運命の試合、運命の告白


 「ついに決勝戦か……まさか本当にここまで来るなんて。やっぱりのどかってすげーな」


 あっという間に時が流れて、女子サッカー冬の選手権も終わりを迎えていた。正直、俺は文化祭以来のどかとろくに会話をすることもできてない。……なんせ自分でも呆れるぐらい臆病だから。


 「だよなー俺たちも鼻が高いっていうかー」


 「ウンウン。のどかちゃんは私たちの誇り。そこのヘタレと幼馴染ってのがほんと勿体無い」


 「そ、それを言わなくても……」


 一緒に観戦に来ている冬馬、そして相変わらず俺に当たりが強い美優さんも一緒に観戦に来ている。


 「本当ですね。のどかさんはすごいです、本当に」


 そしてもう一人。一緒に観戦しにきたすみかもワクワクとした表情で試合が早く始まらないかとうずうずしている。のどかのいい写真を撮ろうとカメラの準備もバッチリ済ませているし、相当楽しみなんだろう。


 「? なんかすみかのスマホ鳴ってないか?」


 「え? …………っ。……ご、ごめんなさい翔くん、ちょっと外さないといけない用事ができてしまいました。……も、戻れたら戻ります。翔くんは絶対のどかさんの試合を見届けてください!」


 「え!? ちょ、ま…………」


 だというのに、すみかはスマホの画面を見ると途端に青ざめてそそくさとスタジアムから出て行ってしまった。……ただ事でないことは確かだ。でも今追いかけるとのどかの試合は見れなくなる。


 それに……すみか自身にも絶対にのどかの試合を見ろと言われた。それを破るのも……。


 「しゃーない。俺らが九条さんのあとつけてくよ。状況がわかり次第連絡するわ」


 「え、でも冬馬だってこの試合見たいはずじゃ」


 「いいのいいの。翔はこの試合を見届ける義務があるから。んじゃ行こうか美優」


 「ほんと世話が焼ける三人……。いい、ぜーったいのどかちゃんの試合最後まで見ること!!!」


 半ば無理やり俺だけ取り残される形で、二人はすみかの後を追って行った。そうこうしているうちに試合は始まり、ホイッスルがスタジアムに響き渡る。相手は春にボコボコにされた帝華桜蘭女学院。のどかたちの因縁の相手だ。


 「……うわ」


 やはり力の差は大きい。相手高校は怒涛の攻撃を何度も何度も繰り返し、うちの高校は紙一重でそれを抑えるので精一杯と言った状況だ。のどかも自由にプレーをさせてもらえない。


 そしてついに均衡が破れる。相手チームの10番が誰もが見とれるボレーシュートを簡単にゴールへぶち込んだ。それに続くように二点、三点と点差を広げられて結局前半で三点のビハインドを抱えることになった。


 その状況にいてもたってもいられなくなった俺は一旦席を離れ、ロッカールームに入ろうとするのどかとなんとか喋ろうと階段を降りていく。なんて声をかけるかなんて何にも考えてないけど、それでも何かせずにはいられなかったから。


 「……あれ、翔だ。ここまで来てくれたの?」


 「……心配だったから」


 ギリギリのところでのどかは気づいてくれた。ただ、のどかの顔はこの絶望的な状況にも全く気にしていないのか笑っていた。それは作り笑いじゃなくて、本物だった。


 「そう? ここからが勝負ってところだもん、心配なんて必要ないよ。ドラマティックな逆転劇にはピンチが不可欠でしょ?」


 「……そうだな。ならこの試合、勝てるんだよな?」


 「もちろん! 見てて翔、最後まで!」


 そして後半が始まると、試合はまさにドラマティックな展開となった。先ほどまで一切崩すことができなかった帝華桜蘭の守備陣を、のどかがかき回すことに成功しPKを得ることができた。それを味方選手がきっちりと決めて点差は二点に。


