九条すみかと橘のどか
「あ、佐久間くん! 橘さんがいなくなったって……あれ?」
「あ、やっぱりお隣さんなんだー。翔、一生分の運を使ったね!」
「あ、ああ……」
スマホをほとんど見ない私は、橘さんが失踪したと言う情報を今さっき知り、急いでそのことを佐久間くんに知らせようと外に出てみたら……偶然にも、佐久間くんと失踪していたはずの橘さんがびしょ濡れの状態でいた。
どうやら橘さんは無事に見つかったらしい。そのことはすごく安心した。だけど……佐久間くんと私がお隣さんだと言うことが、この様子だとわかる。
「九条さん。のどかがこの通り雨に濡れてずぶ濡れなんだ。風呂を貸してもらってもいいかな?」
「え、ええ。それは大丈夫です」
「ごめんねー九条さん。翔の風呂を借りたら覗きのリスクもあるからさ」
「え、さ、佐久間くん……」
「違うから! 俺はそんなことをしないから!」
び、びっくりした……。佐久間くんが変態さんなんだと一瞬思ってしまった。
「それじゃあお風呂借りるね。入っていい?」
「は、はい! 狭苦しいところですがどうぞ」
橘さんは敗戦の傷を一切感じさせない笑顔で私の方見て、私の部屋の中に入る。幸いなことに部屋は散らかすようなものもないので人様に見せても問題はないけれど……初めて、同い年の女の子を部屋に入れたことに、私は少し緊張してきた。
「おお、九条さんの部屋って綺麗だね! 私の寮の部屋なんて足場がないからなあ」
「あ、足場がない……!?」
橘さんは宙に浮きながら部屋を移動しているのかな……? ……い、いや、そんなことはありえないはず! ただ単に比喩を言っただけなはず!
「お風呂は……ここか。お風呂って湧いてる?」
「ちょ、ちょうど沸かしてたので出来たてのほかほかです」
「おお! なんてグッドなタイミング! それじゃあありがたく浸からせてもらうね!」
そう言うと橘さんはその場で服を脱ぎ出してしまった。……あれ、なんか私よりも色々とサイズが……あれれ?
……私からは、ぺたんという効果音しか聞こえてこない。
……すごくくだらないことを考えてしまった。とりあえず橘さんは着替えの服を持ってないだろうから、私の服を……うーん、サイズが合うか心配だ。
「橘さん、着替えがなさそうでしたので、私の服をここに置いておきますね。……サイズが合わないかもしれませんが」
「おお、ありがとう九条さん!」
お風呂のドア越しから、シャワーを浴びつつ橘さんは返事をしてくれる。てっきり失意の様子を想像していたけど、全然そんなことはなく、むしろ元気だ。
きっと佐久間くんの励ましが橘さんを救ってあげたんだろう。
「ねえ九条さん、少しお話ししない?」
シャワーの音が止まるとぽちゃんとお風呂に入る音が聞こえ、その後に橘さんが私にそう言った。もちろんそれを拒む理由はない。だけどいきなりどうして……。
「九条さん、翔のこと好きでしょ?」
「えっ!!!!!」
思わず声が出てしまった。なにせいきなりそんなことを言われて、しかも言われた相手が橘さん。心臓がばくばくとする。もしかして私は……橘さんから疎まれているんじゃないか、とも思えたから。
「あーその反応はやっぱり!」
「ど、どうして……わかったんですか?」
「えー? だって私も翔のこと大好きだもん」
やっぱり。橘さんは私の思った通り佐久間くんに好意を抱いていた。……でも、私は橘さんといがみ合うより、仲良くなりたい……。
「あ、喧嘩するつもりも取り合うつもりもないよ。私は翔のことが好き同士、恋話がしたいの」
「こ、コイバナ?」
だけど橘さんは私の予想外の方向に話を進める。まさか恋話をする展開になるなんて……。
「だって翔って基本学校だと全然人と関わろうとしないし、翔が一番目立ったのは九条さんが教室に来たときぐらいじゃん。だから……翔の魅力を語れる人がいないんだよね。と言うわけで先行九条さんでよろしく!」
「え、ええ!?」
さ、佐久間くんの魅力……。
「……優しいです。私がお腹を空かしていたときに、ご飯を食べさせてくれて……」
「ウンウン。ほんと翔は優しいよね。私も今日翔に救われたよ」
「……笑顔が素敵です。私がご飯を食べてるときに、嬉しそうにしてくれる顔も、一緒に楽しいことをしたら出てくる顔も」
「ウンウン。翔って普段そんなに笑わないから、余計にインパクトが強いんだよね。私も翔の笑った顔、大好き」
