試合観戦に行く途中


 日曜日。今日はいよいよのどかにとって大きな試練となる試合がある日だ。リーグ戦ということで負けたらすぐに敗退というわけではないが、それでも勝つことで得るものはたくさんある。


 なぜだか俺はのどかが勝ったらお願いを聞く羽目になったが……大丈夫な範囲らしいし、精一杯応援してあげないといけない。


 というわけで今日は学校のグラウンドで行われるため早めに陣取るつもりだ。もちろん弁当を手抜きするつもりはないが。今日の弁当はおそらく今まで一番の出来栄えだろう。早くのどかに食べさせたい。


 「佐久間くん、おはようございます」


 「おはよう九条さん。悪いね、早めに起こしちゃって」


 「いえいえ。私も今日の試合を楽しみにしてますから。橘さんにはぜひ勝ってもらいたいです!」


 九条さんにも早めに起きてもらい(学校が会場なので、九条さんが目立たない場所を選ぶ必要がある)、俺たちは万全の準備態勢。九条さんは前回と同じ立派なカメラを持ってウキウキしている。のどかの活躍を見るのが待ち遠しんだろう。


 「それじゃあ行こう!」


 「はい!」


 そして俺たちは時間に余裕を持って学校まで出発した。おそらくどんなハプニングが起きようとも試合には間に合うだろう……。

 

 「え、工事中!?」


 と思いたいのだが。幸先が悪いことにいつも登校で使っている道が運悪く工事中だった。


 「仕方がないです……。とりあえず他の道で行きましょう」


 だがまだ大丈夫。ということでいつもは使わない道を通ることにする。


 「この道使ったことないから心配だ……。九条さんは使ったことある?」


 「私もないです。ですから……私も不安ですね」


 お互いになんとかたどり着けるのかという不安に駆られながらも、やはり学校付近ということでなんとかいつも見る光景のところまでたどり着くことができた。


 しかし予定よりも時間を費やしてしまったため、のんびりとしてられない。


 「少し急ぎましょうか……あれ? あの子……迷子?」


 普段通る通学路で、一人の小さな女の子がワンワンと泣いているのを九条さんが発見する。もちろん見つけた以上放っておくわけにもいかないため、俺たちは女の子に話しかける。


 「どうした? お母さんと離れちゃったのか?」


 「ううう……は、はい……」


 「お母さんはどこに?」


 「ぐすっ……た、多分〇〇公園に……」


 「……反対方向だ……」


 いったいどうしたらそこから逸れてしまうのか。とはいえ本人がそういっているのだから唯一のヒントを元に俺たちはそこに行くしかない。


 「……佐久間くん、私がこの子を送ってきますよ」


 「で、でも九条さんそれだと多分試合を観れるかどうか……」


 「大丈夫ですよ。佐久間くんは橘さんの応援にいってあげてください。佐久間くんがいかなきゃ一番ダメですから」


 「……ありがとう。それじゃあまた後で!」


 そうして俺は九条さんと一旦別れ、先に学校のグラウンドに向かっていった。


 ★★★(九条すみか視点)


 「それじゃあ早くお母さんのところに行きましょう! 大丈夫ですよ、きっと会えます!」


 「……うん」


 佐久間くんを送り出して、私は迷子の女の子をお母さんと会わせるべく反対方向の〇〇公園に向かう。試合を見れなくて残念といえば嘘になるが、それよりもこの子を放っておく選択肢はまずない。


 それにきっと橘さんは佐久間くんに一番観てもらいたいはずだから……。


 昨日、夜ご飯を佐久間くんと一緒に食べた時、二人で遊びにいった話を聞いた。橘さんのお願いがどんなものか相談も受けた。


 その時私は言えなかったけど……きっと橘さんは佐久間くんと……恋人関係に……。


 「おねーちゃん、ごめんね。 あのおにーちゃんとデート中だったよね。 彼氏と引き離しちゃってごめんね……」


 「ふぇ!? ち、ちがいます! 私と佐久間くんは友達です!」


 きっぱりそういってしまった。いや、事実はその通りなのだけど、でもどこか心のどこかが……今日橘さんたちが勝てばその事実は紛れもないものになるのに……。


 「えー? ママが言ってたよ。男の子と女の子二人っきりでいると、それはもうカップルなんだって」


 「そ、それは偏見です!」


 多分それは大きな間違いだと思う。……実際のところは私もよくわからないが。


 「え? それじゃああのおにーちゃんのことは嫌いなの?」


 「い、いや……そういうわけじゃ……」


 まず嫌いということはない。でも……でも……。


 「おねーちゃん顔真っ赤―。やっぱり好きなんだ」


 「!!!」


 ……そうなのかもしれない。純粋な眼差しを持つ小さな女の子には筒抜けなんだろう。


 でも好きだと考えれば妥当だ。気づけば佐久間くんのことが頭の中にあって、気づけば佐久間くんを見てハートがドクンとしている。


 私はいつの間にか、胃袋だけでなくハートまで佐久間くんに握られてしまったんだ。


 だが橘さんがもし今日勝ったら……。でも勝ってほしい。勝ってほしいのに……。


 まるで私が二人いるみたいに、気持ちが真っ二つになってしまった。


 「あ、まま!」


 「ゆい! ここにいたのね! まあこんな美人なお姉さんに連れてきてもらって……ありがとうございます」


 タイミングがいいのか悪いのか、女の子のお母さんはこの子を探すために逆走してきたんだろう。ばったり公園までの途中で出会うことができた。入れ違いにならなかったことが奇跡だ。


 「い、いえいえ。大丈夫ですよ」


 「でも顔が真っ赤……風邪でも引いたのかしら?」


 「違うよママー。おねーちゃん好きな人のこと考えたらこうなっちゃったの」


 「う……」


 女の子がそういうと、この子のお母さんはあらあといいう顔をして私の肩をタッチしてこういう。


 「男はバカな生き物だからちゃんと気持ちはいった方がいいわよ。でもいきなりはダメね。ちゃんと胸を張れる自分になってからから、よ」


 「……!!! あ、アドバイスありがとうございます」


 きっと素敵な旦那さんとの経験を元にいってくれたんだろう。……胸を張れる自分、か。橘さんのような何かでトップになれるような、そういう存在に私もなれば……いいんだ。


 「それじゃあ私はここで失礼しますね」


 「本当にありがとうございました!」


 「バイバイおねーちゃん!」


 そして私は二人に別れを告げて、急いで学校まで向かう。きっとこの時間なら後半開始に間に合うかもしれない。橘さんの素敵な姿をまた私はもう一度見たい。


 それには佐久間くんは関係ない。もちろん佐久間くんを取られるのは……いやだけど。


 でも、でも私はそれでも橘さんの勇姿がみたい。あの感激を、もう一度味わいたい。


 「……つ、ついた」


 なんとか後半までに間に合ったようで、ちょうど選手たちがグラウンドに入っている様子が伺える。私はなるべく人目につかないように、佐久間くんを見つけてそこまで行く。


 「佐久間くん、試合の様子は……」


 「……九条さん」


 だが佐久間くんの顔は私の予想していたものとは違った。あまりに圧倒的な恐怖を味わったかのように、顔面蒼白といった状態で、元気を失いながら口を開いた。


 「試合は……0−5。前半のうちに……5点取られて、一点も取り返せてない」

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