夏休み、のどかと美術館にて


 急にのどかに呼び出された。どうやら今日が本当のオフ日だったようだが、それにしたっていきなり連絡を入れて呼び出すとはよほど遊びたかったらしい。まあちょうど俺も暇を持て余していたから全然問題はないけど。


 ただ、何でか呼び出された場所がなぜか美術館。のどかと一番縁が遠いと思うんだけど……。


 「お待たせ翔!」


 「やっと来たかのどか……!!?」


 普段ののどかであれば、部活のジャージをそのまま着てくる。だがどうも今日ののどかは……おしゃれをしている。それも大学生がよく着ているようなワンピースを。


 「……今日、傘を持ってきてないんだが」


 「それどういう意味!? 私だって一着ぐらいよそ行きの服は持ってるよ!」


 そ、そうだよな。高校生だしさすがに持っているよな。でもなんかいつもと違うのどかを見ている気がして……変な違和感というか、何ともいえない感情が心の中で渦巻く。


 「そ、そうだな。しかし一体どういう風の吹きまわしだ? いきなり美術館に行きたいだなんて。芸術のげの字も理解できない人間だろ?」


 「そ、それは否定しないけどそこまでいうことないじゃん! 私だって綺麗な絵とか見たいときはあるんだよ! それにこの美術館、公園も一緒にあるからそこで翔のお弁当を食べたかったの!」


 「ああ! 真の目的はそこか!」


 確かにこの美術館にある公園は花壇が随分といい景色でかつ広さもある。理想的にゆったりとした空間で弁当を食うにはこれ以上ない環境だ。ウンウン、納得できた。


 「そ、そうだよ! 悪かったね!」


 「悪いことは一切ない。のどかが花より団子であることは昔からよくわかってる。じゃあ程よくお腹を空かせに行くか」


 「わ、私が先導するんだよ! 翔、ついてきてね」


 「ヘーイ」


 妙に張り切った様子ののどかについていき、俺たちは早速美術館の中に入っていった。中は静寂に包まれていて、気持ちがシリアスな感じになる。それにしても色々と展示会が行われているなあ。……『世界の便器展』? 何だこれ、気になる。


 「翔、こ、これにしなーい? わ、私これがいいなー」


 「ん? ……『世界の恋愛絵画展』? へえ、のどかも恋愛とか興味あるんだ」


 「そ、そりゃああるよ! 私だって乙女だもん。素敵な恋とか興味あるもん!」


 「そうなの? お前のコイバナとか聞いたことないんだけど……」


 「私なぞの多いミステリアスな女だからね!」


 「笑うわ」


 「笑うな!」


 てっきりのどかはサッカーと食事にしか興味のない人間かと思っていたが、恋愛にも興味があったとは。しかしのどかはどういう男性が好みなのか全く見当がつかない。バカだから変な男に引っかからなければいいんだが。


 「と、とにかくこれに行くよ! 便器展とか私は嫌だからね!」


 「チェ、バレてたか。はいはいいきますよ」


 結構気になってたんだけどなあ……。まあいいや、便器展は今度一人で見に行ってこよう。


 「……すげえな」


 恋愛絵画展の中に入ってみると、美しく人の恋愛模様を描いているものからすごく生々しい描写の作品まで幅広くあり、恋愛経験ゼロの俺には結構刺激が強い。


 「こ、こんなに激しいなんてき、聞いてない……」


 どうもここにきたいと行った張本人ののどかにも刺激が強いらしく、プシューと音を立てて沸騰しそうな勢いで顔が真っ赤だ。


 「おいおい大丈夫か? 素敵な恋の様子だぞ」


 「……私にとっての素敵な恋って、何気ない楽しい会話をして、たまにお互い応援しあって、美味しいご飯を一緒に食べるとか、日常的なものだったからさ……子供っぽいでしょ?」


 「うーん、まあ子供っぽいけど俺もそんな感じだし。あ、でもそしたら俺はのどかに恋をしていることになるのか」


 「え、ええ!?」


 「そんな驚くなよ。だって学校でいつもくだらない話して、サッカーの応援行ったりしてご飯も一緒に食べてる。だいたい当てはまってるじゃん」


 「……そ、そうだね」


 どうも好きという感情は意外と間近にあるのかもしれない。……あれ、でもこれが当てはまるのなら、九条さんと俺との関係も……。いやいや、それはない。それにのどかも……。


 「でものどかと付き合うとやっぱ食費がバカにならんな。勘弁だ」


 「このやろう!!!」


 のどかは周りの人の迷惑にならない程度に蹴りを入れてきた。本気じゃないだろうに結構痛い。しかし結局俺とのどかはこんな風にふざけあう運命にあるんだな。ここにある絵画のようなロマンティックとか一生ないわ。


 「もうお腹すいたや。翔、ご飯食べよ」


 「まだ早いぞ。だったら便器展についてこい」


 「何で食事前に便器を見に行かなきゃいけないの……。あ、この『世界のボール展』とかいいじゃん。これに行こうよ」


 「間違って展示物を蹴ったりしないよな?」


 「私を何だと思ってるの!?」


 「バカなJKかな」


 「間違ってないけどムカつく! とにかく行くよ!」


 「へいへい」


 俺たちに恋愛絵画は早かったため、足早に他の展示物を見に行くことになった。そのあと見に行ったボール展の方がのどかの目がキラキラとしていて、なんだかんだ俺も楽しかった。


 そしてそのあと一緒に俺の作った弁当を食べたわけだが……俺が食べる予定だった半分までのどかは平らげて、完食してしまった。やっぱこいつ食費イーターだ。将来こいつと結婚する人、ご愁傷様です。


 「なんだかんだ今日も楽しかったよ翔。また今度、九条さんとか冬馬くんと一緒に遊べたらいいね!」


 「そうだなあ。まあでも九条さんとは実家に帰るときに一緒に遊べるだろ。その時のお楽しみということで」


 「翔は九条さんと遊びまくっているのに」


 「その言い方は……」


 誤解を生みかねない発言だ。それに毎日は遊んでないから遊びまくっているわけでもないんだけど……。


 「私は夏休みほとんど遊べないんだから、呼んだら絶対来てね」


 「はいはい仰せのままに」


 「よろしい! それじゃあ翔、また今度ね!」


 いつも通り元気はつらつとしたのどかは、ブンブンと手を振ってお互いの分かれ道で別々に歩き出した。……まあ俺の方も楽しかった。やっぱりのどかといると、一味違う心の安らぎが得られるんだよなあ。


 ……それはあいつが長年の友達だからか? それとも……。


 「……俺らしくないな。向こうだって友達として見てるだろうに。さてと、今日の夜の献立を考えるか」


 そんなモヤモヤした感情を一旦棚の隅に置いて、俺は九条さんに作る今日の献立を考え始めた。

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