橘のどかの心境


 背筋がぞくっとした。なにせ翔と聖女様が二人一緒に私の試合を見にきていたのだから。


 聖女様が翔を連れ出した時から、屋上で冬馬くんと一緒にご飯を食べているって話は聞いていたけど、恋人ではないという話だったからどこかで私は安心していたのかもしれない。


 だから余計に今、私は勝利の余韻に浸かる余裕もなく心臓がばくばくしている。


 「おおのどか。今日も大活躍していたな! いやーほんとサッカーに関してはほんとすごいよ」


 「う、うん! それはいつも通りのことじゃん! それよりもどうして二人は一緒にいるの?」


 翔とお話をしたいけど、それよりも二人の関係が気になる。


 「ああ。たまたま朝にあって、九条さんもこの公園に行く予定だったらしいから誘ったんだ。のどかのすごさを自慢したくてな」


 どうして朝にばったり出くわすの? 私は部活の寮にいるから翔の近所がどうなってるのか詳しく知らないけど、聖女様ももしかして近くに住んでいるの?


 「へ、へえ。そりゃあ私はサッカーに関しては自慢の幼馴染だろうけど、せい……九条さんと比べたら大したことないじゃん」


 「そ、そんなことはないです!!!」


 「!?」


 思わぬ人物……九条さんからまさかの反論が来た。てっきり翔にだけ興味があるのかと思っていたけれど、どうもそういうわけではないらしい。


 「橘さんのプレーはサッカーをよく知らない私でもすごく感動しました! 橘さんは私よりも全然すごいです!」


 聖女様は私の抱いているイメージと違った。もっとこう……おしとやか系のクール美人だと思っていたんだけど、どうもこの様子を見るとすごく小柄な体型に相応しい可愛い女の子だ。ギャップが余計に可愛らしい。


 ずるいなあ。こんなの惚れない男なんかいないよ。


 「九条さんがいることがバレないようにすぐに場所を移動しようと思っているんだけど、のどかもう行ける?」


 「ああそれは大丈夫。それじゃあ行こう行こう!」


 とりあえず私は明るく振舞ってなんとか自分を保ち、二人と一緒に弁当を食べに行く。


 「さてと、前よりも多めに作ったから九条さんも十分食べられると思うよ。ささ、食べて」


 「エビフライ……それにタコさんウインナー……。美味しそうです」


 九条さんは翔の弁当を目の前にすると余計可愛らしい。まあ翔のご飯を食べてしまったらそれに夢中になるのはもう不可抗力だから気持ちはすごくわかる。


 「どうせのどかも今日もバカみたいに食べるだろ? 俺の分残るかな……」


 「翔の分なんか気にせず食べるに決まってるじゃん!」


 「おいふざけるな! 多少は残せ多少は!」


 「……ふふっ。お二人とも、すごく仲がいいんですね」


 「え……?」


 九条さんが私たちのやりとりを見て、微笑ましそうに笑いながらそういった。そ、そりゃあ仲が悪ければこんなやりとりはしないけど……九条さんは翔のことを好きじゃないのかな? 嫉妬しないのかな?


 「まあ腐れ縁だからな。いろいろあって一緒の学校に来たわけだし」


 「そうなんですか! やっぱり本当に仲がいいんですね」


 「えー。でも九条さんと翔みたいな恋人みたいな関係には敵わないよ」


 ちょっと鎌をかけてみる。うーん、あんまりよくないとは思うけど……。


 「え!? い、いや……そ、それは……」


 まんざらでもない反応。まあ一緒にご飯を食べるということはある程度好意はあるよね。


 「おいおいのどか。この前も言ったろ。俺と九条さんはそんな仲じゃない。飯友達だ」


 「本当に? せっかく高嶺の花とお近づきになれてるのに?」


 「へえ、お前が高嶺の花なんて言葉を知っているなんて。俺はそっちの方が衝撃だ」


 「どんだけ私をバカだと思ってるんだ!!!」


 つい最近寮でこっそり読んだ漫画で学んだんだけど。


 「わ、私は……橘さんと佐久間くんの方がお似合いだと思いますよ」


 「ふぇ!?」


 不意にアッパーを食らったかのような感覚だった。なにせ九条さんからそんなことを言われるなんて思わなかったし……。


 「佐久間くんは橘さんのためにこんなすごいお弁当を作っていますし、これを恋人と言わないでなんというのか、私にはわかりません」


 「い、いやそんなことは……」


 「うーん、のどかが恋人か……」


 あれ、翔考え込んでる……。も、もしかしてまんざらでも……。


 「食費がやばそうだな」


 「このやろう!!!」


 「い、いてて耳を引っ張るな!」


 期待した私がバカでしたよええ。もともとバカだけど。


 「と、とりあえず食べよう。うん」


 「ええ食べますとも。翔には食費がかかる女のすごさを見せつけてやる」


 「お、お手やらからに頼む……」


 もともとお腹は空いていたけど今ので余計に食欲が湧いてきた。よし食べよう、お腹いっぱいになるまで食べよう。


 「うーん! 美味しい!」


 ああ、やっぱり翔の料理は美味しい。エビフライのサクッとした感触にトンカツの噛めば噛むほど肉汁が溢れ出すこの食感。加えてデザートのつもりなのか入れられていたいなり寿司の甘さが味覚のバランスを絶妙に保っている。


 ま、私にとっていなり寿司は飲み物といってもいいんだけど。


 「美味しい……このトンカツ、すごく美味しいです!」


 九条さんも同じく翔の料理を堪能している。それにしてもすごくいい笑顔で食べるな。私まで幸せになっちゃう。


 「ありがとう九条さん。それじゃあ今度また作るよ」


 「はい! 楽しみにしてます!」


 ああ、翔まですごくいい笑顔。きっと九条さんの素敵な笑顔が翔にとってすごく嬉しいんだろうなあ。


 「そういえばのどか。なんか金髪の外国人……ドイツのスカウトとかいってた人がお前に注目してたぞ」


 「え!? な、名前は?!」


 「あーそれは聞いてないな」


 「それ大事だから!!!」


 私にドイツのスカウトが注目していた……。これってかなりのチャンスなんじゃない?

 でも幾ら何でもできすぎた話なような気もするけど……。


 「でもなんか次の相手ってめちゃくちゃ強そうな風にいってたな。そんなに強いの?」


 「……あー。うん、去年うちが全国一回戦でぼろ負けした相手。しかも世代別日本代表クラスのエースと守備の要は二人とも今年もいるから……確かにやばいね」


 「そ、そんなにやばいのか……」


 「でも私は勝つよ。今年は私がいるんだから!」


 「す、凄い……かっこいいです!!!」


 ちょっとカッコつけちゃった。でも九条さんが目を輝かしているのをみると、やる気が湧いてくる。


 「……橘さん、次の試合、私も見にいっていいですか?」


 「え?」


 ちょっと恥ずかしそうに、九条さんは私に試合を見にいっていいか聞く。もちろん断る理由なんかないけど、きっと九条さんは純粋に私のプレーに感動してくれたんだなと実感する。


 それと同時に、九条さんは私のことを純粋に見ているに対して、私は勝手に翔が取られるんじゃないかと不安がっている事実が、己の醜さを痛感させられた。


 「それじゃあ次はもっと料理を作らないとな。なんか……もうすでに半分も無くなってるし」


 「頼むよお弁当屋さん!」


 「誰がお弁当屋さんだ!」


 ああ。本当に翔とのこういう会話は心が安らぐ。でもこうしたやりとりをしているうちは、私は所詮翔にとって幼馴染の枠を出ないんだろうなあ……。はあ……。

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