美味すぎて〇〇になるわね
「お待たせ、持ってきたよ」
俺が弁当を披露するということが決まってからあっという間にその日がやってきた。昨日ちゃんと食材費はもらったので、俺はそれに応えるべくのものを用意したつもりだ。
「お待ちしてましたよ。では早速弁当の中身を見させてもらいましょう」
俺の弁当を食べることを提案したすみかファンの女子が、早速弁当を受け取って机の上に置き、弁当の蓋をあける。すると彼女はちょっと意外そうな顔をして、こちらに顔を向ける。
「意外……ですね。なんだかちょっと変わったものが提供されるのかと思いましたが……こう、なんというか普通ですね。もちろん悪い意味ではありませんが」
「そんな変わったことができるほど俺は器用じゃないし。でもシンプルなのが一番美味しいと思う。誰が食べても美味しくなるようにしてるし」
「なるほど……。確かに誰が見ても美味しそうな、理想的な普通のお弁当ですものね。でも九条さんがこれを絶賛するというのが意外です。豪華なお料理を嗜んでいられるものかと……あ、あれ?」
「美味しそう……っは! な、なんでしょうか? わ、私の顔に何か付いていますか?」
「い、いえ。一瞬九条さんの表情がすごく緩んでいた気がしたので」
「そ、そんなことはないですよ」
すみかはちょうどお昼頃ということでお腹も空いている影響か、俺の弁当を見ただけでぱあっと学校では見せない純粋無垢の明るい表情を顔に出してしまった。とっさに取り繕うことでなんとかごまかせたが、色々と危ない。
あとでこっそりおかずをあげよう。
「では改めまして。いただきます」
そしてすみかファンの女子はお箸を取り出して、ご飯を食べ始める。最初は弁当における王道とも言える唐揚げ。弁当という形式上どうしてもあったかいうちには提供できないが、その分味がはっきりとわかる。
「……!!!」
目を見開いて、彼女はいったん手を止める。
「……美味しい、ですね。これは九条さんが推薦なさっても不思議ではありません」
「ありがとう。でもまだ卵焼きとかもあるから、そっちも食べて欲しい」
「もちろんいただきます。……ですがちょっと、他の方の距離が……」
「……あー」
俺の弁当がよほど気になっていたのか、すみかファンものどかファンも周りを囲んで弁当を物欲しそうに近距離で見つめている。やっぱ昼時ということもあってお腹が空いているんだろう。これは仕方がない……。
「これ、多分こうなるだろうと思って一応唐揚げとか余分に作ってきたから食べてくれ」
すみかとのどかにあげる分とは別に作っておいたのが功を奏した。全員に行き渡るかはわからないが、ある程度の人数は満足させることができるだろう。と
思いカバンからパックを取り出すと……。
「お、俺にくれ!」
「私にも!」
「僕にも!」
ものすごい勢いで唐揚げを求められた。こんな勢いで求められたのなんて多分人生で一度もないんじゃないかというぐらいに。これ、俺じゃあ捌き切れない!
「はいはいみんな落ち着いてー。ここに並んでねー翔が潰れちゃうからー」
「の、のどか……!」
そこでなんとかしてくれたのがのどかだ。俺とは違って対人スキルが高いのどかにかかればあっという間に荒れ狂っていた人たちもまとめ上げ、無事平穏に配ることができた。ふう、これで俺が潰されてることもなくなったわ。
「うめー!」
「美味すぎて馬になるわね!」
「こんなに美味しいなんて……」
唐揚げを食べた人たちからは続々と絶賛の言葉が送られる。やはりこうやって美味しく食べてもらえることが一番作った側にとって嬉しいことだ。
「ごちそうさまでした」
「お、もう食べ終わったのか?」
「ええ。なにせ手を止める時間が惜しいぐらい、美味しかったですから」
そして俺の弁当を食べていたすみかファンはちょんちょんと俺の肩を叩いて弁当箱を返してくれた。その表情は最初に会った時のように冷たいものじゃなくて、ほっこりと優しい顔だった。
「ありがとう、えーっと……」
「天童です。特進クラスなので名前を知らないのも無理はないかもしれませんが。……しかし、一昨日は失礼なことを言ってしまいましたね。これほど美味しい料理、誰でも絶賛してしまいますよ」
「そこまで言われるなんて……いやあ、頑張った甲斐があった」
「それではみなさんが唐揚げを食べ終わった後に文化祭の企画、考えましょう。……それと、あちらをみてください」
「ん? ……あ」
天童さんが指差す方向には、みんなが唐揚げに夢中になるなら一人モジモジとして顔を必死に平然とさせようと奮闘しているすみかの姿が見える。多分今頃お腹も鳴らしているに違いない。周りがガヤガヤとしているから聞こえないんだろうけど。
「九条さんにも差し上げてください。……いや、もうその分は作ってあるのでしょうけど」
「え、い、いやえー……っとそんなことは……」
我ながら誤魔化すのが下手くそすぎる!
「……少し嫉妬します。ですが、九条さんが生き生きとしてくださるのが一番ですので……」
ポンっと天童さんは俺の背中を押す。そして他の人に聞こえないぐらいの大きさで、こうつぶやいた。
「幸せにしてあげてください」
その言葉がどれだけの思いを持っているのかは、わからない。だけど多分並々ならぬ思いでそう言ってくれたんだろう。俺はその言葉を受け止めて、すみかに唐揚げを持っていき、こっそり食べさせてあげた。
「!!!」
幸せそうな笑みを浮かべるすみかの顔。やっぱり、この表情は俺もハートをどきりとさせる。
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