テスト一週間前、翔の部屋にて(後編)
「お待たせ、できたよ」
数分ほど時間をかけて、出来立てふわふわのだし巻き卵を作った。普段弁当に入れている時にはどうしても出来たてを九条さんに食べさせてあげることはできないが、今回はそれができる。
「お、美味しそうです!」
九条さん自身がリクエストしただけあって、もう九条さんの顔は待ちきれんと言わんとばかりにワクワクした表情を見せてくれる。これを見るたびに作った甲斐があったなあと感動せざるを得ない。
「相変わらず料理は得意だな、翔。お前はきっと将来いいヒモになれるぞ」
「バカにしてるのか褒めてるのかわからないことを言うな」
ヒモになるような人間だと冬馬は言いたいのだろうか……。まあ否定できない部分もあるけど。
「早く食べようよ!」
のどかはのどかで早く食べたそうにウズウズしている。こいつ、勉強もそれぐらい熱意を持ってくれればいいのだが。
「はいはい。じゃあどうぞ」
俺はだし巻き卵を四人分にわけて、お皿に乗せてみんなに配る。そして全員に配って俺が座ると「いただきます」の食前の挨拶を済ませ、早速みんな口の中に運ぶ。
「!!!!!」
九条さんは言葉にならない感動を、表情で表現していた。よっぽどお腹が空いていたためかいつもよりも幸せそうにモグモグと食べ、もはや食べている姿が芸術といってもいいのではないかと思われるほどだった。
「うまーい!」
のどかはいつも通り美味しそうにばくばくと食べる。ただこいつの場合味より量の傾向があるためちょっと足りないかもしれな……あ!
「足りないからもらうね!」
「てめえ!」
足りないからと俺の分を横取りしやがった。……まあこうなるんじゃないかと予想はできたからいいけど。
「ウンウン、まあまあだな」
そして冬馬はなんか評論家気取りでウンウンと頷いている。
「しかしもうすぐ夏休みだがしばらく翔の料理を食えないのは寂しいな」
「? 冬馬は夏休みにどこか行くのか?」
「海外ボランティアに美優と」
「……意識が高い」
なかなか行動力がないとできないことだ。そう言うところは尊敬すべきところだな。
「じゃあ海外のお土産期待してる」
「まあ呪いのアイテムでも買ってきてやるよ」
「いらんわ!」
海外の呪いのアイテムとか本当に効果がありそうで素直に嫌だな。ただ、冬馬が悪い笑顔をしているため騙されて渡されてもおかしくないな……気をつけよ。
「いいなー海外。私は夏休み試合に合宿に休みなんてないよ」
「そうか、確かにのどかはハードスケジュールになるのか。実家には帰れるのか?」
「うーん、三日間だけかなあ。あんまり長くはいられないや」
のどかは部活のこともあって休みがない。本人も気乗りしているわけではないが、とはいえ部活動、そして強豪の宿命でもあることだ。でも三日もいられれば十分とも言える。
なにせ本当に何にもないからな!
「九条さんは夏休みの予定はあるの?」
「わ、私は……何にもないです」
九条さんはおそらく両親と仲がいいわけではないからか、実家には帰らないようだ。まあそうなると夏休み暇になるよなあ……。
「じゃあ俺の実家に来る?」
「!?」
「しょ、翔!」
……しまった。言い方がまずかった。
「いやいや。遊びに来ると言うことだから」
「そ、そうですよね……」
「び、びっくりした……」
九条さんとのどかは敏感に驚いてしまったようだが、深い意味はない。……と言うかそう言う間柄でもないでしょうよ。
「で、でもいいんですか? お邪魔になるんじゃ……」
「それは問題ないよ。どうせ家はボロだけど広さはあるし。……ただ、自然豊かすぎてやることないかもしれないけど」
「それは大丈夫です。むしろ楽しみです!」
きっと都会で育ってきた九条さんには田舎の風景は新鮮なのかもしれない。ならばとことん田舎のすごさを見せつけるべきだろう。
「のどかもいた方がいいか。ならのどかが帰るあたりに俺たちも行こう」
「おお! たまにはいい案を出すね翔!」
「たまにはは余計だ」
実家に帰るに当たって二人とも同時に帰った方が色々聞かれずに済むだろうし。それに実家には九条さんと同世代の女子はいないからな。
「さてと、その夏休みを無事に迎えられるようにテスト勉強を再開しようか」
「と、冬馬くん! 現実に引き戻さないでよ!!!」
おっとそうだった。これで赤点とかとったらスケジュール通りに事が進まなくなる。はあ……いやだがやるしかない。
「それじゃあ九条さん、よろしくお願いします」
「よろしく!」
「はい、こちらこそ!」
そして俺とのどかは九条さんによる精密でわかりやすい指導を受け、なんとかわからないところを解消する事ができた。もちろん全て解消はできたわけではないが、これなら赤点を取ることはないだろう。
「佐久間くんも橘さんもしっかり勉強すればもっといい成績を取れますよ。頑張ってください!」
「九条さんにそう言われると励みになるなあ……! よし、私勉強でもエースになる!」
「そこまで目指すのか……ははっ、楽しみだ」
三日その意思が続くかどうかだが。多分ないな。
「それじゃあ今日はお開きということで。橘さんは反対方向だし……九条さんはどっち方面?」
「私はすぐ隣……っの街です! 徒歩です!」
ひやりとした。九条さんが危うく口を滑らすところだったな……冬馬に知られても大きな問題にはならないとは思うが何かとリスクがあるし……。
「なるほど。それじゃあ俺は先に失礼するよ。美優に勉強法を伝授してくるわ。九条さん、今回は簡単に一位を取れると思わないことだよ」
自分のことではないのに、冬馬は九条さんに宣戦布告をする。ほんと、こいつらバカップルもいいところだろ。
「はい、肝に命じておきます」
「震えて待っているがいい! それじゃあ!」
そして冬馬が手を軽くふって先に帰路に着いた。
「それじゃあ私も帰るね。……二人きりだからってなんでもしちゃいけないよ!」
「しないから!」
次にのどかが俺をからかいながら、手をぶんぶん振って寮に帰っていった。
「……それじゃあ、少ししたら夕ご飯を作るよ」
二人きりになり、もう日が暮れた時間。俺は九条さんにそういう。
「……今日は、佐久間くんのお手伝いをしてもいいでしょうか?」
「え? でも九条さんには勉強も教えてもらったし……」
「わ、私が……したいんです。教えたお礼は……これにしてください」
そう九条さんにお願いされてしまって、断る理由もない。九条さんが料理を作れるように、今度は俺が教える番というわけか。
「わかった。それじゃあ一緒にやろう」
俺はニコリと笑って、九条さんに人参を渡す。
「はい!」
それに応えるように、九条さんもにこやかに笑った。
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