台風が大したことなかった呑気な朝


 「……ぜ、全然大したことないじゃん」


 翌日、目を覚ましてみれば強い風がヒュヒューと音は立てているものの雨の勢いはさほど強くなく、正直本当に大したことはない。


 ということは電車も動いていたりするのかと思えば、計画的に運休をしているため動き出すことはないらしい。つまりは一日ここにいる期間が無条件で伸びることになったというわけだ。


 「おはようございます、翔くん」


 「おはよう」


 そしてリビングに向かう途中、他の部屋で寝ていたすみかとばったりあっておはようの挨拶を交わす。どうやらすみかは昨日と違ってぐっすり眠ることができたらしく、ちょっとだけ寝癖がついていた。ただ、それが可愛らしく感じられるところがまたすごい。


 「今日の台風が大したことなくてよかったですね。この勢いなら昼頃にはもう収束していそうですし」


 「そうだな。でもさすがに川とかにはいけないから、散歩程度しかできなさそうだけど……ま、のどかの家にでも押しかけて考えようか」


 「た、橘さんは大丈夫なんでしょうか?」


 「行かなかったら向こうから来るから大丈夫」


 「た、確かに……」


 すみかものどかがどういう人物か把握してきたこともあって納得してくれた。のどかの家も都会にある家よりもそれなりの広さはあるからお邪魔にはならないだろうし、問題はないはずだ。


 「おはよう二人とも。朝ごはんはもうできているわ。さあ、食べましょう!」


 そしてリビングに行くと母さんがご飯の用意ができたといってもう並べられた食事を見せる。この早くから食卓の準備をする姿勢はさすがとしか言いようがない。


 「あれ、親父は?」


 「まだ寝てるわよ。まだまだ起きなさそうだから先に食べちゃいましょう」


 それに対してうちの親父ときたら……。でも朝が弱いのは俺も同じなのでそこが似てしまったことが非常に悔やまれる。他のもっとひどいところが似ていなくてよかったとも言えるが。


 「それじゃあ、いただきます」

 「いただきます」


 俺とすみかは食卓に座り、食事の前の挨拶を済ませて朝食を食べ始める。ああ、やっぱりうまいな母さんの料理は。単純に美味しい、というよりは気持ちやら色々と加えられて心も温まる味と言える気がする。


 俺もそれぐらいの腕を身に付けたいものだ。


 「それで、今日はどうするの? 台風も大したことはなさそうだけど」


 「昼ぐらいに雨が止んだらのどかの家に行こうと思ってる」


 「あらあら。だったらこのスイカをもって行きなさい。この前とれた上出来のスイカよ」


 母さんは冷蔵庫からスイカを取り出してドヤ顔で見せてくる。確かに色艶大きさどれをとってもかなりいいできだ。これは多分都会で買えば相当な値段になるだろう。


 「こ、こんなスイカがあるなんて……すごいですね」


 すみかもこのスイカの大きさに圧倒されたのか、感嘆した顔でスイカを見つめる。


 「すみかちゃんもここに嫁いだら何個もこのスイカを収穫することになるわ。だからこれぐらいで驚いちゃダメよ」


 「そそそそんなことは……」


 「母さん!!!」


 こういう茶化すところが母さんの悪い癖というか……すみかもスイカの中身よりも顔を真っ赤にしてるし。……でもなんか、否定された気がして俺はすこしだけ悲しくもなった。いや自意識過剰だ、よくないぞ俺。


 「あららら。ごめんねすみかちゃん。ついつい」


 「う、うう……」


 子供さながらのいたずらな笑みを浮かべて母さんはすみかに謝り、そしてまたもぐもぐと食事をとる。


 「それにしても、翔くんのお母さんもとってもお料理が上手ですよね」


 「ありがとうすみかちゃん! ほんと、料理を作っている身からするとその言葉と、すみかちゃんみたいに美味しそうに食べてくれる表情が何よりのご褒美だから」


 「それ、翔くんも言ってました」


 「あら! あらら! やっぱりそう思うわよね翔も」


 「そ、そりゃあ思うけど」


 料理を作って美味しそうに食べてもらえることはこれ以上ない幸せだし、すみかの料理を食べている表情は本当に素敵だから尚更。


 だけどやっぱ母親とかを挟むと恥ずかしい……。


 「これが好きな人なら尚更喜びがますのよ。私が若い頃、付き合っていた彼……今の夫に初めてご飯を食べされた時、とっても美味しそうに食べていたのを見て私もう胸がキュンキュンしたわ!」


 「そ、そうなんだ……」


 母さんから聞かされる昔の話は結構ロマンティックに語られる。だけど今の親父を見るとどうしても埋めがたいギャップが……。


 「素敵なお話ですね!」


 「そうでしょそうでしょ!」


 だが女子同士、恋バナは話が盛り上がるようで今の親父を関係なしにお互い興奮している。


 ……俺がすみかにご飯を食べてもらっているときの感情はキュンキュンと言えるのだろうか? 恋愛経験がないからよくわからない。


 「ふぁーおはよ。お、もう食べてんのか。そんじゃ俺もいただきます」


 そしてそんな話をしていたところに親父がちょうど起きて朝ごはんを食べ始める。


 「うめーな相変わらず。母さんの作る料理は」


 親父は本当に美味しそうな表情で、だけど照れた表情は一切なく自然な流れでそういう。俺が作るときはこんな風には言わないんだが……。


 「でしょー。もっと食べて食べて」


 母さんはそれを見て嬉しそうにして、ニコニコしながら親父が朝食を食べる様子を見ている。イチャイチャしやがって……。


 「本当に素敵なお二人ですね、翔くん」


 「子供から見たらめちゃくちゃ恥ずかしいんだが……まあ、いい関係だよな」


 「ふふっ。私もあんな風に人生を過ごしたいです……っは! い、今のは忘れてください!」


 「お、おおわかった」


 なにやらすみかはあたふたと慌て始めて俺から目をそらしご飯をまた食べ始める。


 今のって……いや、それも自意識過剰だな。

 

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