夢よりも素敵な今


 「でねー、これが小さい頃に虫を見て驚いている翔の写真だよ!」


 「可愛いらしいですね。あ、この写真はなんですか?」


 「これはねー、翔が……」


 「それ以上は言わせないぞのどか!!!」


 わけのわからないハプニング? から特別何か変わったことが起こったわけでなく、のどかはいつも通りの感じですみかに昔のアルバムを見せては俺をからかってくる。


 どうしても同い年の子供が俺とのどかしかいなかったということで俺の写真も数多く持っているためネタは尽きることなく、俺すら覚えていないネタまでのどかが饒舌に語るため終わりが見えない。


 「あ、この写真ののどかさんとっても可愛いですね。小学校の入学式の写真ですか?」


 「うんそうだよ。これは私でもめっちゃ可愛いなあって思う。今度すみかちゃんの入学式の写真も見せてよ」


 「あるかどうかわかりませんが……探してみますね」


 さらにどういう展開があったのか、今まで苗字で呼び合っていた二人がいつの間にか名前呼びになっていた。いや、仲良くなることは大いにいいことだと思う。だけど一体どういったことがあったのかなー、とは気になる。


 聞く勇気はないけど……。


 「みんな、もうすぐ夕飯の時間だけど……今日はうちで食べていくかしら?」


 「え、もうそんな時間なんですか!?」


 のどかのお母さんが夕飯というまで、俺はてっきりまだ昼頃だと勘違いしていた。だが外をみてみればもう太陽は沈みかけていて、空はほんのりと紅色に染まっている。


 「すっかり話し込んでしまいましたね……。どうしますか、翔くん?」


 「そうだなあ……」


 「もちろんここで食べるよね! 翔のお母さんには私から連絡しておくから!」


 「うーん、本当に大丈夫ですか?」


 「もちろんいいわよ。のどかといる時間も増やさないと……」


 「え?」


 「い、いやいやなんでもないわ。それじゃあうちで食べるということで決定ね」


 のどかのお母さんのご好意で、俺たちはのどかの家でご飯を食べることになった。そういえばのどかの家でご飯を食べることなんて久しぶりだ。多分俺が中学のとき以来か……。


 「さてと、じゃあ早速夕飯の準備を……」


 「じゃあ俺も手伝いますよ。食事を頂く身ですし」


 「え、でも……」


 「お母さん! 翔の腕は知ってるでしょ! 翔に全部任せて!」


 どうしてのどかが誇らしげにそんなことを言うのか。まあ言われて嬉しくないわけではないけど。


 「全部を任せるのは流石に私のプライド的にも無理だけど……そうね、翔くん料理上手だし、手伝ってもらおうかしら」


 「はい、誠心誠意込めて作りますよ!」


 そんなわけで俺は橘家の厨房をお借りして、夕ご飯を作ることになった。さてと、何を作ろうか。おばさんの提案通り唐揚げを作るかそれとも……。


 「おい翔!!! オメー橘家で宴会をするそうだな!!! 俺も混ぜろ!」


 と考えていたときに、うちの親父が大声で橘家に上がり込んできた。


 「ご、ごめんなさいのどかちゃん。連絡を聞いたらもうすぐにこの人駆け出しちゃって……」


 母さんまでいるのかよ。いや、むしろいてもらわないと制御できないからいいんだけどさ。


 「なんだ騒がしい……って佐久間家が勢ぞろいしてるじゃないか。お酒を買ってきて正解だったね」


 「お、お父さん!」


 さらにさらに、のどかのお父さんまで参戦してきた。あ、これはマジで宴会をするパターンになるのではないか? いや絶対なる。おとといみたいな酒盛りになりかねない。


 「それじゃあ翔くん、宴会用メニューに切り替えましょう」


 「わ、わかりました」


 呑気に料理をするつもりが、結局賑やかな環境でたくさんの料理を作ることになった。……まあ、またしばらく帰ってこれないし、最終日としてはいいかな。


 そんなわけで俺は唐揚げに焼き鳥、さらに俺の母さんが持ってきた野菜を使って鶏肉を入れたシーザーサラダに……などなど、たくさん料理を作っては大人たち(主にうちの親父とのどかのお父さん)がはしゃいで、すみかとのどかも楽しそうに過ごしている。


