メイド服が見たいです


 「……というわけで、メニューはこんな感じでいいかな?」


 議論は意外とスムーズに進んでいき、満場一致で文化祭で出すメニューは決まった。今日食べてもらった唐揚げ、そして文化祭で王道とも言える焼きそばに豚汁といった感じだ。金銭的にもこれぐらいが限界だろうし、むやみに増やしすぎても大変だろう。


 「それじゃあ次はどういうコンセプトにするかだけど……昼休みももう終わるし一旦ここで一区切りしよう。それじゃあお疲れ様でした」


 というわけで、各々それぞれの教室に戻る。……ただ、ここでも問題が。


 「翔、もっと唐揚げないの?」


 「あのな……いつも通りの分量を渡したはずだろ」


 「みんなが美味しそうに食べてたからさらに食欲が湧いてきちゃって」


 「デブになるぞ?」


 「な、ならないもん! サッカー頑張ってるもん!」


 「はあ…………」


 いつも通りのどかとこんなやり取りをしているのだが、今日は近くにのどかのファンがたくさんいる影響か背筋がいつも以上にゾクゾクする。のどかは一切そのことを気づいていないのか、相手にしていないのか気にしていない様子なのでなおのこと問題だ。


 「ところでさ翔、企画の衣装とかは考えてるの?」


 「あーそういえばそれも考えないといけないよな。何かいい提案とかあるのか?」


 「うーん、私は特にないなあ。だけど男子ってみんなあれでしょ、女子にメイド服姿とかさせたいんでしょ?」


 「ど、どういう偏見だよ……」


 確かにそういう輩がいるのは間違いないが、全員がそうというわけではないだろう。まあすみかやのどかのメイド服姿はきっと大好評間違いなしではあるが。とはいえ……。


 「でもそもそもメイド服にかける予算は考慮してないから、まあ堅実に家庭科室にあるエプロンとかじゃないか?」


 「や、安っぽい……。でもやっぱ現実的じゃないもんねーメイド服とか。ま、そこも翔に任せるよ。私放課後は練習で出られないから、衣装とか決まったら明日教えてね」


 「へいへい。……あ、やばいチャイム鳴った。走るぞ!」


 「うん! 競争だね!」


 「あ、ちょ!!!」


 運動神経皆無系男子こと俺は見事のどかと距離をつけられ、のどかはギリギリ間に合い俺は出席に遅れた。……ちなみに、のどかファンもあまり運動神経がよくないらしく、同じように遅れていた。


 「……ファあ。よく寝た」


 そして退屈な授業が全て終わり、放課後になった。いつもならさっさと帰宅するが、今日は文化祭のことがあるので帰れない。というわけで会議をする予定である教室に向かおうとしたら……。


 「おいお前」

 「ちょっとこっちにこい」

 「話がある」


 「……」


 数人の男子に取り囲まれてしまった。これだけ聞けばかなり危機的状況であると思われるが、囲んでいる男子は……先ほど俺と同じく遅刻をしたのどかのファンたち。はっきりいって、迫力はない。


 「な、なんだ……?」


 ただ迫力はないとはいえ普段こんなにたくさんの人から囲まれることはないため俺はついびくりとしてしまい、行かないくていいもののついて行ってしまった。ああ、なんかすごく嫌な予感しかしない。俺ボコボコにされるのか? 拳で色々されてしまうのか?


 「ここならいいだろう」

 「例のものは?」

 「ここだ」


 男たちはなんか大きな箱を抱えてそれを俺の前に置く。なんだろう一体? 新手の拷問器具か? いやでもそんなもの持ってたら色々と問題が……。


 「これを見ろ」

 「ああ、見てくれ」

 「俺たち秘蔵のコレクションだ」


 「…………おい」


 そんな危機感を抱いていたのが実にバカバカしい。箱の中に入っていたのは、実に可愛らしいメイド服。しかも触ってみれば結構触り心地がいい。もしかしてこれお高いんじゃないか?


 「先ほどお前はメイド服を買う予算がないと言っていたが」

 「ここに俺たちが橘さんに着てもらうためのメイド服がある」

 「お金がかからないのならいいだろう?」


 「お、おう……そ、そうだな……」


 目が怖い。これは断ったらろくなことにはならないだろう。ていうかよほどメイド服姿ののどかを見たかったんだなあ……気持ちはわからんでもないが。


 「だ、だけど人数分あるのか?」


 「問題ない」

 「企画に参加している女子全員に着てもらう」

 「すでに九条サイドにも話はつけてある」


 あーなんて手が早いこと。もうすみかファンたちにも話をしているならなおのこと話を断るわけには行かない。……すみかは着てくれるのか? なんだかんだ承諾はしてくれるだろうが……まあ、俺からも話しておこう。


 「わ、わかった……それでオッケーだ」


 「よし」

 「楽しみで仕方がない」

 「新型のカメラを買わねば」


 なんか他にも計画が進んでいそうだが、そこに立ち入るとさらに面倒ごとになりそうだからやめておく。……一応のどかに危害を加えるわけでもなさそうだし。


 「じゃあ俺はこれで……」


 「おい待て」


 「う……」


 この場から一刻も早く去ろうとしたが、そう簡単には返してもらえなかった。おいおい次はなんだ……。


 「俺たちはこの文化祭で橘さんを諦める」

 「そうだ、メイド姿を堪能して諦める」


 「は、はあ……」


 ちゃんと欲望は満たすんだな。……でもまあ、あれぐらいならまだ許される程度のことだしまあ。


 「だから佐久間、橘さんを幸せにしろ」


 「……え」


 ただ、意外とこいつらは心が綺麗なのかもしれない。少しだけ悔しそうな顔はしているが、それでも好きな人の幸せを願っているようだ。その思いはきっと俺が想像するよりもずっと深いものに違いない。


 「……」


 それに俺は無言で返すしかなかった。俺とのどかはそういう関係じゃない。だけどこいつらにとってはそう見えている。だから方法こそ変わってはいるが決別の意を示したわけで。その決意を踏みにじるわけにも行かなかったから、無言しか方法はなかったんだ。


 ……そりゃ、あいつを不幸にはしたくないけどさ。けど俺は……。


      ――――――――――――

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