橘のどかと佐久間翔


 完敗だった。


 私が持つ武器をことごとく真っ二つに叩き折られるかのように、攻撃は全く通用せず、チームは勢いをつかむことなくボロカスにやられた。


 これがリーグ戦だからまだ大丈夫、と先輩は言ってくれた。


 だけど何が大丈夫なのだろうか。おそらく何回試合をしても勝ち目はない。夏の大会でも、冬の大会でも、きっとあの人たちは私たちをボコボコにする。


 それがたまらなく怖い。怖くてどうにかなりそう。……だから私は無断で、雨が降っているにも関わらず寮を飛び出して、思い出のサッカースタジアム、勇気をもらえる場所にきた。多分寮に居続けたら、もういよいよ私は立ち直れなくなるかもしれなかったから。


 ……でも、ここにきたら翔との会話を思い出す。……少しでも、勝てると思ってたんだ。思っていたからあんなことを言ったんだ。


 だけど……だけど……あんな結果を出すなんて知ってたら……言うはずもなかったのに。


 「ここにいたか」


 「!!!」


 ドシャブリの雨の音が響く中、聞き慣れた声が私の耳に届く。そこには傘を二つ持った翔が目の前にいた。


 「よ、よくここにいるってわかったね」


 「勘だよ勘。ほら、濡れるぞ。コンビニのビニール傘だが勘弁してくれ」


 「……ありがとう。ごめんね、心配かけて! でももう大丈夫! 雨に濡れてちょうどいい具合に頭が冷えたよ!」


 本当はそんなことないけど、私は翔に心配をかけまいと精一杯元気に振る舞う。翔にはたくさん迷惑をかけて、わざわざここを探し当ててくれた。私はそれで十分、十分だから……。


 「……俺はお前のそういうところが嫌いだ」


 「え……」


 だけど、翔の反応は予想とは違った。私の精一杯の強がりで安心するのではなく、呆れた顔、けれど優しさを含んだ表情で私の元に近寄る。


 「のどかはさ、誰に対しても人当たりはいいしいつも元気で愛想のない俺と比べればほんとすごいやつだ。だけどどうして辛い時にまでそんな顔を無理やりしようとするんだ?」


 「そ、それは……」


 翔には見透かされていた。……そうだよね、翔は私の一番大切な気持ちには気づかないくせにこう言うことには鋭いんだ。ずるい。


 「長い付き合いなんだ。俺には本音の愚痴を吐いたって構わない。そして吐いた後は、美味しいご飯をお腹いっぱい食べさせてやろう」


 「翔……」


 そうだ、翔はいつも優しい。私が高校で推薦の話が来た時、行くかどうか迷ってた時も一人ぐらい顔見知りがいた方がいいだろうってわざわざ受験までしてきてくれた。


 ずるい。ずるいよ。そんなにっこりと優しい笑顔で顔でそう言ってくれたら私、私……。


 「……う、うう、うわああああああああ!!!!!」


 雨の音をかき消す勢いで、私は泣いた。多分今まで一番泣いた。たまっていた負の感情を全て流し出すかのように。


 「今日で全部流しきってくれよ。元気のないお前を見るのは嫌だからな」


 そんな私を翔は雨で濡れないように自分が濡れることを気にしないで私に傘をかざし、優しく背中をさすってくれた。


 きっと恋人ならここで抱きしめ合うんだろう。だけど私たちはそうじゃない。友達だ。


 それでも私のハートはあったかく包まれていく。それは……私が本当に翔のことが大好きだから。


 振り向いてもらえなくても、気づいてもらえなくても、きっといつまでもこの感情は消えない。消えて欲しくない。それは私が翔と触れ合う喜びをより一層深めてくれるから。


 「私……私……もっと自分がうまいと……思ってたけど……そんなことは……なくて……」


 翔は下手な励ましをしない。コクコクと無言で頷いてくれる。それは、私にとって一番気楽な対応だった。


 「先輩たちにもいっぱい迷惑をかけて……見にきてくれた人にも不甲斐ない結果を出して……申し訳なくて……」


 翔の対応のおかげで、愚痴が次々と出てくる。吐き出せば吐き出すほど、気持ちが楽になっていく。


 「翔と約束までしたのに……約束……叶えて欲しかったのに……」


 「……それはできない。だってお前はいつかあいつらに勝つんだろう? お願いはそれまでのお預けだ」


 「……そう、そうだよ! うん、絶対、絶対勝つんだから! だから翔、覚悟しておいてよね!」


 吐き出すものは全部吐き出して、ようやく元気が出てきた。ああ、なんだかスッキリ。ここまで気持ちが楽になるとは思わなかった。やっぱり私にとって翔は大事な人だ。


 「やっといつもののどかに戻ってくれたか」


 「うん、心配かけてごめんね。それじゃあ翔、ご飯を食べさせて」


 「そう言うと思った。……でもまずは風呂に入れ。風邪をひくぞ」


 「わかったよー。翔が覗かないように、九条さんのを借りるね」


 「ああそうしてく……!!?」


 冗談で言ったつもりだったけど、どうやらかなり心当たりがある反応。翔は嘘がどへただからなあ……。


 「もしかして九条さんとお隣さん?」


 「……」


 あ、この反応はマジだな。そう考えると一緒にお弁当を食べる仲となったのにも合点が行く。いいなあ九条さん、翔とお隣さんか。……でもあの二人の感じだと大したことは起こってないだろうけど。


 まあいいや。ちょうど九条さんとはお話がしたかったし。……翔に裸を見られるのは、嫌でもないけど。


 「さあ行こうか翔!」


 「……ハイハイ」


 なんか翔の方が元気を無くしてしまった感じもするが、私は翔の手をせかすように引っ張る。いたずらのように繋いだ手だけど、それでも私の頰は少しだけ赤くなった。

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