休み明けに、風邪を引く


 「……まさか風邪をひくとは」


 祝日も終わっていつも通りの学校生活が始まろうかと言う日に、俺は風邪をひいてしまった。昨日までは全然体の調子は問題なかったのだが、おそらくうっかり窓を開けっ放しでかつ布団を被らずに寝ていたことが要因だろう。


 うーん……不幸中の幸いと言ったところか、体はなんとか動かすことができる。とりあえず近くの自販機でアクエリでも買っておこう。


 「あ、あれ……佐久間くん、どうしたんですか?」


 外に出ようとしたら、ばったり制服姿の九条さんと遭遇した。


 「あーなんか風邪をひいたっぽくて。熱も38度ぐらいあるからとりあえず今日は学校を休むよ」


 「そ、そしたらどうして外に出てるんですか?」


 「アクエリを買いに」


 「い、いけません! 私が買ってきます、佐久間くんは部屋の中で待っていてください」


 九条さんはまるで俺が大怪我でも負っているかのように心配そうな対応をして、俺が止めようとする前にはもうアクエリを買いに行っていた。ああいうのを母性っていうのか?


 「大きいサイズのアクエリアスとゼリーを買ってきました。できれば私が看病をしたいところですけど……」


 「アクエリまで買ってもらって、流石に九条さんに休んでもらって看病してもらうわけにはいかないよ。ほら、早く学校に行かないと遅刻になるよ」


 「……ぜ、絶対早く帰ってきますから!」


 九条さんは申し訳なさそうにしながらこの場を後にして学校に向かった。まあきっと一眠りすればすぐに治るだろう。そう思ったのでゼリーを食べた後に俺はもう一眠りした。


 ただ、体というものは自分の意思でどうこうできない時もあるわけで……。


 「……うわ、熱が下がるどころか少し上がってるし。しかも体がだるくなってきた……」


 午後四時ぐらいに目を覚ますと、体の調子は起きる前よりも悪化していて体も鉛のように重く感じられた。睡眠を取ったばかりで眠ることもできないから、はっきり言ってここからは地獄の時間と言ってもいいだろう。


 「アクエリ近くに置いといてよかった……」


 九条さんに買ってきてもらったアクエリを直接ゴクゴクと飲み、なんとか水分は取れた。もうあとはひたすら眠れるのを待つしかない……。


 「おい翔、開けてくれ。見舞いに来てやったぞ。スペシャルゲストもいるぞ」


 眠れないで退屈している中、冬馬の声がドア越しから聞こえてくる。残念なことに鍵を占めているので俺が出向かない限り奴が入ることはない。正直結構体はきついが、ここで出ないと死んでいるんじゃないかと疑われかねない。


 それにスペシャルゲストってなんだ?


 「……あ、開けたぞ」


 「だ、大丈夫か? 悪いな体調悪いのに……。でも喜べ、スペシャルゲストを見て気分を上げろ」


 「……こ、こんにちは、佐久間くん」


 「……あ、九条さん」


 スペシャルゲストはなんとも言えない表情をした九条さんでした。わーぱちぱちぱち。


 ……ああそうか。冬馬は俺と九条さんがお隣さんだということを知らなかったな。


 「思ったより驚かないんだな。たまたまそこの近くのドラックストアであってな。一緒に来たわけだ(橘さんが来れなかった代案的なところもあるけど……)」


 「そ、それはなんて偶然だあ」


 「そ、そうですね」


 流石に真実をこの場で話すわけにもいかないので、俺たちは冬馬の考えている通りに納得したふりをする。


 「ほら九条さん、これが翔の部屋」


 「へ、へえ……」


 すまん冬馬。九条さんもう何度も来てるから驚くことはもう何もないと思う。九条さんも顔は笑っているけど結構無理して笑っているんだなあと俺には見える。


 「あれ、アクエリとゼリーが置いてある。翔、これお前が買ったのか?」


 「いやそれはく……お、お隣さんからもらった」


 「へえ。親切な人もいるもんだ」


 あ、危ない……危うくボロを出すところだった……。


 「と、とりあえず佐久間くんは布団に行きましょう。市販のお薬とアクエリアスを買ってきましたから」


 九条さんは俺をさっさと布団まで誘導して、手早くコップを出して薬を飲めるように準備をしてくれた。ああ、すごくありがたい。俺はすぐに薬を飲みきる。


 「……? なんで九条さんそんなテキパキと準備できるの? コップの場所とかわからなくない普通?」


 「「!!!!!」」


 俺と九条さんは顔を見合わせてお互いにどうしようと言った顔をする。これはまずい、また一つボロを出してしまった。で、でもまだなんとか挽回できる過ちのラインだ。


 「冬馬が生徒会に行ってた時に俺の部屋のことを話していたんだよ。まさか覚えていてくれてたとは思わなかったけど」


 結構苦しいけど嘘だと見分けるのも難しいだろう。冬馬はイマイチ納得はいっていなさそうだがそれ以上追求することもなかった。


 「まあいいや。はい俺からゼリーのプレゼント。橘さんから好みはバッチリ聞いてるから好き嫌いは大丈夫だろ」


 「ありがてえ……。のどかは練習?」


 「そうらしい。流石に全国優勝校との試合の前は休むわけにもいかないってことで今回はこれなかった。いやー惜しい、本当なら橘さんに全部任せようかと思ったんだが」


 「それはちょっと身の危険を感じるわ……」


 多分俺の部屋が半壊するんじゃないだろうか。


 「それでこれが美優(冬馬の彼女)から」


 「なんで直接来ないんだ?」


 「そりゃあ美優はお前のことがほうれん草の次に嫌いらしいからな」


 「……」


 ほうれん草が冬馬の彼女にとってどのぐらい嫌われているのかは聞かないでおいた。正直好かれてはいないと思ってたけど……。


 「佐久間くん、とりあえずゼリーは冷蔵庫に入れておきますね。佐久間くんはゆっくりお休みになってください。寝付くまでは私いるので」


 優しい微笑みを向けて、九条さんは俺の心を落ち着かせてくれた。


 「あ、ありがとう九条さん……」


 「だったら俺も……すまん、電話だ。……え、生徒会招集!? い、いま!? 放課後ですよ!? ……は、はい……わかりました……行きます」


 冬馬の方は何やらわざわざ電話で生徒会招集を受けてしまったらしい。


 「と、冬馬……大変だな」


 「……ブラック会社の先行体験だと思えばなんてことはないさ!!! すまん翔、先に失礼する!」


 随分とハードな体験をしに、冬馬は学校に戻る準備を済ませる。


 「……あ、そうだ。風邪を引いてる身だからないとは思うが……くれぐれも変な気を起こすなよ」


 「す、するわけがないだろ!」


 最後に冬馬は俺に変な忠告をして、部屋を去る。


 「……それじゃあ佐久間くんは休んでいてください。……もしお腹が空いてたら、その時はいってくださいね」


 「……わかった。お休み」


 「はい、お休みなさいです」


 そして九条さんは、疲れ切った体に癒しを与えてくれる優しい笑顔に声でそう言って、俺はもう一度眠りについた。

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