夏休み、流しそうめんをする


 夏休みといえば時間を余らすことが多々ある。ましてや部活をしていない俺はなおさらで、今日は実に暇だ。しかも最悪なことに、携帯は通信制限にかかり使い物にならない。


 「暇だ……」


 思わず口に出てしまうほどに暇となった。どこかに行こうと思っても、これと言って行きたい場所もなければもう夕方だ。はてさてどうしたものか。もうこのまま寝てしまおうか。でも今日起きたのは昼頃で全く眠くないんだよなあ。


 「さ、佐久間くんいますか?」


 そんな時、タイミングがいいことにノックの音と九条さんの声が聞こえてきた。


 「はいはい。おはよう九条さん」


 「もう夕方ですよ佐久間くん。もしかしてさっきまで寝てました?」


 「大当たり。夏休みだから昼頃に起きたんだ」


 「過度な睡眠もあんまり良くないですよ……。私も、今日は本を読んでいるときにウトウトとしてしまったのであまり人のことは言えませんが……」


 「心配してくれてありがとう。明日からは12時前に起きれるように努力するよ」


 「あ、あまり変わってないんじゃ……」


 九条さんは本当に心配そうな顔で俺のことを見てくる。よし、これからは何もない日でももっと早く起きるようにしよう。


 「あれ、そう言えば何か用があって来たんじゃ?」


 「あ、そうでした! 私昨日デパートにある本屋さんでお買い物したとき、くじをもらったんです。それで引きに行ったら……これを当ててしまいまして」


 「お、流しそうめんのやつだ」


 九条さんが持っていた袋の中から箱を取り出し、見てみるとそれは最近地味に流行っているという流しそうめんの機械だった。家で手軽にできるサイズのもので、場所にも困るものではない。


 「一人でやるにもアレですから……佐久間くんと一緒にやりたいと思いまして。そ、そうめんもおつゆも用意してますので!」


 「いいね! それじゃあやろう。具材とかは俺が用意するよ」


 「お、お願いします!」


 そういうわけで、俺と九条さんは一緒に流しそうめんをすることになった。この暑い夏には最適性の食べ物だし、何より流しそうめんには謎の楽しさもある。


 「さてと、ネギとかきゅうりとかをトッピングする形にするとして、具材としては……こうするか」


 そうめんにあう具材を冷蔵庫から取り出し、九条さんを退屈させないように早く仕上げようと心がける。


 と思ったんだが。


 「……さ、佐久間くん。よ、よければでいいんですけど、私に野菜の切り方とかを教えてくれませんか?」


 「それはいいけど……あ、もしかしてその傷は」


 今更気づいたが、九条さんの指に絆創膏が貼られていた。おそらくだが、九条さんが料理をしようとした際にできた傷だろう。もっと早く気づいていればよかったんだが……。


 「は、はい。今日の昼に野菜を切ろうとしたときにできた傷です。ぜ、全然うまく切れなくて、野菜はあっちこっちに飛んで行って……。でも佐久間くんはいつもスムーズに切っているのでどうしたらいいのかと思いまして……」


 「よし、じゃあ俺が傷つかないように教えるよ。……その話を聞く限り、結構危なさそうだし」


 「お、お願いします……」


 というわけで、俺は九条さんに包丁の手ほどきをすることになった。まあ切るものは大したものじゃないし、特に大きな問題はないだろう……と思ったが。


 「こ、こうですか?」


 九条さんと至近距離で、手を触るということは想像以上に恥ずかしい。も、もちろん下心なんてない。ないけど男として生まれてきた以上女性が近くに来るとどうしても意識してしまうところもあって。


 「……佐久間くん、大丈夫ですか?」


 「え!? う、うん大丈夫!」


 九条さんは頰を赤くしながらも俺の心配をしてくれた。多分九条さんも恥ずかしいんだろうが、その九条さんを心配させてしまうほどに俺の方がやばそうだったんだろう。


 「う、うんうん。包丁はこうやってもって、力は無理に入れずにストンと落とす感じで……」


 なんとか俺は自我を保って九条さんに包丁の手ほどきを進める。九条さんもセンスがないわけじゃなく、おそらく誰からも正しい切り方を教わらなかったからため変な切り方になっていたようだ。


 「さ、佐久間くん! うまく切れましたよ!!!」


 だから九条さんが上達するのに大きな時間はかからなかった。ストンときゅうりを切れるようになり、おそらくもう簡単に怪我をすることはないだろう。


 よかった……上達が早くて。多分もっと時間がかかっていたら……やめとこ、考えるの。


 「ありがとうございます佐久間くん。おかげでなんとか上手くなれました」


 「九条さんが上手くなってくれてよかった。でもまたどうして料理を? もしかしてパンケーキの時みたいに俺に何か食べさせるために?」


 「……図星です。夏休みにはなんとしてでも佐久間くんを心の底から美味しいと言わせる料理を作ると決めたんです。……また、お力を借りてしまいましたが」


 「それは覚悟して待たないといけないな」


 「……はい。絶対作りますから。楽しみにしてください」


 九条さんは恥ずかしそうにそう宣言する。こりゃ夏休みの楽しみが一つ増えた。もちろん、九条さんには無理なく作って欲しいけど。


 「それじゃあ流しそうめんを始めよう」


 「はい!」


 そして具材が用意できたので、俺と九条さんは流しそうめんの機会を囲んで、そうめんを機械の中に入れて食べ始める。流れが思ったよりも早く、すぐに流れていくため結構掴みづらい。


 「結構難しいですね……」


 「機械だからとなめてたわ。よし、ここから本気を出す!」


 と言った手前、俺は流れるそうめんに全集中を向けて流れるそうめんを次々と取っていく。おお、これ楽しい!


 「佐久間くんすごいです!」


 「い、いやあそれほどでも」


 九条さんに褒められてぶっちゃけ調子に乗った。そして食べることよりも取ることが優先的になり、気づけば入れた分のそうめんは大体俺の器の中に入っていた。


 「……ごめん、とりすぎた」


 「いえいえ大丈夫ですよ。まだまだそうめんはあります」


 九条さんは一切嫌な顔をせずにニコニコと笑ってくれた。そして俺は入れた分のそうめんを平らげて、追加のそうめんを程よいぐらいにとる。


 「美味しいですね、佐久間くん」


 「うん美味しい。なんかいつもと違う食べ方だからかな」


 「そうかもしれませんね。でもやっぱりこうして佐久間くんとご飯を一緒に食べることが一番の調味……な、なんでもないです」


 「?」


 何か九条さんが言いかけたようだが、とっさに口をもごらせてごまかした。でもなんか言われたら嬉しいことのような気がするのは……俺の自意識過剰だろう。

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