文化祭の熱気があっても


 「しょ、翔くん……」


 「大丈夫だすみか。これぐらいなんとも……ひっ」


 「いや翔驚いてるじゃん。すみかちゃんに情けないとこ見せてるぞー」


 「う、うるさい……ひっ」


 文化祭二日目。俺はすみかとのどかと一緒にあちこち回っているなか、文化祭の名物とも言えるお化け屋敷に入っていた。心なしかやけにお化け達の脅かす勢いが強いこともあって、すみかを守るどころか俺までビビり散らかしている。


 うわ……情けない。


 「と、とにかく早く出よう……う、うわあああ!?」


 ひんやりと何かが首筋に当たった気がして、思わず叫んでしまった。ヤバイヤバイ、ここまで驚くことはないだろうに俺というやつは……。


 「しょ、翔くん大丈夫ですよ。こんにゃくです」


 「そ、そうか……あ、ありがとうすみか」


 ついにすみかにまで心配されてしまう始末。普段料理をしている立場の人間がなんと情けないことやら……。


 「……っプププ。あーっははは! いや翔ビビりすぎでしょ!」


 「う、うう……」


 そしてようやくお化け屋敷から出ることができ、俺は深呼吸を何度もして心を落ち着けているなか、のどかにはめちゃくちゃ笑われた。お化け屋敷からも少しばかりクスクスと笑い声が聞こえる。


 もう二度とお化け屋敷になんか入るものか。


 「だ、大丈夫ですよ翔くん。驚いている姿、とても可愛かったですし」


 「そ、そりゃどうも……」


 夏にも虫で驚いている時に言われたな。すみかにそう言われるのは正直嬉しいのだが……できればかっこいい姿を見せたいからなんとも言えない。


 「デレデレしてないの翔!!!」


 「痛って! 何をするんだのどか!」


 「ふんだ。ほら次いこ次」


 一体何に対して怒っているのかわからないが、まあ大したことじゃないと……思う。


 「ほらほらヨーヨー釣りだよ! 取ろう!」


 そして次にヨーヨー釣りをすることになった。学校の文化祭なのでたくさんとっても一個しかもらえないのだが、こういうのはたくさん取りたくなってしまう気分にさせられる。


 「……まじかよ」


 だからといってたくさん取れるわけではないのだが。俺は一個もヨーヨーを取ることができないという失態をおかしてしまった。お化け屋敷に続いて、なんか今日はダメダメだ……。


 「あっ。落ちちゃいました……」


 すみかも苦戦しているようで、なかなか取ることができない。やっぱ難しい設定にされているみたいだ。だがそんななか……


 「オラオラオラ! よしたくさんとれた!」


 「おいおいまじかよ……」


 一人異様にヨーヨーを乱獲するのどか。一体どうしたらそんなに取れるのか疑問に思うほど山ほどヨーヨーをすくっていて、よくも悪くも目立っていた。いやあ、なんて無駄な才能を持っているんだのどか……それを勉学に持っていればいいものの。


 「どう翔? 私すごいでしょ?」


 「そう言わざるを得ないな」


 「フッフーン、もっと褒めるがいい!」


 「わーすごいすごい」


 「心がこもってない!」


 いつも通りのやり取りをして、それを見てるすみかが楽しそうに笑う。そうだよな、俺とのどかの関係はやっぱ幼馴染の友達ってだけで俺が昨日思ったのは勘違いもいいところだ。きっとのどかもそう思っているはず。


 「もう……たまには私のこと思いっきり褒めてもいいじゃん」


 「いや……ヨーヨー釣りで思いっきり褒めるといってもなあ」


 「イーケーず。……そんな翔にはお仕置きです」


 「お仕置きって……っえ!?」


 今までにないぐらいに、のどかが俺に顔を近づける。下手したら唇が触れ合ってしまいそうなぐらいに……。あまりに慣れないことに、そして他の人が見ているということもあって俺はぼっと顔を赤く染める。


 「……なんてね」


 「……は、ははは……」


 や、やっぱり冗談だった。そ、そうだよな、いきなりこんなこと……やるような仲じゃないもんな。うんうん、そうだそう……


 「でも翔、別に私はしても良かったよ」


 「……え」


 だが、のどかからあまりにも想定外の言葉が飛び出してきた。突然のことに俺は頭が真っ白になり、思考がまとまらない。のどかの顔もいたっていつもと変わらない、変わらないのに……。


 「まあこの話の続きは冬にしよっか。今は文化祭を楽しまなくっちゃ!」


 「そ、そうだな……」


 永遠に動かないと思っていた針が、突然動き出したかのようだ。のどかは平然としているのが余計、不自然さを生み出している。


 「……のどかさん」


 そしてすみかは、ぎゅっと俺の服を掴んでのどかのことをちょっとだけ嫉しそうに見ていた。それに対抗するということなのか……のどかも俺の服をぎゅっと掴んできた。


 「まー今日は楽しもう! ……そりゃあ、いろいろ思うところはあるだろうけどさ」


 「……そうですね。今日は楽しむ日ですからね。……それに、いつかはこうなるとわかっていましたし……」


 何やら二人の間で話が進んでいく。……もう流石に、どういうことかはわかる。だけど俺は踏み込めない。俺が下手に動いてしまったら、一瞬でこの関係が壊れることが明白だから。


 ……文化祭の熱気があっても、俺はどこまでも臆病だ。

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