 次に相手チームに攻め込まれるもギリギリのところでパスカットに成功し、一気にゴール前までのどかが運んでそのままゴールを決める。一点差になった。


 さらにのどかの勢いは止まらない。次はコーナーキックのチャンスを得ると混戦の中誰にも当たり負けすることなくヘディングを決め、ついに同点となった。


 そしてロスタイム3分というところで、のどかは最後フリーキックのチャンスを得た。会場の誰もが息を潜めてのどかのフリーキックを見守る中、緊張をもろともしない素晴らしい一振りがゴールネットを揺らし、そのまま試合終了の笛がなった。


 「……本当にすごい」


 正直、ここまでうまく行くだなんて思っていなかった。春にも夏にものどかたちが全く敵わなかった相手なのだから。でも現実、のどかたちは勝利を手にした。ジャイアントキリングを成し遂げて優勝を手にしたんだ。


 「……やほ。ごめんね呼び出しちゃって」


 優勝トロフィーの授与式が終わると、俺はのどかにスタジアムの人目につかないところに呼び出された。……何を言われるかは、大方予想はできてる。


 「抜け出してよかったのか?」


 「許可はとってるから。そんじゃ翔、目をつぶって。優勝したからお願い聞いてくれるでしょ?」


 「……わかった」


 俺はのどかに言われた通り、目をつぶる。


 「……開けていいよ」


 のどかにそう言われ、俺は目を開ける。するとそこには今にも唇が重なりあってしまいそうな距離にのどかがいて……。


 「大好き、翔。ずっとずっと、ずっと昔から」


 のどかは俺の唇にキスをした。俺にとって初めてのキスはただただされるばかり……のどかも初めてだからか、全然うまくはないけど。……それでも真っ赤に顔を染めたのどかは、1分間ぐらい俺から離れなかった。


 「……下手なキスでごめん。でも気持ちは伝わったでしょ? ……答えて」


 「……気持ちは十分伝わった。だけど………………ごめん」


 俺はのどかの気持ちには答えられない。俺が好きな人は、あの人だから。


 「……そう、だよね。……うん! いっぺんに二つもいいことはないよねー。いやーもしかしたらって、ちょっとは思ってたんだけどなー」


 のどかは一切悲しそうな表情は見せなかった。いつもと同じような明るい笑顔で俺に一切負い目を背負わせないようにしてくれているんだろう。


 「……ん? 冬馬から……【九条さんがやばい! 今すぐここにこい!】って……これ」


 タイミングがいいのか悪いのか。冬馬からすみかについての連絡がきた。居場所のマップも送られてきて、急げばすぐにつく距離の駅だった。


 「翔、早く行ってあげて」


 「……いいのか?」


 「背中を押すぐらいのことさせてよ。フラれたってのにすみかちゃんがいなくなっちゃったら翔のこと諦められないもん」


 「……わかった。ありがとう、のどか」


 そう言い残すと、俺は急いで駅まで向かっていった。


 ☆☆★


 「……やっぱりフラれちゃった」


 本当に大好きだった。私の方が好きだって自信もあった。だけどずっと早くチャンスがあった私は関係が壊れるのが怖くて踏み出せなかった。


 それに翔、すみかちゃんを見てる時本人は気づいてないだろうけど本当にいい顔してたんだもん。私には見せないいい顔、ずっと一緒にいる私だけが気づけるいい顔。そりゃフラれるってわかってたよ。


 「でも……でも……」


 もしかしたら、私のことを選んでくれるかもしれない。そんな希望を持ってたってのも事実。今日の試合みたいに、どんでん返しがあるかもしれないって……。


 「やっぱり、翔が大好き……う、うわああああああああん!!!」


 翔の前ではずっと我慢してたけど……いよいよ堪えられなくなって泣いてしまった。きっと情けない顔をしているんだろう、自分でもわかる。でも翔との思い出が頭の中にたくさん思い返してきて……止まらない。


 「……っ」


 數十分したあと、ようやく私は理性を取り戻すことができた。もう終わったことで延々と泣くなんて、私らしくないもの。そして私は涙を拭いて、チームメイトのいるロッカールームに戻っていった。


 バイバイ、私の初めてで人生で一番大きな恋。本当に大好きだったよ、翔。

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