意識せざるを得ない空間


 「だ、大丈夫だよな。変なものとか置いてないよな」


 俺の部屋にて、おそらくもう同じ場所を見て3回目。アパートであればもう何回もすみかを呼んでいるからもう問題ないが、実家になるとまた話は違う。


 しばらく放置していたために何か見られてはまずいものがある可能性は十分にあるし、それを俺自身気づけていない可能性もある。正直地雷があちこちに散らばっていてもおかしくない。


 「……やばい、緊張してきた」


 さらに今回、すみかはこの部屋で一晩明かす。……確かに、最初アパートで出会った時にも一晩過ごしていたが、あれとは話が違う。今回はちゃんと意識がある中で、なので……。


 「お、お風呂上がりましたよ」


 「ファっ!」


 緊張しまくった俺の体はすみかの声を聞いたことでびくりと体が震え、つい変な声を漏らしてしまう。うう、なんて情けないんだ俺……。


 「だ、大丈夫ですか翔くん?」


 すみかはそんな俺を心配してそっと近づいてくる。その際普段は見れないすみかの薄ピンク色のシンプルな寝間着姿、さらにはシャンプーの匂いなのかいい香りが漂ってきて、色々とまずい。


 「……あ、ああ大丈夫。うん大丈夫だ」


 それでも何か起こしてはいけない。俺は頭の中に湧いてきた煩悩をぶっ潰して何事もなかったかのように振る舞う。多分結構挙動不審だとは思うけど。


 「それは良かったです。……ところで、翔くんって実家でも布団派なんですね」


 「……その方が落ち着くから」


 「……となると、隣同士になりますね」


 「……うん」


 そう、俺は実家でも布団を敷いて寝るタイプだ。つまりはベットがない。それがどういうことかというと……すみかと川の字で寝ざるを得ないわけだ。


 もちろん嫌というわけではない。だが、ただでさえ気まずいのに川の字となれば……さらにその気まずさは増すわけで。


 だから俺とすみかはお互い非常に困った顔をしながら棒立ちになって次の行動を取れない状態となっている。


 「……流石にこのまま立っているのはまずい。一旦布団に座ろう」


 「そ、そうですね。そうしましょう」


 その状況に危機感を覚えた俺は座ることを提案して、すみかもそれに同意してお互い布団の上に座る。ただ、そうしたら何か進むのかと言われたら……何も進まない。今度はお互い座りながらどうしたものかと悩むだけだった。


 「……もう今日は寝ましょう」


 「……それがいい。寝よう」


 もうどうしたらいいのかわからない中でた決断は、もう寝ることだった。まだ22時で高校生が寝るには早い気もするが、このままむやみやたらと時間を使おうとするよりはマシかもしれない。


 ということで俺たちは布団の中に入り、ほんのすこしだけ明かりを残して眠りに入ろうとする。


 だが、今日という日はいつもと違うことを全く考慮に入れていなかった。


 (ね、寝れない!)


すみかがすぐ近くで寝ているというのは想像以上に心臓に悪いようで、全く眠れない。むしろ起きている時よりも緊張しているかもしれない。


 「……翔くん、起きてますか?」


 「……ああ。全く寝れない」


 「……私もです」


 すみかもどうやら同じようで、結局早く寝ようとしたのにお互い寝れないというどうしようもない状況となってしまった。


 「最初会った時にも一緒の部屋で寝ていたのに……どうしてこんなに緊張するのでしょうね?」


 「あの時はすみかがご飯を食べてすぐに寝ちゃったからなあ」


 「……そ、そうでした。春のことなのに、なんだか随分と昔のことのように思えて……」


 すみかのいうことはすごくわかる。俺の場合、聖女様として学校内にて名を知らしめていたすみかを知ってはいたが、それでも関わりあったのは二年の春から。


 多分春の俺がすみかとこうして一緒に実家に泊まっていると聞いても信じられないだろう。それぐらい、色々と関係は急速に進んでいったから。


 「来年の今頃は、私たちは一体どうしているんでしょうかね」


 「……どうだろう。でもお隣さんで、一緒にご飯を食べる関係は変わってないと思うよ」


 「……そうですね。きっとそうです」


 もはやそれらは俺にとってはあるのが当たり前である日常だ。きっと来年もそれは変わっていないと思う。


 「……」


 「……」


 そこからしばらく会話は続くと思いきや、やはりこの異質な空間にはびこる空気の重さはなかなかのもので、会話が続いてくれない。何か喋ろうと思っても何をいえばいいのか見当がつかず、寝ようと思っても緊張で寝れないので……ただただ時間が過ぎていく。


 「……翔くん、一つ質問をしてもいいですか?」


 ふと突然すみかがそんなことをいう。


 「あ、ああ。いいよ」


 「……好きな人っていますか?」


 多分今俺の頭の上に雷が落ちてきた。それぐらいの衝撃が俺の身体中に浸透してしまう。俺は驚きを隠せず口をポカンと開けてしまったが、対するすみかの表情はよくわからない。なにせ電気を消してしまったから。


 「……いきなりどうして?」


 「い、いや……宿泊行事には恋バナがつきものかなー……って思ったんです」


 確かにそれは一理ある。否が応でも無理やり喋らされることもよくあることだ。だが今は学校の行事ではないし、俺とすみか二人しかいないわけで……余計謎が謎を呼ぶ。


 「……すみかはどうなんだ?」


 「え、わわわ私ですか!?」


 あえて意地悪なことをしてみた。こんな話をするってことはすみかにはもしかしたら気になっている人がいるのかもしれないから。それは俺としてもちょっと気になるところがある。


 「……翔くんが話してくれたらいいます」


 「ず、ずるいな……」


 だがすみかもなかなかそう簡単に話してくれない。むしろ俺が話さざるを得ない状況に追い込まれてしまった。


 ………………。


 「……気になっている人はいる。だけど、それが恋愛感情の好意かどうかはわからない」


 本心を喋った。我ながら恋愛経験のないやつ丸出しだが、実際ないんだから仕方がない。言った後で、頭がちょっと真っ白になった。


 「……俺は言ったぞ! さあすみか、次はそっちの番だ」


 結構やけくそに、すみかに次にバトンを渡す。


 「…………私はいます。大好きな人が」


 その時の表情を見れたら、その答えを明確に知ることができたのかもしれない。だけど残念ながらすみかの表情は見えない。だから俺はもやもやとしたものを抱えてしまう。


 「……その人の特徴は?」


 「……そ、それはいえません!」


 「……そっか」


 怖かった。それ以上追求することが。だから俺は一歩引いてしまい、この会話はそのまま続くことはなかった。……だけど、すみかの好きな人が、誰なのかは気になり続けた。


 その感情はただの興味本位か。それともすみかの好きな人に対しての嫉妬心か。それがどちらかわかれば、俺の気持ちも決まるというのに……。


 だが、それで頭を使い過ぎてしまったのか一気に眠気が襲ってきて、俺はそのまま意識を遠のかせていった。


 

 

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