残酷な現実


 あまりに残酷な試合だ。のどかたちが弱くないことを知っているからこそ、なおさら。


 相手チームは帝華桜蘭女学院。高校女子サッカー界で常に頂点に君臨する存在で、試合前から彼女たちからただならぬオーラが出ていた。


 それでも試合が始まれば互角、いやそれ以上の戦いが行われると思っていたんだが……開始五分で相手のエースの10番に強烈なミドルシュートを打ち込まれてから、試合は一歩的な展開に。


 のどかも懸命に攻めようとした。けれど……相手チームのキャプテンの三番にことごとく封じられて……何もできずにただ点が取られていくだけだった。


 「そ、そんな……た、橘さんたちが……」


 試合の経過を見ていない九条さんは信じられてないといった表情でこちらを見る。

 正直俺も夢なんかじゃないかと思うが、残念なことに現実で……。


 「やはり予想通りの結果になったな」


 「あ、あなたは前の試合にもいたあやし……スカウトの人!」


 いきなりヒョイっと出てきたのでびっくりしたが、またも自称ドイツのスカウトという女性が何やら片手にお酒らしきものを持って俺たちに話しかけてきた。


 「こ、この昼間からお酒って……しかもスカウトだったら飲んじゃダメでは」


 「問題ない。我々ドイツ人にとってこの程度の酒は水だ」


 「す、すごいです……」


 「まあ冗談だがな。流石に今日は仕事ということもあって二杯しか飲んでない」


 「……」


 多分ドイツ人みんながそういうわけではないんだろうが、それでも全く当たり前のように語るその姿には言葉を詰まらすしかなかった。


 「しかし君たちのチームの9番にはがっかりだ。聖女のようにお手本となるプレー、助けになるプレーはするものの、自ら局面を打開する能力はなさそうだからな」


 「そ、そんなことは……ないです!」


 九条さんはその発言を受け入れられず、思わず反論した。だが俺はその言葉に変えする言葉がない。なぜなら……紛れもない事実だから。


 「試合を見てみればわかる。ほら、始まるぞ」


 そして後半が始まる笛が鳴り響き、試合が再開する。最初こそ俺たちの学校は頑張って攻め込むも、まるで機械であるかのように完璧に整えられた守備陣を崩すことができず、のどかは何もできずにいた。


 攻撃陣が何もできなければ自然と攻め込まれてしまい、相手チームの十番が二人交わしてあわやゴール……というシーンが訪れる。きっと後半が始まる前に守備の連携の修正はしたはずだ。


 だがそれでもいともたやすく突破されてしまった事実はまたも重くのしかかって……攻め込まれ続ける。


 「……あ、あの10番の人、どうなってるんですか……」


 九条さんまで絶望的な表情をし、一体何が起こっているのか理解しかねていた。


 「彼女は日本代表を背負う逸材と噂されている。だから才能の差も当然あるんだろうが……いやはや、恐ろしい。だがあの9番(のどか)が圧倒的にかなわないわけでもないがな」


 「そ、そうなんですか?」


 「ああ。ただ、9番の意識と、相手チームに守備のスペシャリストの3番がいることが大きな違いだ。現に9番は一度も3番を抜くことができていない」


 「い、言われてみれば……」


 今までの相手であればのどかはうまく相手を出し抜いたプレーをしていたが、今日はそのプレーは一切ない。むしろする前からすでに3番の選手に手を封じられていた。


 完璧な二人がいるだけで、こんなにも差がついてしまうのか……。


 「まあそもそも弱腰で戦っているからこんな点差が開いたんだろう。……お、10番と3番を下げるか。もう勝ちは決まっているからな、温存だろう」


 「そ、そんな……」


 結局、最後は本気すら出されずに相手の主力は温存され、それでも結果は7−0の惨敗。


 俺はなんてのどかに声をかければいいのか、全く見当もつかない。……いや、それでも声はかけるべきだ。のどかだって最後まで精一杯やっていたんだから。


 「……翔」


 「のどか……」


 だが先に声をかけてきたのはのどかだった。きっと悔しいはずなのに、泣き出したいはずなのに、のどかの表情は笑っていた。うわべだけ。


 「ごめんね……この前勝つ前提でお願いとか言っちゃったけど……結果はこの通り。あーあ、お願い聞いてもらいたかったな」


 ここでお願いを聞くだなんてことは絶対に言えない。それこそのどかの覚悟を踏みにじるものだから。


 「そ、そういうな! 頑張ってたじゃないか!」


 でも効果的な言葉をかけることもできない。当たり障りのないことを言うしかない。きっとそれは意味をなさないだろうけど。それでも……言わないよりはマシだ。

 

 「……ごめん翔、今日は監督にコテンパンに怒られそうだから一緒にお弁当食べられないや。九条さんと一緒に食べといてよ」


 「で、でも橘さん……」


 「それじゃあ!」


 振り切るように、のどかはこの場から立ち去ってしまった。そのあと俺たちは二人で弁当を食べたが、初めて、あまり味を感じることができなかった。


 「……のどか、大丈夫かな」


 夜。家に帰った後でものどかのことが心配で仕方がない。のどかは基本明るいバカだが時に抱え込む性格。何か血迷って変なことを起こさなければいいんだが……。


 「……電話?」


 そんな時、普段なら一切ならない電話がブルブルとなる。見てみると冬馬から電話がかかってきたらしく、一体何があったのか。


 『おい翔! 橘さんを知らないか!?』


 「の、のどかを? 寮にいるんじゃないのか?」


 『それがいないらしんだ。チームメイトたちが頑張って探してるけど見当たらないらしくて……それでクラスメイトたちにも捜索を募ってる現状だ』


 「ええ!?」


 思わず大声が漏れてしまった。なにせ一番恐れていた事態に発展してしまったのだから。


 『誰もお前の連絡先を知らなかったから俺が電話したわけだが……どうだ、翔? 心覚えがある場所とかないか? っておい、返事をしろ!』


 冬馬には悪いが、電話は途中で放棄して俺は体が先にのどかを探しに行き始めた。さらに最悪なことに、強い雨が降り始めていてのどかの危険性がさらに高まっている。


 俺が早く見つけないと……!

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