高校二年生の夏

夏休みの始まり、バイトと帰宅道


 夏休みに入った。人によってはひたすら遊び続ける場合もあれば自分のやるべきことのためにあれこれと奮闘する場合もある。


 俺の場合は……。


 「B定!」


 「はいわかりました!」


 最初の一週間はバイトづけだ。自分のために使えるお金があまりないため去年と同様俺は近所の定食屋で働いている。ただこれがなかなかにハードで、昼間はいつだって手を休める暇などない。


 「はいA定お願い!」


 「はいただいま!」


 次々とくるオーダーに何とか食らいついて料理を作っていく。ここの店の調理方法は非常に参考になるし、料理の腕が上がっているのは日に日に実感できるが、だとしても忙しすぎる。まあ今日で一旦終わりだからあともう少しの辛抱だ。


 「……ふう」


 そしてピークタイムが終わり、客足が落ち着いたところで俺は休憩に入る。いやはやなんかどっと疲れがのしかかってきた。結構無理していたんだなあと痛感する。


 「お疲れ様、翔くん」


 「あ、お疲れ様です仙道さん」


 同時に休憩に入ったのは、大学二年生の仙道さん。女子大生でミスコンにも選ばれているらしいのに、なぜか定食屋でホールをしている。カフェとかの方がピッタリではないかと思うが……。


 「翔くんがきてくれてほんと助かるよ。料理の出るスピードもクオリティーも高くて即戦力だからね」


 「そ、そんなことはないですよ。俺なんかまだまだ……」


 「えーそうかな? 私はこれ以上ない戦力として翔くんには期待をしているんだよ」


 「あ、ありがとうございます」


 仙道さんにそんなことを言われるとドキリとしてしまう。これが女子大生の魅力か……やべえな。


 「でさ、翔くん。私一つ気になったことがあるんだよね。聞いてもいい?」


 「いいですよ。何ですか?」


 「彼女できたの?」


 「っ!!? で、できてません!」


 危うく飲みかけていたジュースを吹き出しそうになる。仙道さんはその様子を見ながらニヤニヤと俺の反応を楽しんでいるようだ。


 「えー嘘は良くないよー。だって翔くんの料理のスタイル、完全に彼女に毎日ご飯を食べさせてるみたいになっているもん。前は単純に料理が上手って感じだったけど、今は食べる人が幸せになれるように自然と気持ちまで込められているよ?」


 「そ、そうなんですか……?」


 自分では気づかなかったが、お客さんの反応を間近で見るホールの仕事をしている仙道さんが言うならその通りなのかもしれない。……もしかして九条さんに毎日ご飯を作っているうちにそうなったのか……な。


 「で、誰に作っているの? ねえねえ?」


 「……お、お隣さんに作ってます」


 「えーお隣さん!? 素敵! 男の人、女の人?」


 「も、もういいじゃないですか!」


 「気になるの!」


 「う……女の人です」


 仙道さんにグイグイ来られて、ついつい答えてしまう。だけどこれ以上言うと結構まずいし、九条さんとはそう言う関係ではないから余計困ったことになる。


 「ふうん……。よしよし、今日はこれぐらいで勘弁してあげよう。今度その子もこの店に呼んであげてね」


 「は、はい!」


 仙道さんはいたずらな笑みを向けてそう言う。そうだな、いつか九条さんにもこの店を紹介してあげないと。のどかが時間空いている時に誘ってみよう。


 「じゃあもうひと頑張りしますか!」


 「了解です!」


 そして俺たちは休憩を終え、また夜のお客さんのために料理を作り続けた。


 「……やばい、疲れた」


 何とか仕事を終え帰宅途中、疲れがたまったからか歩くのも正直だるくなった。そんなに遠い距離ではないんだが、疲れていると何にもしたくなくなるのが人間だ。


 社会人になるとこれが毎日になってもおかしくないのか。ほんと大人には頭が上がらないよ。


 「佐久間くん、お疲れ様です」


 「あれ、九条さん? どうしてここに?」


 ふとしたところで、九条さんとばったり遭遇した。お隣さんなのだから帰る道が一緒だから珍しいことでもないが、この時間に九条さんが出歩いているのは珍しい。


 「ちょっと兄に呼び出されてしまって……。でも何もなかったので大丈夫ですよ」


 「お兄さんに? てか九条さんお兄さんがいたんだ」


 「私には兄と妹がいます。……仲はよくないですけど」


 「へえ……。俺は一人っ子だからなあ。兄弟とかよくわからないんだよね」


 「それは私にも……よくわかりません」


 どうやら九条さんの家族関係は思っていたよりも複雑な問題を抱えていそうだ。いつか九条さんも家族と仲良くなれる日が来ればいいんだが……。


 「……佐久間くん、お体は大丈夫ですか? 足元がふらついていますけど……?」


 「ん? あ、ああ大丈っ」


 人の心配をしている状態ではなかったようだ。俺は思わずバランスを崩してしまい、地面に倒れかけてしまう。


 ただ、そうはならなかった。なぜなら……


 「く、九条さん!?」


 九条さんがギリギリのところで俺を前から支えてくれた。小さな体で俺を支えるのは大変だろうに、懸命に俺が倒れないように。………多分下手したら俺が九条さんを押し倒した状態になっていたかもしれない。


 「……無理はしないでください。佐久間くんには元気でいてもらいたいので」


 「……ありがとう」


 本当に心配そうな表情で九条さんは俺に訴えかける。これほどまでに俺を心配してくれる人の忠告は聞くものだな。今度からバイトの日数を少し減らそう。お金は惜しいけど。


 「歩けますか? 私が支えますよ」


 「心配しなくてももう大丈……」


 「じゃないですね。……たまには私にも佐久間くんを支えさせてください。いつも私は佐久間くんに支えてもらってますから」


 「……じゃあお言葉に甘えて」


 九条さんの申し出をありがたく受け取り、俺は九条さんの小さな方を借りて一緒に歩く。……きっとこの光景、今日の仙道さんが見たらそれこそカップルだと勘違いしてしまうだろう。


 俺と九条さんか恋人という間柄ではない。……だけど、九条さんと一緒にいると安心する気持ちがあるのは間違いない。果たしてそれは……。


 「……夏休みはこれからなんです。……私、楽しみにしてますよ」


 「そっか。じゃあそのご期待に添えるよう、体調管理はしっかりしないといけないや」


 「……夏休みはあっという間ですからね」


 「そうだね。いい夏休みにできればいいんだけど……」


 「佐久間くんのチョイスには、外れはないですよ」


 「おっと。結構プレッシャーかかるなあ」


 「そ、そんなつもりじゃ……」


 「ごめんごめん。冗談。だけど期待に添えるようにするよ」


 「……私からも、たまにお誘いしてもいいですか?」


 「もちろん」


 「……じゃあ私の提案も、楽しみにしていてください」


 「おお!」


 二人で並行に歩いているからか、会話のキャッチボールはスムーズに進む。お互い笑いながら一緒に会話をしている様も、恋人に見えるんだろう。……結局俺は九条さんのことをどう思っているんだろうか。そんな疑問も抱きながら、俺たちは楽しく帰宅の道を歩いて行った。

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