「……ご飯が上手です。……佐久間くんの料理は、いくらでも食べれます!」
「私も!」
「それと……それと……」
佐久間くんのいいところがたくさん出てきて、頭の処理が追いつかない。もっともっと沢山あるのに、言葉がポンと出てこない……。
「……ようは、全部好きってことだよね」
「!!!!!」
……その通りだ。そうだ、私は佐久間くんの全てが好きなんだ。
「私もそう。九条さんに先行とかさせちゃったけど、多分私がやってもおんなじことになってたよ。……やっぱりお互い本気で翔のことが好きなんだね」
「……はい」
「……だけど翔バカだから気づいてないよ。多分言わない限り伝わらない」
「……」
私はそれに何も言えない。私はきっと告白する勇気なんてない。資格もない。親からの出された条件をクリアしたとしても、私はきっとその後も親の呪縛から逃れられない。
だから佐久間くんは橘さんと一緒にいるのが一番――
「私はまだ言えない。今日の不甲斐ない試合ではっきりわかったよ。だから……帝華桜蘭(のどかがぼろ負けした高校)に勝てるように努力して……自分で翔に相応しい人になれたと思ったらいう。……今は九条さんの方がお似合いだもん」
「そ、そんなことはありません! 橘さんと佐久間くんの方がお似合いです! ……それに、私は橘さんのように何にも持ってません。志も……ありません」
「……でもあの写真、とっても素敵だったよ」
「え?」
「先週の試合で私の写真を撮ったでしょう? あれ、すごく感動したんだ」
嬉しい。橘さんのプレーに感動したから撮った写真を、本人が直々に喜んでくれるなんてことはこれ以上ない名誉だ。
「九条さんは、写真家を目指したりはしないの?」
「……無理です」
「才能なら全然だいじょうぶ――」
「私は、写真を専門とする学校には絶対いけません。それに……その後も、親がいいと認める仕事に就かなければ……ダメなんです」
「……そうなんだ」
橘さんにこんなことを言ってしまうなんて……。だけど、なんでも今の私は喋ってしまいそうな勢いでいる。……橘さんと話してることで、気が楽になっているのかもしれない。
「私は九条さんの事情を知らないけど……一度きりの人生だし、たまには冒険してもいいんじゃないかな? 私も親の言うこと聞いてたら今頃畑を耕してるだろうし」
「そ、そうなんですか?」
「うん。うちの親は畑大好きだから私にもそれを押し付けてきたの。でも私サッカー大好きだから無視してここにきたよ」
……私にそんなことができるのか? 親にもう見向きもされてないとは言え、それでもあの人たちの手からは逃れられない。……いや、逃げようともしてないのか……な。
「私も九条さんの夢、協力するよ。親御さんが変なこと言ったら、私がパンチしてあげる!」
「そ、それは……。……でも、ありがとうございます」
なんだか少しだけ、前がよりよく見えるようになった気がする。まだ超えないといけないものはたくさんあるけど、それでも……前に進めるようになった気がする。
「さあて! 翔のご飯も待ち遠しいし、そろそろ出ますかあ!」
橘さんはぼちゃんと音を立てて、お風呂から出てきた。その時また顔を合わせたが、さっきよりもなんだかもっと……目を観れる。
「これが九条さんの服? ……お、おお! さ、サイズが!!!」
「だ、大丈夫ですか!?」
「……ふ、ふう。なんとか大丈夫」
いや、全然大丈夫じゃない。二つ強調されてしまったものがある。……私はぺたんなのに。
「……ねえ九条さん。私たち、お互いに翔のこと好きじゃなければ親友になれたんじゃないかな」
橘さんは、少し悲しそうにそう言う。確かにそうかもしれない。お互いに心置き無く喋れたってことはそうなれたかもしれない。
だけどお互いに好きな人が一緒な限りはどうしても……。だけど……。
「……それでも、お友達にはなれます。……いや、なりたいです」
「大歓迎!!!」
橘さんはにっこりと笑って私のことをぎゅうっと抱きしめる。それは佐久間くんとはまた違った温かさで、とても心地が良かった。初めてだからかな、女の子のお友達が。
「おい二人とも、もうすぐご飯できるぞ」
外から佐久間くんの声が聞こえる。私たちが大好きな、佐久間くんの声が。
「行こうか、九条さん」
「はい!」
私たちはお互いに笑いあって、一緒に歩き出した。
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