夏休み、プールにて


 ひたすらに暑い。夏というのはどうしても体によくない季節で、体がどうしようもなく怠くなってしまう。こういう時には体を涼しくしたい。そうなれば自然と選択肢には、あれがくるわけだ。


 「よし、水着の用意ができた」


 プールである。この季節は大体混雑しているものの、それでも人がプールに惹かれるのはやはり涼しむのには一番適しているからだろう。よし、さっそく準備ができたから出発するぞ!


 ただ、一つだけ懸念されることがある。それは……。


 「佐久間君、私も準備ができましたよ!」


 九条さんと二人っきりでいくことになったことだ。


 本来であれば冬馬と美優(冬馬の彼女)にのどかを加えた面子だったのだが、美優が風邪をひいたことによって冬馬も欠席し、のどかは馬鹿なことにスケジュールを間違え、今日は普通に練習があったらしい。


 それなら日付をずらせばいいとも思うが、あいにくお得なクーポン券が今日までとなっているため……二人でいくことになった。

 

 この間変な意識をしてしまったからちょと気まずいな……と感じるも、九条さんがうきうきと楽しみにしている様子をみるとまあ大したことではないか、と思う。


 「それじゃあ行こうか九条さん」


 「はい! 私授業以外のプールに行ったことがないので、楽しみです!」


 「じゃあ思いっきり楽しまないとね」


 そして俺たちはプールまでしばらく電車とバスで移動して、一時間ほどたったころにたどり着いた。予想より少し人の数が少ないのが意外だったが、それならこちらとしても好都合だ。


 「じゃあまたあとで」


 いったん水着に着替えるために九条さんと別れ、更衣室にて水着に着替える。俺はあまり水着にお金をかけたいと思えなかったので高校の授業で使う水着を持ってきたわけだが、意外と皆さんおしゃれだな。


 ……むしろ俺のほうが異端だ。今度からはちゃんとした水着を持って来よう。


 とはいえもう今更水着を買うわけにもいかないので、さっさと着替えて九条さんが着替え終わるのを待つ。


 九条さんは一体どんな水着を着てくるんだろうか。やはり可愛らしい容姿にふさわしいデザインなのか、それとも意外と……いや、それは考えてはいけない。もしかしたら俺と同じ学校の……いや、それもまずい。


 「お、おまたせしました!」


 そんな風に俺がしょうもないことを考えていると、九条さんが着替え終わって待ち合わせ場所に到着する。……!!!


 「は、はりきって新しい水着を買ってきてしまったのですが、どう、ですか……?」


 神はつくづく贔屓をする存在だな、と思った。九条さんの水着は黒色のワンピースで、そこまで肌の露出は多くない。しかしそれが華奢な九条さんの容姿の良さを引き出し、なおかつ照れている様子がさらにかわいい。


 「わ、私は胸も大きくないのでこういう水着が好きなんですけど……男の人には物足りないですかね?」


 「そんなことはない。これ以上ない組み合わせだよ」


 見とれてしまってつい真顔で九条さんの顔をじっと見て言ってしまった。


 「!!! あ、ありがとうございます!!!」


 「そ、それじゃあさっそく泳ぎに……」


 「……佐久間君、あれに一緒にきてくれませんか?」


 「あれは……」


 九条さんが要望したのは、ここのプールで一番人気のウォータースライダー。長さも高さも結構あり、絶叫するには申し分ないアトラクションだ。でも意外だな、九条さんがこういうのを選ぶなんて。


 「……私、本当にああいうの初めてでどんなふうになるのかもよくわからないんです。なので……佐久間君にも来てほしくて」


 「ああもちろんいくよ。俺もやりたかったし。じゃあ列が長くなる前に並ぼう」


 「!!! ありがとうございます!」


 目をキラキラさせた九条さんと一緒に、列に並ぶ。あんまり並んでないからこれなら早くできそうだ。……九条さん、めちゃくちゃやりたそうにうずうずしてる。


 「お次の方どうぞ!」


 そして俺たちの番になった。もちろん別々に……


 「……佐久間君、怖いので一緒に……滑ってくれませんか?」


 「え、ええ!?」


 そ、それは色々と問題があるんじゃないかな!? でも九条さんの訴えかける目線が断るという選択肢を失わせてくる……。


 「ふ、二人乗りは大丈夫なんですか?」


 俺はスタッフに確認をする。するとスタッフはにやにやとこちらを見ながら


 「もちろん大丈夫ですよ!」


 と答えた。絶対カップルと勘違いしてるよなあ……でももうここまできたら仕方がない。


 「それじゃあ乗ろう九条さん!」


 俺は意を決した。決して下心などださずにいることを鋼のハートに誓い、俺と九条さんは二人で滑り出す。ああ、やばいやばいやばい。滑る勢いもやばいけど九条さんが間近にいるのもやばい。


 「うわあああああああああ!!!!!」


 それをごまかすためか、俺は馬鹿みたいに大きな声で悲鳴を上げる。結局ドキドキしたまま滑り続けたんだけど。


 「ふ、ふう……」


 そして滑り終えると、俺はほっと息を整える。楽しかったけど、九条さんと密接すると男として色々大変だなあ。


 「……」


 「九条さん、どうだった?」


 「……もう一回乗りませんか?」


 九条さんはドはまりしたらしい。目をキラキラと輝かせて俺にもう一回乗ろうと誘う。これを断るという選択肢はもうないので、俺はなんだかんだもう一度滑ることにした。


 それが五回ぐらい続いたんだけど。


 「ご、ごめんなさい佐久間君! つい楽しくて連続で乗ってしまいました……」


 昼食の際、九条さんは我に返って申し訳なさそうに頭を下げた。


 「それは大丈夫だよ。俺も楽しめたし」


 さすがに何回か乗るとウォータースライダー本来の面白さも十分堪能できた。……九条さんが近くにいるというのは一切なれなかったけど。


 「それにしてもこういうところで食べる焼きそばってなぜか美味しく感じるよね」


 「……一緒にいて楽しい人と素敵な時間を過ごしているから、ですかね?」


 「なるほどなあ。確かに九条さんと一緒にいて楽しいし、その通りかも」


 「!!! わ、私もです!」


 楽しい時間はどんなものでも素敵なことに変えてしまう魔法があるんだろう。でもここで俺の作った弁当を九条さんに食べてもらえたら……もっといい笑顔を見せてもらえたのかな、とも思う。


 もちろん今の九条さんの笑顔も好きだけど。


 「来年もまた来たいですね。今度は最初予定していたメンバーで」


 「そうだね。……あ、でも受験生だ俺ら」


 「あ……」


 そうか。俺らは来年血眼になって受験をしなくてはいけない立場。さすがに遊んでいる余裕はないんだろう。浪人覚悟であれば話は別だが。


 「……じゃあ今年、もっともっと遊びませんとね!」


 「そうだね。そのとおりだ」


 九条さんはにこりと笑ってそういう。夏休みはまだまだある。今日これなかったメンツとも遊べる日はある。その時に思いっきり楽しめばいいんだ。


 「じゃあ今日もとことん遊ぼう!」


 「はい! ……そ、それじゃあ今度はあれに行きましょう!」


 そして今日、日が暮れるまでとことん遊びつくして翌日にお互い筋肉痛になったのは、些細な出来事だ。

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