悪夢よりも最悪な現実


 宴会を終えてから翌日。名残惜しいながら俺たちは帰宅し、電車を乗り継いで今住んでいる街に帰ってきた。なんか、大都会というわけでもないのにビルがあるだけで目がつい惹きつけられてしまう。


 少し田舎にいるだけでビルすら珍しくなるのか……。


 「それじゃ翔、すみかちゃんまた今度! 試合ちゃんと見にきてよね!」


 「ああもちろん。それじゃあ」


 「また今度です!」


 押して駅にてのどかは別の方向なので別れ、俺とすみかは二人で家まで歩いていく。ああ、やっぱり長時間の移動は疲れるな。早く家に帰って休みたい。


 「翔くんもお疲れみたいですね」


 「ああ……やっぱ移動がなー。遠い分きついわ。すみかも疲れた?」


 「少しだけ。でも心は元気いっぱいです! これなら明日からも色々と頑張れそうですよ」


 「ならよかった。ま、駅からそんな遠いわけでもないし、さっさと帰って体は休ませよう」


 「はい!」


 ということで、俺とすみかは足早に家まで向かい多分いつもよりも数分早く家の近くまでついた。


 「……ん?」


 ただ、何やら少しだけ違和感のある光景が見えた。ここら辺じゃ見ることもない高級車が一台、俺たちの住んでいるボロアパートの前に停められていた。あまりに不釣り合いで、コラ画像にすら見える。


 「ど、どうして……」


 それを見たとき、すみかの様子が明らかに変化した。先ほどまで笑っていたのに、今は顔を真っ青にして肌には鳥肌が見えている。さらに体はブルブルと震えていて、明らかに異常だ。


 「すみか? 大丈夫か?」


 「……は、はい……だ、大丈夫……です」


 全然大丈夫じゃない。おそらくあの車の持ち主はすみかにとって会うことすら辛い人物なんだろう。ここから離れるべきか? でもずっと家の前にて待たれていたらどうすることもできないし……。


 「そこにいたのか、すみか」


 「っ!!!」


 そんな思考を巡らせていた時だった。車の中から一人、そこらのイケメン俳優にも負けず劣らずのルックスを持ち、すらっとしたスタイルにメガネをかけた男性が車の中から降りてきてすみかの元に近づいてくる。


 「お、お兄さ……ま」


 「っ!?」


 俺は目を見開いた。確かによく顔を見れば共通している部分はいくつかある。だが、明らかに雰囲気が違う。すみかとは違ってこの人は……血が通っているとは思えないほど、冷たい雰囲気を醸し出していた。


 「心配したぞ。台風の被害を受けていないかきてみれば、連絡もなくいなくなっていたからな」


 それが口だけだと、聞いているだけの俺にも理解できる。目は一切笑っていないし、声は冷たいままだ。


 「どこに行っていたんだ? 模試は中止になったとはいえ、その様子だと元々受けるつもりがなかったようだが」


 「…………」


 威圧感に屈して喋ることすらできないのか、すみかは俯いたまま答えることができない。じゃあ俺がバカ正直にことの顛末を教えれば……とも思ったが、明らかに俺の実家に帰っていただなんて言える状況ではなく、むしろ火種になりかねない。


 「答えられない。そうか、つまりそこの男と呑気ながら一緒に遊んでいたということでいいか?」


 「…………」


 すみかのお兄さんが言った言葉は間違いだとはいえない。それをすみかもわかっているからこそ、言葉を出すことができず反論することができないんだろう。


 「これは申し訳ないな。俺はすみかに謝罪しなくてはいけないようだ」


 はっ? いきなり謝罪って……どういうことだ? でも一切顔からはそんな雰囲気は漂っておらず、むしろ前よりも不気味さがましている。


 「お前に一人暮らしをさせたことで、自由が与えられたと勘違いさせてしまったこと、非常に申し訳なく思っているよ」


 ……怒りを通り越して、この男は何を言っているんだと呆然としてしまう。すみかには自由なんてない、とこの人は言っているようなものだ。それをさも正論のように語る様子は、明らかにおかしい。


 「……はい」


 だけど、すみかはそれを否定することなく受け止めた。


 「お父様もお母様もお前に対してはなんら期待をしていない。今二人は聖良(すみかの妹)の留学やらに熱心だからな。だが、このままだとお前は最低限成すべきことすらできなさそうだな」


 「……はい」


 「最悪、お前には他の有力な家に嫁いでもらって関係を築く役目でもいい。幸いなことにお前には美しい顔がある。よほど変わった趣味がない限り簡単に、そこの男のように満足させることができるだろう。どうだ、今からでも花嫁修行にでも切り替えるか?」


 「……それは……」


 初めて、すみかが反抗の様子を見せる。だが体と口は震えていてまともに動くことすらままならない様子だ。それを見たからか、それとも先ほどすみかのお兄さんから発せられた言葉への怒りが溜まったから、体が先行して俺は二人の間に立ってこう言った。


 「そんなこと、どうしてあなたが決めるんですか」


 俺はお兄さんの目を見てはっきりと言った。……だが、近距離で話しているはずなのに、全くお兄さんの目には俺は写っている様子がなく、有無も言わせずに払いのけられる。


 「俺たちの家にとって大事なことを、そんなことというようなバカな男とつるむとは……。どうやら監視カメラも必要だな。それに警備も必要だ」


 「なっ!!!」


 そこまですみかのことを支配する必要があるのか!? おかしいとしか言いようがない。だがお兄さんは何もきにする事なくスマホを取り出し、電話をしようと……。


 「やめてください!!!」


 そこで初めて、すみかが声を出してお兄さんに反抗した。体は震えて、顔色は最悪だ。でもそれでも懸命に訴えかける目で言葉をさらに発する。


 「次の模試では必ず結果を出します! もう二度と勝手な行動もしません! だから……お願いです。翔くんのご迷惑になることだけは……やめてください」


 「す、すみか……」


 涙を流して訴えたすみかの言葉は、あまりにすみか自身には不利な内容だった。それでも俺を気にして反抗してくれたことが嬉しく、そんなことを言わせるお兄さん……いや、すみかの家に怒りがわく。


 だが、ここで変な行動を起こせばそれこそすみかの行動が無駄になる。だから俺は必死にこらえて、こらえて……堪える。


 「随分とその男を気に入っているようだな。まあいい、なら冬までは見逃してやろう。だが望む結果が出なかった場合、どうなるかは……わかっているよな?」


 「……はい」


 「ならいい。では今からするべきことをしろ」


 「……わかりました」


 すみかはお兄さんに促されるがままに家へ入っていき、お兄さんはそれを見ると車の中に入り、さっさと車を動かしてアパートから去っていった。


 一度も俺のことを目線に入れることなく。


 「……クッソ、くっそ……クッソ!!!」


 何もできなかった自分が悔しくて、無駄だとわかっていても口から漏れてしまう。すみかがあんなに苦しんでいるのに、俺は何もできなくて……。


 「…………」


 ただただ自分の無力さだけが痛感され、俺はただ呆然と自分の部屋の中に入る。……隣からは、すすり泣きがちょっとだけ聞こえた。……きっと、そういうことだ。


 「……俺ができること……」


 多分すみかもこのことを追及されたくはないだろう。それは今までだってそうだ、俺はすみかの過去を知らない。それがすみかにとっていいことだと思っていたから。


 だけどそれは俺自身の逃げなんじゃないか? すみかの過去を知らなければ、一緒に向き合う必要もない。


 それでいいのか? いや、いいわけがない。


 「……よし」


 俺はすっと呼吸と整えて、台所に向かっていく。


――――――――――――

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