ちょっとした変化
「結局暗くなるまで秘密基地で遊ぶとは……」
結局俺たちは秘密基地で夜になるまで遊び、あたりはすっかり暗くなってしまった。高校生になっても時間を忘れて遊べるとは、秘密基地って実に怖いな。
「小さい子供みたいに遊んじゃいましたね。でもとっても楽しかったですよ!」
九条さんも楽しんでくれたみたいでよかった。お金とか一切かけてないけど田舎なりのおもてなしを堪能してもらえてこちらも嬉しい。
「……それじゃあここで! 翔、絶対、絶対九条さんにエッチなことをしちゃダメだよ! 九条さん、私負けないから!」
「しねえよ!!! てか九条さんとはいったいなんの勝負をしているんだ!」
「それは乙女に秘密! じゃあね!」
何やらそそくさと落ち着かない様子でのどかは分かれ道にて帰っていった。いったい何を焦っているんだか。あいつの家、今日の夕食がカレーなのかな。
「九条さん、のどかとは一体なんの勝負をしてるの?」
「え!? い、いや……その……そ、それよりも早く帰りましょう! わ、私お腹が空いてきました!」
「あ、ほんと? なら早くしないとね」
なんだかはぐらかされた気がするが、お腹が空いたことより大事なことはない。早く家に帰ってご飯を食べなければ!
「ただいまー」
そして家に帰ると、なんだかドタバタと慌ただしい。そういえば民宿を始めたとかいってたから、お客さんを相手にして忙しいのかもしれないな。
「おかえり翔。それじゃあ早速料理を手伝ってちょうだい」
「早速とは一体どういうことだよ!」
食堂のおばさんみたいな格好をした母親は、全く悪気のない顔で俺に手伝いを要求してきた。まあ民宿を始めたと聞いた時から薄々こうなるんじゃないかと思ってはいたけど……。
「あなたの料理の腕が必要なのよ! 私だけじゃ手が足りなくてね……。お父さんはお客さんのお酒に付き合わされてるし……」
「なかなか大変なことになってるな……。わかったよ、手伝うよ」
「さすが私の息子! それじゃあすみかちゃん(九条さんの下の名前)は……」
「私は配膳をやりますよ。泊めてもらう身ですし、何かお手伝いさせてください」
「な、なんていい子なの! すみかちゃん可愛くてなおかつ優しい……ぜひうちの息子のお嫁に来てもらいたいわ!」
「おい!!!」
うちの母親は平然とこんなことをいうものだから困ったものだ。そんなことを言っては九条さんが困ってしまうだろう。現に顔がまたも真っ赤になってモジモジとしている。……確かに可愛いというのもわかるけど。
「それじゃあすみかちゃん。そのままの格好でもいいけどせっかくだからお着替えしましょう! 翔、あんたは早くご飯を作る! 作るものはキッチンに紙を貼ってあるからそれを見ておいて」
「早速こき使われるのね。はいはい、やりますよ」
何やら意気揚々とした顔で九条さんを母さんが連れて行き、俺は台所に向かう。おお、これはなんというなかなか渋い料理のオンパレード。きっと酒に合うんだろうな。俺はまだ飲めないけど。
「おう翔! お前が台所に入ったなら安心だな! 早く料理を持ってこい!」
台所と食卓は近くにあり、食卓にて完全に酒に酔っている状態の父親が大声でそういう。たくっ、客の相手どころか自分が楽しんでいるじゃないか。3人いるお客さんも同じぐらいワイワイとしているし、もはや居酒屋だな。
「煮物とチヂミは途中といったところか。さてと、それじゃあ作るか」
実家に帰っても料理とは切っても切れない縁があるようだ。大人たちが駄々をこね始めるまでには完成させよう。
「……おお! だ、誰だこのべっぴんさんは!」
そんな料理を作っている最中、お客さんから感嘆する声が聞こえてきた。だいたい予想はつくけど。
「この子はな、息子の恋人なんですよ」
「ちょっと何をいっているんだくそおやじ!!!」
とんでもないガセを酒に酔っている父親は平気で、しかも自慢げにいう。酒って本当に良くないわー。
「はいはいこれからお酒をこの子が運んでくれますからねえ〜。それじゃあすみかちゃん、翔にその衣装を近くで見せてきて!」
「は、はい!」
九条さんは母親にそう言われ、台所にやってきた。食卓にいた時はよく見えなかったが、近くで見ると……なんか、大正浪漫といった感じの赤い和服に身を包んで非常に可愛らしい。九条さんの清楚で華奢な容姿にベストマッチしている。
「ど、どうですか……佐久間くん?」
少し照れた様子で、九条さんは俺に感想を聞いてくる。こ、こんなの良いに決まっている。だ、だけど……両親、見ず知らずのお客がいる前で褒め言葉をいうことが恥ずかしい気がして……。
「翔、素直に『九条さん可愛い! 俺と付き合ってよ!』 と言いなさい」
この母親、俺を徹底的に苛め抜きたいのか?
「そ、そんなことは言わない! そもそもこの衣装がなんでうちにあるんだ!」
「いずれバイトを雇うつもりだったからよ。ちょうどいいタイミングだったわ。でも翔、じゃあすみかちゃんのこの衣装可愛くないの?」
「そ、それは……。す、すごく可愛いと思う」
「翔、ちゃんと目を見ていう!」
「ああもう! すごく可愛い! 九条さん、すごく似合ってるよ!」
羞恥心を一切捨て去り、俺は九条さんの目を見てそういった。やっばい……心臓がバクバクしてきた。言ったら言ったでかなりメンタルにきてしまう……。
「……ありがとうございます翔くん! ……あ、さ、佐久間くん!」
おそらく母親が俺のことを名前で呼ぶから、それにつられてしまったんだろう。九条さんはぱあっと笑顔から沸騰するかのように顔を真っ赤にして言い直す。
「……翔で良いよ」
「え?」
「……まあ、そっちの方がしっくりくるし」
我ながらなんて訳のわからない理由。だけど九条さんに名前で呼ばれた時、正直嬉しかった。これも理由はよくわからない。呼び方なんて大した意味はないだろうに。
「翔、じゃあ貴方もすみかちゃんのことをちゃんと下の名前で呼ばないとね」
「え、そ、それは……」
「……私もその方がいいです、翔くん」
九条さんの訴えかける目、そしてまたも翔呼びは俺の判断を一瞬で決めさせてしまう。……はあ、なんなんだよこの気持ち。九条さんに逆らえる気がしない。
「……わかった。すみか……」
「ちゃんはいらないですよ。呼び捨てで呼んでください」
「……す、すみか」
名前を呼んだだけなのに。すごく恥ずかしくて、だけどなんだかやってやった感があって。呼んだら呼んだで……す、すみかも恥ずかしそうにはしているけど、どこどなく嬉しそうで……。
「ヒューヒュー青春だね若者たち!」
「ははは! いいぞ翔!!!」
お客には茶化され、親父には父親ぶられた。一体何の公開処刑だ。俺は料理を作るつもりで、すみかは配膳をするだけだったのに……。神様ってのは、時に変なシチュエーションを用意しているものだ。
「さてと、青春劇も見たことだしまだまだ酒を飲むぞ!」
「おお!!!」
そして親父がお客を先導して食欲を掻き立てる。……まあいい、俺の料理をじゃんじゃん食べさせて早く眠らしてしまおう。それがいい。
「それじゃあ頑張りましょう、翔くん」
「あ、ああ。頑張ろう、すみか」
お互いにまだぎこちなさを残しながらも、俺とすみかはそれぞれ仕事を始めるのだった。
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