焦る幼馴染


 「……結局、一睡もできなかった」


 翔と九条さんが同じ屋根の下、同じ空間で一緒に寝ていることを思っていたらあまりにも色々と考えてしまい、眠ることはできなかった。で、でも仕方がないことだ。だって一緒の空間で一晩を過ごすということは……あれやこれや進展していてもおかしくない。


 「……だからって、こんな朝早くから翔の家に行くのはちょっとおかしいかな」


 それを考えていたらいてもたってもいられず、私は朝7時に翔の家に向かっている。もしかしたらまだ起きていないかもしれない。いや、翔のお母さんは早起きだから起こしているかもしれないけど。


 ……だあ!!! もうこんなモヤモヤしてうじうじしてる場合じゃない! 素直に翔に会いにいって、翔と一緒にお話しすればいいじゃん! それに九条さんがどうとか関係ない!


 「おはよー翔! 朝から元気してるー? 私は超元気ー!!!」


 寝ていないからか謎のハイテンションが、朝から私に異常な挨拶をさせる。だけどこれぐらいのテンションを保っていないとまずいかも。


 「……な、なんだのどか。めちゃくちゃ朝から元気じゃないか」


 「フッフーン。私は翔と違って元気はつらつ少女だからね。翔も私を見習うといいよ」


 「それは勘弁だな。バカも伝染してしまう」


 「それは余計だよ!!!」


 いつも通りの翔。何か特別なことがあったようには……見えない。いやまだだ。もしかしたら特別なことが普通に変わっているかもしれない。


 「そういえば九条さんはまだ起きてないの?」


 「ああーすみかは今母さんと一緒に朝ごはん作ってるよ。なんか、主婦の味を教えるんだってさ」


 「へー………………あ、あれ?」


 今聞き間違いじゃなければ九条さんのこと「すみか」っていったよね。昨日まで「九条さん」呼びだったはずなのに……あれれ、あれれれれ?


 「どうしたのどか」


 「い、いやー……いつから九条さんのこと名前で呼ぶようになったのかなあ……って」


 「……あ。い、いやこれは……昨日色々とあって……だな」


 ちょっといきなり目をそらして恥ずかしそうな表情を浮かべているんですけど! え、なに一体? 昨日二人の仲がそんな急速に深まるようなことがあったんですか? 私知りたい! てか知らないと今夜も寝れない!


 「一体何があったの翔! ねえ聞かせてよお願い幼馴染でしょ!」


 「そ、それは……い、いや……う……」


 歯切れが悪すぎるよ! 翔がこれだけ喋ろうとしないってことはよっぽどうふふであははなことがあったってことだよね!?


 もしかしてもう私……負けた?


 「あれ、橘さんいらしていたんですか。おはようございます」


 そんな落胆しているとき、タイミングがいいのか悪いのか九条さんが玄関前にやってきた。相変わらず可愛い。ずるい。


 「……あ、九条さん。今ね、翔に昨日何があったのか問い詰めてるの? 九条さんからも聞きたいかなあ」


 「え!? い、いやそれは……翔くんとは昨日……う、うう」


 ちょっとこれは大変まずい予感しかしないよ!!? 九条さんまで翔のことを「翔くん」呼びってこれもう、うふふあははなことがあったって確定したようなものじゃん!


