九条すみかと翔の母親


 お客さん、そして翔くんのお父さんたちがようやく夕食を済ましてぐっすりと眠りに入り、私たちもお片づけを済ましてやっと一息つける時間がやってきた。


 こんなに体を動かして働いたのは初めてかもしれない。でも翔くんと一緒にお仕事をしたのは全然嫌じゃなくて、むしろ楽しかった。


 やっぱり、私は翔くんのことが大好きなんだ……。


 「すーみかちゃん! 今日はありがとう! おかげで予定よりもスムーズに料理を提供できたわ」


 翔くんのお母さんが私に抱きついてきて感謝の言葉を伝えられる。すごくフレンドリーな大人の人で、今まで私の会ってきた大人にはこんな人はいなかったから、余計にその温もりが心地よく感じられた。


 「こ、こちらこそありがとうございます。素敵な経験ができました」


 「ん? 翔とイチャイチャしたこと?」


 「そ、それは……」


 そ、それも確かに素敵な経験……だけど。認めるのはなかなか恥ずかしい。


 「本当に二人は付き合ってないの? 本当にただのお友達?」


 「え、えっと……」


 「翔は今お風呂に入ってるから本当のことをいっても大丈夫よ。誰にも言わないわ」


 「……私の片思い中です」


 翔くんのお母さんの優しい笑顔に負けてしまい、私はつい本音を言ってしまう。身体中が焼けそうなぐらい暑くなってきた……。


 「片思い……ね。でもどうしてすみかちゃんみたいな可愛い子が翔のことを好きになったの?」


 「……私たち、お隣さんなんです。私が鍵を忘れて家に入れなかった時に、翔くんは美味しいご飯をご馳走してくれて……それからも、優しく接してご飯も食べさせてくれて……そしたらいつの間にか……」


 「あらあら。翔もなかなかなたらしっぷりね。まああの子昔から料理は得意だったからすみかちゃんが胃袋を掴まれるのもわかるけど、まさかハートまでつかんじゃうなんて……我が息子ながら誇らしいわ!」


 すごく嬉しそうにしながら、翔くんのお母さんはニコニコしている。こんなに子供のことを思ってくれるお母さん、とっても素敵だなあ。


 「でものどかちゃんもいるのよねえ。てっきり私は翔とのどかちゃんが付き合うと考えてたから。二人はお互いに翔のことが好きだってことは共有しているの?」


 どうやら橘さんも翔くんのことが好きだということを知っているらしい。きっと長い年月見てきて知る機会があったんだろう。それとも本人から聞いたのかもしれない。


 「は、はい! お互いに翔くんの好きなところを語り合いました!」


 「青春してるわねえ。のどかちゃん、翔のことに関しては奥手だからこんな強力なライバルを生み出しちゃって……ふふっ面白いわあ」


 ちょっと意地悪な笑みを浮かべてクスクスと翔くんのお母さんは笑う。第三者の目線で見れば確かにちょっと恋愛小説みたいな関係だから面白いんだろう。


 「私はどっちが翔と付き合っても暖かく迎え入れるわ。だからすみかちゃん……頑張ってね!」


 ポンっと手のひらを頭に乗せられて、優しく頭を撫でられる。ああ、やっぱり暖かい。翔くんとはまた違った優しさが心地いい。きっとこれが本来あるべき両親による優しさ、なのかもしれない。


 「さてと、すみかちゃんに仕事手伝ってもらったしご両親に連絡してもいいかしら? お礼も言いたいしーー」


 「だ、だめです!」


 つい、声を荒げてしまった。翔くんのお母さんの行動は最もで、何も間違ったことはしていない。だけど……それをされてしまうとどうしても私は困ってしまう。なぜなら……


 「……両親にはここにきていることを伝えていません。言ったら……すぐに連れ戻されます」


 「あら。まあ確かに男の子の家に泊まると言ったら反対するのも無理はないわね。でもこういうことはちゃんと言わないと」


 「……だめ、なんです。連れ戻されるのはここでじゃなくて、今住んでいるアパートもなんです。……翔くんの存在が、両親から唯一課せられた条件の障害となるから……」


 きっと両親はもう私のことは眼中にはない。だけどどうしても見栄えが気になるようで、最低限しなければいけないことは課せられている。それに……多分両親は翔くんのことを認めてくれない。


 「……そっか。なら今回は連絡しないでおくわ。でも、いずれ翔と結ばれたいなら、ご両親とも向き合わなくちゃいけない時も来るんじゃないかしら」


 「……そ、それは……」


 その通りだ。翔くんと結ばれたとしても両親が切り離してくるだろう。その時にそのままその事実を受け入れるだけの私じゃ、何も前に進めない。


 ……だけど、一体どうしたら受け入れてもらえるのかもわからない。


 「でも翔の彼女になった子をそう簡単に手放したくはないわ。その時は私からもガツンと言ってあげるわよ!」


 「……あ、ありがとうございます!」


 やっぱり素敵な人だ。答えはまだ出ないけど、翔くんのお母さんを見てたら元気も湧いてきた。もしかしたら、私の両親も説得できるんじゃないかって……いや、それは私がしないといけないことだ。私が変わらないといけないんだ。


 「ん? 二人して何を話してるんだ? 風呂から出たぞ」


 「しょ、翔くん!」


 ひょこっと風呂上がりの翔くんが濡れた髪をタオルで拭きながらやってきた。初めて見る翔くんの行動に、不覚にもどきりとしてしまった。


 「それは乙女たちの秘密よ。それじゃあすみかちゃん、お風呂に入ってきなさい!」


 「わ、わかりました。それじゃあお風呂使わせてもらいますね」


 「はいどうぞ! お風呂にじっくり浸かってね!」


 色々と悩み事はある。けれど今はせっかく翔くんの実家にきて楽しんでいるんだから……それだけを楽しみたい。それはただ単にわがままなのかもしれないけど……多少は許されるよね?

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