大切な人に迷惑をかけられても、問題ないから


 「……あ、翔くん。どうしたんですか? ……もしかして心配して様子を見にきたんですか? だ、大丈夫ですよ! これは私の家の問題ですから!」


 「……」


 様子を見に言ってみれば、やはりすみかはバレバレの嘘をついて俺に気を使わせないように振舞っている。でも真っ赤になった目には泣いた跡が残っていて、相当長い時間泣いていたんだろう。


 でもまだそれを追求しない。すみかには先に済ませなければいけないことがある。


 「ご飯を食べよう」


 「……え?」


 きょとんとした顔をして、すみかは俺の顔を見る。やっぱり予想外のことだったらしい。でもやっぱり最初にご飯を食べないと。


 「たくさん泣いてお腹が空いてるだろ? ほら、もう生姜焼きを作ったから冷めないうちに食べてくれ」


 「しょ、生姜焼き……! い、いやでも今日は翔くんもお疲れでしょうし……」


 「いやもう作ったから。なんの問題ないよ」


 「う……」


 すみかが帰省の疲れを言い訳に遠慮してくるのも予想できていたので、あらかじめ料理を作っておいてよかった。これならもうすみかに断る理由はない。


 「……それじゃあ……お願いします」


 そして作った展開通り、すみかは俺の部屋に上がり生姜焼きが置かれたちゃぶ台の前にちょこんと座る。タレの香ばしい香りがすみかの食欲を誘い、なんだかんだ言って早く食べたそうにウズウズしている。


 「じゃあすみか。食べる前に一つだけ約束をしてくれないか?」


 「や、約束……ですか?」


 「ああ。ご飯を食べ終わった後、すみかのことについて詳しく聞かせてほしい」


 「……そ、それは……で、でも翔くんには……ご迷惑になりますし……」


 「ならこれはお預けだ」


 「!!!」


 すみかは目を見開き、まるで猫が耳を立てるかのようにびくりとして驚いた表情を俺に向ける。俺も本当はこんなことをしたくはなかったが……手段を選べるほど話術もないからな。


 「そ、そんな……この匂いの前でそんなことを言われたら……」


 「言ってくれれば問題ない」


 「そ、それは翔くんにご迷惑をかけてしまいます!」


 それでもすみかは抵抗する。よほど俺に心配をかけたくないんだろう。


 「構わない。今更すみかに迷惑をかけられても、もうなんとも思わないよ」


 「……そ、そうですよね。私、いっぱいご迷惑をおかけしてしまいましたもんね。……で、でもだからこそもう私は迷惑をかけたくないんです!」


 「今更大切な人に迷惑をかけられても全然問題ないけど」


 「……ふぇ?」


 ……すみかはぽかんと口を開けて顔を急激に真っ赤にする。……言った俺の方も結構恥ずかしいけど。


 「いいいいきなり何を言っているんですか翔くん!」


 「……いや、すみかは俺にとって大事な人だから……。と、とにかく早くご飯を食べるか食べないか決めてくれ! 俺の方はもうとっくに腹をくくってるんだよ!」


 「……わ、わかりました。そ、それじゃあ……いただきます」


 俺の訴えに屈したすみかは食前の挨拶を済ませ、ご飯を食べ始める。

 

