病み上がりにて、変化の兆し

 九条さんの看病もあって、俺はなんとか1日で体調を元に戻すことができた。おかゆまで作ってもらって本当にありがたかったなあ……。


 「あ、翔。体調が良くなったみたいでよかったよ。それにしてもバカは風邪をひかないってのは嘘だったんだね」


 そして学校にて、のどかがニヤつきながらからかってくる。


 「俺はお前と同列のバカ扱いされていることにショックを隠せない」


 「わ、私までバカ扱い!? わ、私だって風邪ぐらい……あれ、最後に引いたのっていつだっけ?」


 「とことんバカでいらっしゃる」


 「うう……」


 だが相変わらずのどかはバカなので俺に反撃されるまでがオチだ。なんか、こいつを見てると謎に元気が湧いてくる。のどかという存在が元気の塊だからだろうか。


 「おお翔。容体が良くなったみたいで何よりだ。……ちょっと来い」


 「?」


 続いて現れた冬馬は何やら神妙そうな面持ちで離れた場所まで連れて行く。え、何? 俺なにかしてしまったのか?


 「あの後九条さんと何かあったか? 超えてはいけないラインを超えたりしてないよな?」


 「そんなわけないだろ! あの後俺が寝てる間におかゆを作ってもらったりすごく助けてもらったわ!」


 「……ならいいんだが。くれぐれも橘さんにそのことを言うなよ!」


 「え? なんで? この前九条さんと一緒にのどかの試合観戦も行ったし、別に問題ないと思うんだけど」


 「……………まじか」


 なんだか冬馬にとってはあまりに予想外のことだったらしく、目を見開いて俺の目をじーっと見てくる。いやそれが一体なんの問題になるんだ。


 「九条さん、のどかの試合中の姿にすごい魅了されててさ。ほらこれ、すごく素敵な写真を撮ってくれたんだよ」


 「すげえ……これを九条さんが……ってそこじゃない! 橘さんは九条さんが来てもよかったのか?」


 「? ダメなの?」


 「……そこがお前のいいところでもありクソなところだよな。美優が嫌う理由がよくわかる」


 なんだか俺のわからないところで変な納得をさせてしまったらしい。一体何が問題なんだ?


 「まあどうせ選べる選択肢は一つだ。早く俺たちとダブルデートできるように頑張るこったな」


 「それは彼女のできない俺に対しての嫌味か?」


 「ああ、もちろん」


 何やら皮肉めいた表情で冬馬はそう言い、俺の肩をポンと叩いて教室に戻った。一体なんだったんだか。


 ★★★


 「よかったです。佐久間君のお身体の調子がよくなって」


 「九条さんの看病あってこそだよ。多分九条さんがいなかったら俺の治りは遅かったと思う」


 昼休み。冬馬は生徒会の話し合いがまた入り、俺と九条さん二人きりで屋上にて昼ご飯を食べている。病み上がりということで弁当は作れていないため、今日は九条さんにあげる分も作れていない。


 明日にはお礼も兼ねて九条さんが喜ぶであろうメニューの弁当を作ろうと思っているけど。


 「そういえば鍵をお返ししますね。本当は今日の朝お返ししようと思っていたのですが、朝講習があったので早めに家を出てしまって……」


 「あーいいよ、どうせ合鍵だし。さてと、今日はごめんね、弁当を作れなくて」


 「そ、それは仕方がないです。……今日は私が佐久間君の分を作ってきたので、それを食べましょう」


 「ほんと!?」


 九条さんは頬を赤く染めながら可愛らしい風呂敷に包まれた弁当を見せる。中を見てみると、正直すごく美味しそうとは言い難いが、一生懸命作ったのがよくわかる弁当だ。


 「でも朝講習があったのに大丈夫だったの?」


 「……普段佐久間君にしてもらっていることと比べれば、全然ですよ」 


 「そんな大げさな。でもありがとう! それじゃあいただきま……あ」


 「? どうされましたか?」


 九条さんのお弁当を食べようとしたと同時に、グラウンドの方から何やらサッカーボールを蹴る音が大きく響いている。おそらくシュートでも撃っているんだろう。


 でもうちの学校は昼練をオーバーワークとして禁止されている。それを無視してまで練習する奴は……。


 「……多分のどかだな」


 のどかぐらいだ。奴は馬鹿だがサッカーのことに関してはとことんストイックで、しかも次の試合は全国優勝校。きっと熱意が優って……。


 「ごめん見てくる。すぐ戻ってくるから!」


 「は、はい……」


 俺は一旦屋上を後にして、急いでグラウンドに向かっていった。


 「やっぱり……」


 そしてグラウンドに向かうと、予想通りのどかがボールをゴールに何回もぶち込んでいる。しかも結構数があったので、結構練習をしていたんだろう。


 「サッカーは団体スポーツですよ、エースさん」


 「……あれ翔じゃん。どうしたの? 九条さんは?」


 「お前が張り切りすぎて練習してるのを止めに来た。気持ちはわかるけど、練習のしすぎも体に毒だし、そもそも禁止されてるだろ」


 「えへへーいやーやる気がもう止まらなくてね」


 そうおちゃらけた風には言っているが、のどかの目の奥にはメラメラと真剣な闘志が燃えているのを感じ取れた。多分この調子だとまた始めるかも。


 「もちろん試合には勝ってほしいけど、俺はお前が怪我をする方が嫌だ」


 「……」


 少しのどかは言葉を詰まらせる。ただじっと俺の方を見て、にっこりと笑ってまた口を開いた。


 「いやー翔にそう言われたら仕方がないね。闘志は燃やしつつも我慢しておくよ」


 どうやら納得してくれたらしい。いやよかった、のどかに何かあったら俺も辛いからな。


 「……じゃあ翔、一つお願いがあるんだけど……聞いてもらってもいい?」


 「ああいいぞ。どんとこい」


 俺はいつものノリで返すも、対するのどかの方は……なんだか少しお面持が真剣だ。試合前だからか? それともお願いというものが大事なものなのか?


 「……今日の放課後、私と二人っきりで来てほしい場所があるの」

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