4.《南浦和ユキの日記》2008年5月19日(続き)より
2008年5月19日 その4
マリの携帯に着信していた、
ハツノリ先輩からのメール。
あたしには何の連絡もないのに、
どうしてマリに……?
この一瞬のあいだに、色々な可能性が
頭の中を駆け巡っているわけだが、
とにかく今は、この携帯を一刻も早く
マリに返す……ことが……。
……いや、ダメだ。無理。気になる。
ううう、あたしの中で悪魔とデビルが
戦ってい……あ、なんだ。
出てた。答え出てた。
あたしは何のためらいもなく、マリの携帯を
開いた。
「最低ですね。人として」
いつの間にか頭の上からテーブルの上に
移っていた885系が、微笑みをたたえた
顔でのたまう。
あたしはそれを無視した。
君が周りを無くした。
「あの日飛び出した此の街と君が
正しかったのにね?」
「いや、意味わかんないです」
首をかしげて言う885系。
いいんだ。わからなくていい。
今のあたしはもうルール無用だ。
バーリトゥードだ。
インコが首をかしげる姿は犯罪的に
カワイイものだが、885系がそれをすると
なんかムカつくので、心をデビルにして
無視するのだ。
しかしマリの携帯には指紋認証ロックが
かかっていて、メールは開けなかった。
「おや、用心深いですね。普段から
この機能使ってる人、初めて見ました私」
なんでこのインコは人間の携帯事情に
詳しいんだ?
「没収されるときにロックしてから
渡したんでしょ。中を見られないように」
「あ、なるほど」
さて、それより。
「まもなく13番線に、
快速・南浦和ユキが参ります!」
「うわ、この人何のためらいもなく変身して
不正に認証解除しようとしてる!」
ふん、何とでも言うがいいさ。
あたしはもはや悪魔にデビルを捧げた身。
ハツノリ先輩の手がかりが得られるなら、
置き石以外は何だってす……あれ?
ところが指輪から光も出ないし、
あたしの姿はマリに変わらず
東先生のままだった。
はて……?
「ねえ885系。変身中の再変身は
できないの?」
「いいえ。こちら、上書き変身も
可能な仕様となっております」
ときどき態度が営業的になるな。この鳥。
「じゃ、なんで変身できないのさ」
「うーん……」
885系が言うには、変身できないとすれば
可能性はふたつあるそうな。
まずは、思い浮かべた人物の顔や名前が
本当の顔や名前ではなかった場合。
もしくは、その人物がすでに
死んでいる場合だ。
どうやら変身をすると、その人物の
“現在の状態”をコピーしてくるらしい。
ゆえに、絶命している人物の場合は
変身そのものが行われない。
イタコのような真似はできないようだ。
……ということは?
「まさか、教室で授業を受けているマリが、
死……!?」
「え、うそ、そっち? そっち疑うの?」
「だって、先週うちのクラスに転入した
自分のことをあまり話したがらない
謎多き少女、蒲田戸マリが、実は偽名の
別人だったなんて、そんなこと……」
「……ありそうですよね」
「うん、あるね」
だとしても、マリが偽名を使っているって
いうのは、どういうことだろう。
替え玉? 名前だけ借りて、別の人物が
なりすましてるってこと?
いや、ここであれこれ想像したところで
意味ないだろう。
はあ……。
ため息が出る。
「どうしました?」
「なんか急に、あたしの身の回りの常識が
次々にひっくり返って、さすがに……」
「大変ですね」
「いや、その最たるものが
あんたなんだけど」
「ぎゃふん!」
ちょっと頭が痛くなってきた。
と、このタイミングで変身の効果が解け、
元のあたしの姿に戻った。
身が軽くなった感じがする。
スキーのブーツを脱いだときのような
開放感。そして一体感。
ああ、本当の自分ってステキ。
でも頭は軽く痛いままだった。
……あれ、待てよ?
「ねえ。ハツノリ先輩からメールが
来たってことは、今、携帯が
使える状態ってことだよね?」
あたしは885系の返事を待たずに
自分の携帯を取り出して、ハツノリ先輩に
電話する。
……おお、コールした!
2回……3回……。
『……はい』
うわっ、出た! やばい!
いや、やばいわけじゃない。
ええと、ええと……!
あたしは混乱している頭で
必死に言葉を探す。
「あ、あの……!
あたしです、ユキです! 南浦和方面の。
先輩、今どこに……」
『ごめん、僕は大丈夫だから。
気にしないで』
「いやいやいや、連絡つかないし
学校も来ないし 選挙もあるし、
大丈夫とか言ってる場……あ」
切れた。
そのあと何度コールしても、
電波が通じないというメッセージが
流れるだけだった。
容赦なく電源を切られてしまったようだ。
こんなんじゃ、なんだか余計に
心配になるじゃないか。
「でも、無事がわかって
良かったじゃないですか」
と、885系。妙に達観した態度が
頭にくる。
いや、でもまあ、それはそうなんだけど。
さっきの声は、間違いなくハツノリ先輩の
ものだったし。
彼が大丈夫だと言うなら、きっと
大丈夫なのだろうけど。
……解せない。
うん、納得いかないんだよ、あたしは。
携帯を持っているのにちっとも
連絡が取れないハツノリ先輩にしても。
正体を隠して何食わぬ顔であたしと
接しているマリにしても。
先生たちが言っていた不穏な話も。
身の回りの出来事なのに、自分の
預かり知らないところで、なんとなく
まずい状況になっている感じがして、
モヤモヤして仕方がないのだ。
これはちょっと、放っておけないよね……。
テーブルの上を見ると、885系が
アホっぽい顔で首をかしげてこちらを
見ていた。
* * *
それから。
1限目終了後の休み時間に教室に
戻ったあたしは、向かいの席にいるマリに
声をかける。
「はい、これ。電話」
「うわ、ありがとう!
……どうやったの?」
「秘密だけど、くのいち作戦とでも
言っておきましょうか」
「はあ」
深く突っ込まれても面倒なので、適当に
煙に巻いておく。
マリはすぐに携帯を開き、
ハツノリ先輩からの着信に気づいて、
そそくさと教室を出ていった。
……さてと。
果たして、誰が敵で、誰が味方なのか。
何が嘘で、何が真実なのか。
なんだかよくわからなくなったこの状況で
あたしはどう立ち回っていくべきだろうか。
何も知らないフリして過ごすことも
たぶん、できるんだろうけど。
それはやだよね。
自分の右手の指にふと目をやる。
あたしの武器は、この変身の能力
だけなのだ。
あ。あと、白い鳥も入れておくか。
「あのう……どうします?」
いまいち、頼りないけども。
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