マンツーマンで接客の練習


 『カフェをやる以上接客の練習は必要不可欠だ』


 会議を重ねるうちに、そんな意見が提案された。これに関しては満場一致で皆賛成し、接客を担当する人たちは各々練習を始めたらしい。元々接客業でアルバイトをしたことのある人たちは問題ないのだが、逆にしていない人は……。


 「しょ、翔くん……こ、この笑顔なら大丈夫ですか?」


 「……笑顔が引きつってる」


 「う、うう……」


 今のすみかのように、笑顔が不自然となってしまう。てっきり俺は普段教科書のように学校では完璧に仕草をこなすすみかならなんら問題がないと思っていたが、どうも接客を意識するとそうできないらしい。


 本人もそれを理解していたからこうして夜、俺の家で練習を見てくれって頼んだんだろうけど。……でもこれはこれでいいんじゃないか? 初々しくて。


 ……なんて大真面目で練習しているすみかの前で思うのは最低だ。反省。


 「いつも学校で見せているような笑顔はできないのか?」


 「あ、あれは小学生の頃に家族から叩き込まれたので……。せ、接客となると緊張してしまうんです」


 「あー……」


 すみかの家庭がいかにクソかということがわかった。だが今は怒りを感じている場合でもないのが現状。なんとしてでもすみかが満足できるような接客をできるようにしなければいけない。


 でもなあ……正直接客なんて慣れが物を言う。俺自身バイトを始めた頃、ホールもやらされていたが実に見ていられない接客だったし。だが数をこなすうちにどんどん形となっていった。だから……


 「実践することで成長すると思うし、ぶっつけ本番じゃダメなのか?」


 とすみかに問いかける。するとすみかは真面目な顔をして、こう答えた。


 「翔くんの考案した企画を私が台無しにするわけにはいきません。ですから練習をして、私が足を引っ張らないようにしないと……」


 「す、すみか……」


 俺を思ってこその行動だった。それを聞いた時、自らが実にすみかの決意を軽いものと扱っていたことに怒りすら感じてしまう。


 「よし、俺もとことん付き合うよ。それじゃあ練習の続きをしよう」


 「はい!」


 そしてすみかはなれない接客の笑顔を練習して、俺はそれを見守る。するとだんだんすみかのいい笑顔が出せるようになってきた。それは普段俺と会話する際に出る笑顔と同じで、やはり可愛らしい。


 「よし、それじゃあ台詞も合わせてやろう。俺をお客さんだと思ってやってほしい」


 「わ、わかりました! それじゃあ……」


 一旦すみかは一つ呼吸をして、可愛らしい笑顔を見せながら接客を始める。


 「い、いらっしゃいませご主人様! ご、ご注文は何になさいますか? 焼きそばですか、から揚げですか? そ、それとも……わ、わ、わ……私ですか?」


 「…………ん? んんん?」


 あれ、なんか思ってた台詞じゃない。むしろ明らかにおかしいぞ? 


 「す、すみか……その台詞は一体……」


 「い、いやあの天童さんに接客の対応はこれでお願いしますって言われて……ま、まずかったですかね?」


 すみかファンの特進クラスに所属する女子の天童さんがそんなことを……欲望ダダ漏れだ。これを男がやっていたらすぐに文句を言えるんだが、女子ってのがタチが悪いな……もちろんこれは却下させてもらうが。


 「すみか、嫌なことははっきりと嫌って言うんだ」


 「え? で、でも翔くんもこう言うのが好きだって聞いて……」


 「だ、誰からだ!?」


 「も、盛岡(冬馬)さんが言ってました」


 「あ、あのやろう……」


 余計な情報をすみかに与えやがって。……でも確かに嫌いじゃないよ。そりゃ俺だって男だから。だけどさ……不特定多数の奴らにすみかのこんな台詞を聞かせるなんて……できるかあ!!!


 「いいかすみか、絶対やめてくれ。もちろんすみかは一切悪くないからな、悪いのはそそのかした奴らだから」


 「そ、そうですか……? 翔くんがそう言うならそうしますね」


 すみかは純粋な笑顔で微笑みながら承諾してくれた。本当に危なかったな、これマンツーマンの練習をしてなかったら本番まで気づかなかったかもしれない。今後はもっとすみかとのどか付近は注意しておかないと。


 「で、でも翔くん。さっきの接客……可愛くできましたか?」


 「え!? そ、そりゃむちゃくちゃ可愛かったけど……」


 「よかった! 翔くんにそう言ってもらいたかったので…………あ」


 そ、それってつまり……。なんて考えが頭をよぎるも、今はそれを優先する時じゃない。うん、そうだ今じゃないんだ。


 「と、とりあえず俺がちゃんとしたの考えるから、それで接客の練習をしよう」


 「は、はい」


 お互いに赤面しながらも練習を再開することにした。……ほんと、俺って度胸がないよな。さっさと済ませればいいのに、それができないんだもの。でもやっぱり、文化祭が終わるまではその気になれない。というかばれたら色々と厄介だろうし。


 「翔くん、これはどうでしたか?」


 「うんいいと思う。さすがすみかだ」


 「そ、そんなことはないですよ。翔くんの指導が上手いからです」


 「それこそそんなことはないよ。俺はすみかのを見てるだけだし」


 「いやいやそれこそ意味があるんです。翔くんが見てくれるから…………な、なんでもないです! つ、続きをしましょう!」


 「お、おう」


 結局、本当に練習だけでことが終わり、ご飯を一緒に食べて今日は解散となった。……文化祭が終わった後だ。それまでは……このままでいいじゃないか。


      ――――――――――――

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