世界で一番愛してるから


 「やっときたか翔!」


 自身が出せる限りの力を出し、全速力で俺は駅までたどり着いた。ただ、そこにいたのは冬馬と美優さんだけで肝心のすみかの姿が見当たらない。


 「い、一体どうなったんだ? す、すみかはどこに……?」


 「……九条さん、多分お父さんとお兄さんに呼び出されたんだと思う。私たちおいかけようとしたんだけどSPみたいな人たちが止めに入って……ついさっき車に乗り込まれちゃった……」


 「そ、そんな……」


 美優さんは落胆した表情でそう言う。覚悟を決めてここにきたというのに、このままでは不完全燃焼で終わってしまう……それじゃあすみかにも、そしてのどかにもひどい話じゃないか。


 「ど、どこに行ったかはわからないのか!?」


 「……家かもしれない。荷物を取りに行くって行ってたから……。でも九条さんの家がどこにあるかなんて知らないし……どうしようもない」


 「!!!」


 すみかの家の場所、それならわかる。きっとあそこに違いない、俺とすみかが出会った場所、そして一緒に過ごしたあの場所だ。善は急げだ。俺はすぐにまた走り出し、改札を通ろうとする。

 

 「ちょっと待って! 一つだけ聞きたいことがあるの」


 その時、美優さんが俺を引き止める。


 「……のどかちゃんには、ちゃんと答えを返してあげた?」


 俺はそれに無言の頷きで返す。


 「……そう。なら早く行きなさい! あんたの大好きな人を助けださなかったら、のどかちゃんと一緒にボコボコにするからね!」


 きっと美優さんはのどかの気持ちを知っていたんだろう。そして俺の気持ちにも察しがついていたんだろう。だからあの時試合を最後まで見届けろって言ったんだろう。


 ボコボコにされないためにも、なんとしてでも助けないとな。


 「っがはっ……」


 家から最寄りの駅までつくと、俺はまたすぐに走り出す。途中何度も吐きそうになって足が止まりそうにもなった。それでも後悔したくない、その思いで俺はひたすら走り続ける。


 「……!!!」


 そしてようやく家に着くかというところで、すみかの姿が目に映った。どうやら荷物を運び終え、いよいよこの家から去ろうとしているところのようだ。そんなことはさせない、絶対、絶対に……!


 「な、なんだお前は!!!?」


 「お前は……あの時の!?」


 綺麗な服装をしている上品な奴らの中に、俺は汗だくで息を切らしながら割り込んだ。


 「しょ、翔……くん!?」


 「一緒に来いすみか!!!」


 俺は迷うことなくすみかの手を引き、逃げ出した。もちろん追っ手が来るわけだが、あいにく俺はここで二年間生活してきた。だから奴らが知らない裏道を知っている。体力の限界が尽きようともとことん気力を振り絞って、ようやく追っ手を巻くことができた。


 「しょ、翔くん!!! だ、大丈夫ですか!?」


 俺は逃げついた場所の公園で、ベンチに腰掛ける。こうしないと、体が引きちぎれそうだったから。


 「な、なんとかな……。それよりも、すみかが無事でよかったよ」


 「こ、こんな無理をして……ど、どうして……」


 「……どうしてって……そりゃあ」


 理由なんて、一つしかない。


 「すみかのことを、世界で一番愛してるからだよ」


 「……えっ」


 我ながらとんでもないことをさらっと言ってしまったと思う。だけどそれ以上に体が疲れきってリアクションすらとることができない。言われた側のすみかは、顔を真っ赤にして固まってしまったけど。


 「そ、そんな……の、のどかさんは……翔くんのこと……」


 「知ってる。告白されたよ、試合後に。だけど俺、すみかのことが好きだから、断ったんだ」


 「だ、だめです! わ、私……私なんかじゃ……しょ、翔くんを幸せに……で、できないですから……だ、だめ……」


 きっと家族のことが関係しているんだろう。すみかはポロポロと涙を流し始め、首をひたすら横に振っている。


 「前にも言ったろ? 大切な人に迷惑をかけられても問題ないって」


 「そんな……そんなこと言われたら……わ、私……私……」


 ついに我慢ができなくなったんだろう。すみかは俺をぎゅっと抱きしめた。


 「私も……翔くんのことが大好きです! もっと一緒にいたいです! 離れ離れになりたくないです!」


 泣き叫ぶすみかを、俺はぽんぽんと頭を撫でる。


 「でも……家族を説得しないと……どうしようもありません。そんなこと……」


 「……俺も一緒に行っちゃダメか?」


 「……きて、くれますか?」


 「もちろん」


 このまま逃げ続けても先はない。だからなんとしてでもすみかの

家族を説得するしかないんだ。


 「……ありがとう、ございます。……そう言う優しいところが、本当に大好き……ですよ」


 すみかは涙を拭くと、そう言って俺の唇にキスをした。お互いに抱きしめあって、時間の感覚を忘れてしまいそうなぐらい、ずっと。


 「……っ!!! い、行きましょう!」


 ふと我に戻ったのか、すみかはまた顔を赤く染めるとあたふたしながら歩き出した。ああ、こう言うちょっと抜けてるところが、本当に大好きだ。


 ☆☆☆


 もうどうにもならない運命なんだと思った。お父様から直々に連絡がきて、本邸に戻る準備をすると言われた時は。


 模試の成績はなんとか求められているものは達成できた。それでも強制的に戻るよう言われたのはきっとお兄様が私のことを気にくわないからなんだろう。試合を見に言ったことにも、文句を言われたから。


 でも……これを上回るいいことがあった。


 (しょ、翔くんと……き、キス……し、しちゃった……!!!)


 翔くんと両思いだってことがわかったこと。……こんな私を翔くんが愛してくれている、それだけで私は世界で一番幸せな女の子だって言える。……き、キスまでしちゃったし……。


 (……だけど、これからが大事だよね)


 この幸せを守るためには、絶対にお父様を説得しないといけない。私には翔くんがいる、今までみたいに逃げてばかりじゃいられない。


 絶対に、翔くんとずっと一緒にいたいから。


 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る