 「え、え、え? ふ、二人は付き合い始めってことでは……」


 「ない!」


 「ち、違います!」


 よ、よかったあ。二人してそれは否定してくれた。……ん? でもカップルはよく付き合っていることをごまかす傾向があるってどこかで聞いたことがあるような……。


 「で、でも二人はもう名前で呼びあっている仲じゃん。も、もしかして〜」


 「のどかちゃん。安心しなさい。まだのどかちゃんが思っているようなことにはなってないわ」


 さらなる追求をしようとした時、翔のお母さんが私の声に反応したのか玄関までやってきて、キリッとした顔で私の考えを否定してくれた。


 「お、おばさん……よ、よかったあ……」


 それが私の気持ちをすっと楽にさせたのか、ぐっと一気に眠気が襲って私はそのまま地面に倒れ込んでしまった。


 「お、おいのどか大丈夫か!?」


 「た、橘さん!? し、しっかりしてください!」


 眠りに落ちる前に、二人がめちゃくちゃ私のことを心配してくれている声が聞こえる。ああ、なんかこれ死ぬ間際っぽい。そんなくだらないことを思って私は眠りに落ちた。


 「………………はっ!!! ここは!?」


 「……俺の家だよ。ちなみに今は昼前の10時。お前ここで三時間ぐらい寝てたぞ」


 「ほ、ほんとに!? ……うわー情けない」


 そんな寝ていたなんて。でも一睡もしていない中三時間程度で済んだと考えた方がいいのかな。


 どちらにせよ、翔たちには迷惑をかけちゃった。


 「眠いんだったらちゃんと寝ておけよ。どうせお前が起きなくても俺が迎えにいくんだから」


 「ううごめん。九条さんとおばさんは? 二人にも謝らないと」


 「二人なら母さんがすみかを連れて買い出しに行ったからしばらく戻ってこないな」


 「そっか……。じゃあ二人が戻ってくるまでは二人きりってこと?」


 「そうだな。安心しろ、俺はお前に手を出さない」


 その発言がふと頭に引っかかる。そりゃ翔が今更私と二人っきりでドキドキとするとは思わない。だけど……。


 「じゃあ九条さんなら手を出すの?」


 意地悪な質問をした。きっと昨日は手を出していないんだろうけど、手を出したいとは思ったんじゃないかと思って。


 「そ、それはまた違うだろ! お、お前まだ疑ってるのか? 昨日はただちょっとしたことを喋っただけだ」


 「ちょっとしたことって?」


 「……お互いの気になる人について」


 ドキリ。そう私のハートがちくりと刺激される。私は九条さんの気になる人について知っている。だけど翔の気になる人に関しては知らない。


 「えー気になる気になる! 教えて翔!」


ほんとはドキドキしすぎて元気を出すところではないんだけど、それでも翔の気になる人に関して知りたいから元気を振る舞って質問する。


 「そ、それは言えない」


 「えーどうせ九条さんには言ったんでしょ? 私にも言ってよ」


 「……すみかにも言ってない」


 ……なるほど。九条さんに言わなかった、ということはやっぱり翔が気になる人はやっぱり……。


 「じゃあ私には言ってよ」


 「……まぁ、のどかになら多少は言ってもいいかもな」


 その言葉は私のハートのドキドキを消した。私に言えるということは、少なくとも気になる人の対象は私じゃない。


翔はまだ、私のことを幼馴染としか見ていないんだ。


 「でも誰かは言わないからな!」


 「そりゃもちろん。どう思ってるの? その人のこと?」


 「……なんか、最初はちょっとした関わりだったのに、最近妙にその人のことが可愛く思えて……。なあ、これって愛情の好意なのか?」


 恥ずかしそうに、翔は顔を赤くしながらそういう。


 そうだよ。翔が心に抱いているそれは立派な恋愛感情だよ。私が翔に抱いているものと同じ。どうしようもなくその人のことが好きでたまらなくて、いつでも一緒にいたいんだよね、その人と。


 心でそう思ったけど、私はまだ負けたくない。だからすぐにそう答えるのではなく


 「わっかんないや!」


 ごまかした。後ろに逃げた。


 ここで無理に前に進めば、恋愛感情を理解していない翔は九条さんへの想いに気づかず、もしかしたら私が翔と結ばれるかもしれない。だけど、それ以上に負けるのが怖かった。


 もちろん負けても九条さんを恨むつもりはない。彼女が素敵な人だって私も知っているから。


 だけど私の方が翔のことが好きだから。そう簡単に負けたくない。


 ……負けたくないなら、ここで捨て身の攻撃でも仕掛けるべきなのかもしれないけど。


 「なんだよ! やっぱのどかにいうんじゃなかったわ」


 「そんなこと言わないの! 青春っぽくてよかったよ!」


 「うるせえ!」


 結局いつも通りの幼馴染のやりとりになってしまった。どうしたらいいんだろう。もう、そんなに残された時間はなさそうだよ。


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