テスト一週間前、翔の部屋にて(前編)

 試験一週間前の昼過ぎ。勉強会を開くということで俺は部屋の掃除をある程度済ませておいた。冬馬が知っているイカガワシイあれらの場所も変えた。


 ……なにせ九条さんにそれを見られるのは……気まずい。


 だが場所を変えたことでもうそのリスクもなくなった。完璧に準備は整ったというわけだ!


 「……お」


 ノックが聞こえた。本来であれば集合時間は30分ほど早いが、これは想定内。なぜなら……。


 「こんにちは、佐久間くん」


 ニコリと笑って、九条さんが挨拶をしてくれた。そう、お隣さんだとバレないように九条さんは約束の時間より早めに来ることにしておいたわけだ。こうでもしないと、冬馬にバレてしまうから。


 「ごめんね九条さん、早めに来てもらって」


 「全然大丈夫ですよ。すぐ隣ですし、それに佐久間くんも早く勉強を始められるじゃないですか」


 九条さんはどこまでも真面目だ。いまいち勉強へのスイッチが入っていない俺とは大きな違いがあると実に痛感させられる。


 こういうところが成績の差なんだろうなあ……。


 「じゃあ早速お願いするよ。……この数学の問題、わかる?」


 「ああ、それでしたら……こうして……こうすれば……大丈夫ですよ」


 「す、すげえ……俺が何時間悩んでも解けなかった問題が……」


 ちゃぶ台に座りながらカリスマ講師の授業を受けている気分だ。相変わらず九条さんの説明はエグいほどにわかりやすく、なおかつ理解が深まりやすい。


 「じゃ、じゃあこの問題は!?」


 なので俺はついつい溜めに溜め込んでいたわからない問題を聴きまくってしまう。それを九条さんは嫌な顔を一切しないで高クオリティの指導を続けてくれる。


 「いやーホントに九条さんすごい」


 「そ、そんなことは……」


 「いやいやいや! すごいって、すごいから!」


 我ながら頭の悪い褒め方だ。語彙力なんてものは俺には与えられなかったのだろう。だけど九条さんはとにかくすごい、それが本人に伝われば良い。


 「……!!!」


 褒め過ぎてしまったのか、九条さんは顔を真っ赤にしてしまう。


 「やーい女たらしの翔クーン」


 「ブーブー」


 「お、お前らいつの前に!?」


 気づかないうちに冬馬とのどかが家の中に上がり込んで俺のことをからかっていた。あ、もう30分経ってるじゃん。全然気づかなかった……。


 「翔、女を垂らしこむのはほどほどにしとけよ」


 「彼女持ちの奴には言われたくない!」


 「じゃあ私がいうよ。翔の女たらし!!!」


 なんかのどかは妙に冗談とは思えないトーンで俺のことを女たらしという。おいおい、冗談もほどほどにしてくれよ……。


 「そ、そんなことよりも勉強会だろ! 早く始めるぞ」


 「え!?」


 「え!? じゃねーよのどか!!!」


 お前がことの発端だろうに、真顔で勉強するの? って表情をするんじゃない!


 「い、いや普通最初はみんなでパーティゲームをするかと思って、トランプとウノを持ってきたのに」


 「俺はお前がそんなにバカだということに衝撃を隠せないよ……」


 「翔に言われたくない!」


 どうして俺はこんなバカと同等にされてしまっているのか……。


 「まあ橘さん。勉強が一区切りついたらやろう。流石に今から始めると最後までやらないことになりそうだし」


 「冬馬くんがいうなら仕方がないね……。さあて、勉強するよ翔!」


 「お前なあ……」


 まあともあれ勉強する気になったのならそれで良いや。きっと九条さんならのどかにも

 わかりやすく教えてくれるだろうし、勉強もはかどるはず。


 と、思ったんだが。


 「く、九条さん……こ、これはどう解けば良いんだ!?」


 「これはですね……こうしてこうすれば大丈夫ですよ」


 「おお! なんて革命的だ……これは美優にぜひ教えなければ!」


 冬馬が九条さんにめちゃくちゃ真剣に勉強を教えてもらっている。おそらく彼女のためなのだろうが、冬馬自身そこそこ成績が良いため九条さんも教えがいがあるんだろう。


 そのため俺とのどかは二人でババ抜きをしているのが現状だ。


 「翔、ジョーカーどれ?」


 「いうわけがないだろ……」


 だが二人でババ抜きというのはまあ退屈だ。なにせすぐ終わるので。


 「待たせたら二人とも! ようやく俺の分は終わったから、勉強に移ると良い」


 冬馬の方はようやく勉強が終わったらしく、複数のノートを持ってニマニマしながら知らせてきた。どうやら相当教えてもらったらしいな……九条さんの方は大丈夫なのか?


 「た、橘さん……それじゃあはじめま……しょうか」


 あ、やばい。九条さん疲れがたまりきってる。これは一旦休んでもらわないと。


 「九条さん、お腹空いてる? 何か作ろうか?」


 「い、いえそんなことは……」


 口では否定するものの、九条さんのお腹はぐーっと食事を求める。まだ御飯時というわけではないが、間食程度のものであれば大丈夫だろう。

 

 「良いね! じゃあ私ケーキを希望する!」


 「俺はお菓子を作れないから無理。てか時間かかるだろ」


 「ぶーっ」


 「……そ、それじゃあ甘いだし巻き卵を……作ってもらえませんか?」


 九条さんからリクエストがきた。なるほど、それならそんなに時間もかからないし、夕食にもさほど影響はないだろう。


 「オッケー。じゃあ早速作るよ」


 

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