 料理の方がひと段落つくと、俺も食べる側に加わり食事を始める。なんか、こういう宴会といった環境で食べるご飯と言うのはまた一味違った良さがあっていい。親父が酒でワイワイしなければなおさらいいんだけど……。


 「お疲れ様です翔くん。今日もとっても美味しいですよ」


 「そういってもらえて俺も嬉しいよ。しっかし最後にこんな風に宴会をするだなんて……すみかはそれでよかった?」


 「もちろんです! 今、夢よりも素敵だって言えるぐらい楽しいですよ!」


 「そこまでいってくれるなんて……いやー、マジ感無量というか……」


 改めて、すみかを連れてきてよかったなと思う。こんなに楽しんでもらえて、予期せぬ展開ではあったけれど仲も縮まって、いいことしかなかった。


 「……こんな時間が、永遠に続いて欲しいです」


 すみかはぽつりと、そんなことをいう。きっと本心なんだろう。そりゃあ俺だってこの楽しい時間が続いてくれればいいなとは思う。だけどやっぱり時間は進むことしか知らないから……。


 「また一緒に過ごせるよ。今度は行けなかった川でも遊ぼう、それに他にも色々やれなかったことも」


 「……また、連れてきてくれるんですか?」


 「もちろん」


 「……じゃあ、楽しみにしてますね!」


 次の話をすると、すみかは優しい笑顔で微笑む。それは俺の目に美しく、そして可愛らしく映りつい見とれてしまうほどだった。


 「なになに二人とも何してんのー! 私も忘れちゃダメ!」


 ふと突然、のどかがいきなり俺の背中を叩いて少しだけ頰を膨らませた顔を見せてやってきた。


 「うわっ! の、のどか……いきなり背中を叩くんじゃない」


 「仲間外れにする方が悪いんでーす。ま、でも本当に楽しかったよね。私はこれからまたサッカー漬け、そして夏の大会が控えてるけど……これ以上ないぐらいに頑張れる気がするよ」


 「そりゃよかった。じゃあ今度は勝てるんだな」


 「任せてよ! お願いも聞いてもらうからね、覚悟しておいて!」


 「う……わかったよ」


 のどかも気合十分の状態になったようだ。この調子なら今度こそ勝てるんじゃないかとも思うが、サッカーはチーム戦。どうなるかはわからないけど、それでも俺はまた応援に行かないとな。


 「……あ、流れ星」


 偶然空を見上げたら、ふと流れ星を見つけた。田舎だから人工の光も少なく星が見えやすいこともあって、簡単に見ることができた。


 「あー! お願いしなきゃ!」


 「わ、私も……」


 もう流れ星は流れていったが、二人は何やらお願い事を必死に小声で呟いている。残念なことに酒に溺れた親父の声がうるさく何をいっているのか聞こえなかったが……。


 「何をお願いしたんだ?」


 「えーそれを聞いちゃうの? ダメだよ翔、乙女の秘密ってやつだよ」


 「そ、そうなのか……。す、すみかも?」


 「……はい。いくら翔くんでも、今は言えません」


 「今は……?」


 「っ!!! い、言い間違えました! そ、そうですいい間違いです!」


 何やら俺には相当言えないお願い事らしい。一体なんなのか非常に気になるが、まあ俺の方のお願い事も二人には言えないし……お互い様か。


 「さあて、もっと食べて食べまくりますか! 翔、追加の料理お願い!」


 「まだ食べるのかよ……はいはい」


 そしてまた俺は厨房に向かい、追加の料理を作り始めた。


 そんな風に地元で過ごす最後の夜は最後らしく、とても楽しくて、名残惜しい時間だった。


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