 「……や、やっぱり翔くんのご飯は……とっても美味しくて…………」


 今までにない勢いで、すみかは生姜焼きとご飯を交互に食べてどんどん量が減っていく。相当お腹が空いていたんだろう。泣いた後だもんな。


 「おかわりはいる?」


 「……い、いただいても……いいですか?」


 「もちろん」


 さらにすみかはパクパクと食べる。小柄な体に一体どこでそれほどの量を消化しているのか、疑問に思えるぐらい食べるその姿も可愛らしく、見ていて嬉しい。


 「……ごちそうさまでした」


 今まででいちばんの量を平らげたすみかは、一旦水を飲んでホッと一息つく。その間に俺はちゃぶ台に乗ったお皿を片付け、すみかと落ち着いて話すことができる環境を作る。


 「それじゃあ、約束通り話してほしい」


 「……わかりました」


 すっと息を整え、真剣な面持ちですみかは口を開く。


 「……私の一族は名家と言われるような存在で、一流の方々もたくさん輩出しています。……私は、その中で……落ちこぼれと言っていい存在なんです」


 「す、すみかが落ちこぼれって……」


 「……私、中学の頃学校に馴染めなくてお昼を全然食べずにいたら倒れて入院してしまったんです。……そこからですね。名門と呼ばれる学校に馴染めない、さらには自己管理すらままならない私を、両親が見限ったのは」


 「……そうだったのか」


 だからすみかが俺たちが通っているような庶民的な学校に通っていたというわけか。……でも、冷たい両親だ。今日のお兄さんを見たときも思ったけど、本当に血が繋がっているとは思えないほどに。


 「……そのおかげで私は高校を受験できて、このアパートにも引越しすることができました。……ただ、一つだけ条件があったんです」


 「条件……ああ、前にすみかも今日のお兄さんも言ってたやつか」


 「はい。……私は、必ず現役で東大に入ることを義務付けられています」


 「……は?」


 子供の進路をほぼ決めているようなものじゃないか。……い、いや、俺はそもそも東大とか目指せる人間じゃないから、強くあれこれ言えるわけではないが……。でも、すみかが行きたそうにしているとは思えない。


 「……やっぱり変ですよね。そうですよ、私もおかしいと思ってます。東大でやりたいこともない私がどうして目指すのか。でも仕方がないんです。落ちこぼれの私が優秀に見えるには、学歴が一番手っ取り早いって両親もわかっているんですよ」


 「……で、でも俺からしてみればすみかは落ちこぼれなんかじゃないと思うだが」


 「……兄は東大の首席。高校一年生の妹はアメリカの有名大学に進学予定です。……私は、そんなに優秀なんかじゃないんです」


 「……」


 きっと俺なんかが体感できる辛さじゃないんだろう。優秀な家族の元に生まれてしまったがために苦労しているわけだから。……でも、俺は


 「でも俺はすみかが落ちこぼれだとは思わない。俺よりも全然勉強できるし、写真もすごくいいものを撮ってる。……それに、何より素敵な笑顔を持ってる」


 「……!!!」


 やばい、最後になんかポエムちっくなことを言ってしまった。こんなの何にも励ましにならない。やばい、超恥ずかしい……。


 「……い、今のは置いておいて! でもすみかが優秀であることは俺が保証するから! だから……もっと自信を持ってよ。……それに、逃げるときも

は付き合うから」


 「に、逃げるときも?」


 「い、いやあの…………家出するときとか。い、今は別居しているからあれだけど、あの……家族から逃げるって意味で! 俺、すみかのこと守るからさ!」


 「…………ふふっ。やっぱり翔くんは世界で一番優しい人です」


 深刻な空気の中、すみかが初めて微笑んだ。我ながらよくわからないことをほざいて、計画性のないことばかり言っていたから不安だったけど……その笑顔が、俺のことも励ましてくれた。


 「でも私はできることをします。次の模試で結果を出せば、両親も兄も納得してくれるはずですから……でも、もし私じゃどうにもならないことになったら……翔くんは、助けてくれますか?」


 その問いかけに、考える時間は必要ない。


 「もちろん」


 目を見て、俺ははっきりと答えた。するとすみかはまた目から涙を流し始めてしまう。


 「ご、ごめんなさい。また泣いちゃって……」


 「全然いいよ。お茶入れるから、しばらくここでくつろいだら?」


 「……そうさせてもらいます」


 すみかは涙を拭いた後、頷いてそういう。涙は流せるだけ流した方がいいからな。とりあえずしばらくはここで様子を見ておこう。


 「……お茶、美味しいです。……翔くん、もう一つ伝えたいことがあります。私……私……


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