科書にどう記載するかは

     慎重に検討を重ねる必要が

     ありますよね」

  ユキ「(ここに気の利いたツッコミ)」

      :

------------------------------------------------------


…………。


「……なにこれ?」


いや、何度読み返しても、漫才の台本にしか

見えないわけだが。

あたしは顔を上げ、向かいにいる

ハツノリ先輩の顔を見る。


「あ、もしかして、コントが良かった?

 だったら、そっちも考えてあるけど」


と、極めて真剣な顔で言う。かっこいい。


「いやいや」


待て待て、まずは落ち着け。

落ち着けあたし。

どこだ? どこで食い違った?

混乱を抑えつつ、必死に考えを

張り巡らせる。


「やっぱり、コンビ名が安易だったか……?

 でも覚えやすさって大事でさ」


「いやいやいや」


そこはいい。いい名前だ。

いや、そこじゃない。

ええと、とにかく状況を整理してみよう。

どこかで掛け違えてるはずだ。


そもそも、彼はあたしに何と言ってたか?

きっとそこだ。思い出せ。

確か、あのときは……。


 『僕の相方になってくれないか』


相方……。

……。


「……あああああっ!!」


思わず立ち上がって大きな声が出た。

そこか! そういう意味か!!

するって!

するでしょ!

誤解するでしょって!!


そう。

彼の言う“野望”とは、お笑い芸人になって

大ブレイクすることだったのだ。

そのためのコンビの相方として、

あたしを選んだというわけだ。


店内の注目を浴びつつ、肩を落として

席に座るあたし。

こんな状況でも動じないハツノリ先輩は

さすがだった。かっこいい。


885系が首をかしげてあたしの顔を

のぞき込んでいる。

これは、あれだな。

“分岐点”ってやつだな。いわゆる。人生の。


 1. いっそこのまますべて受け入れる

 2. 誤解してたと言って丁重にお断りする


しかし、あたしは迷うことはなかった。

1だ。

なんにせよ彼が選んでくれたことに

違いはないのだ。

こうなったら蒲田戸マリの件も含め、

あたしの人生、とことん乗っかって

振り回されてみようと覚悟を決めた。


だからあたしは、落ち着いて

咳払いをひとつしてから

彼にこう告げたのさ。


「最初のツッコミは、

 呆れ気味に『教科書問題ッ!』かな」


……ってね!

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