日曜日にて、九条さんと試合観戦


 日曜日の今日。先週と同じく俺はのどかの応援のために弁当を作っていた。前回重箱並みの量を作っても平気で平らげていたから、今回もきっともりもりと食べてくれるだろうとふんでたくさん作ってしまった。


 まずはのどかも一応女子なので弁当を可愛らしくしようとタコさんウインナーを作ってみる。まあ男の俺が作るから大して可愛らしいものにはならないが、それっぽくなればいいだろう。


 なぜならどうせのどかは見た目よりも量を重視する。だから腹の足しになるカラッと揚げたエビフライ、サクッとした食感と肉汁を味わえるトンカツ、少しは栄養を気にしてポテトサラダやブロッコリーを入れ、そしてデザートにはいなり寿司。


 そして案の定弁当は完全に見た目よりも食欲優先となって茶色くなってしまった。


 「ふんぬ! お、重い!」


 なんか前よりも弁当が重くなった気がする。おかしいな、先週で重さには慣れたつもりだったんだが……俺も多少は運動をした方がいいってことだよな。


 「あ、佐久間くん。今日は……試合の応援でしたっけ?」


 外に出ると、ちょうど九条さんと出くわす。何やら本格的なカメラを持っていて、どこかに出かけるようだ。


 「ああそうだよ。九条さんはカメラを持ってどこに行くの?」


 「わ、私は今日桃山公園で素敵なお花が咲いているらしいので写真を撮りに……」


 「九条さん写真が趣味だったの?」


 「はい、昔から風景の写真を見るのが好きで、最近は自分でも撮っているんです」


 「おお、じゃあ今度見せてもらってもいいかな?」


 「ちょ、ちょっと恥ずかしいですけど……いいですよ。佐久間くんにはいつか見てもらいたかったので」


 九条さんは少し恥ずかしそうにしながらも柔らかい笑顔を俺に向ける。九条さんのことだからきっといい写真を撮っているだろうから今から楽しみだ。


 ……ん、桃山公園って……


 「そう言えば桃山公園って今日のどかが試合するとこだ。なんか相手の高校のグラウンドが使えなくて代わりの会場になったらしくて。九条さんも見に行こうよ」


 「え……?」


 もともとのどかのすごさを見せたいと思って今週一緒に行こうと思っていたんだが、なぜだが冬馬にそれを言おうとすると邪魔をされて誘う機会がなかった。ただ今日は冬馬もいないし、誰も邪魔はしないだろう。


 「い、いや悪いですよ。きっと幼馴染の方は佐久間くんに見にきてもらいたいでしょうし、私が行くと……変な意味で目立ってしまいます」

 

 「一応観客席があるとこだからあんまり人がいないところに座ればバレないよ。選手たちもわざわざ観客席を凝視することはないだろうし」


 「……で、でも……」


 「お弁当もあるし。三人で一緒に食べよう」


 「!!! ……そ、それじゃあ……お願いします」


 やっぱりご飯のことになると九条さんは我慢がきかなくなってしまうんだろう。多少ためらいながらも一緒に行くことにになった。


 ★★★


 「やべ、試合始まってる」


 俺たちがついた頃にはもう試合は始まっていた。スコアは0−0で均衡状態にあるらしく、俺たちが観客席のベンチに座るまでにもなんども攻守がめまぐるしく入れ替わっている。そう言えば今日の相手は前の高校よりも強いらしいし、苦戦する試合だとのどかが言ってたな。


 それでもきっとのどかたちは勝つ。


 「す、すごい……みなさんすごい迫力で……。さ、佐久間くんの幼馴染の方はどなたですか?」


 「あの背番号9が俺の自慢の幼馴染の橘のどかだよ」


 「あの人が……。一番輝いていますね! すごいです、素敵です!」


 のどかのプレーに感激を受けたのか、九条さんは目を輝かせながらカメラを手に持って写真を撮り始める。きっとカメラマンとしての魂に火がついたんだろう。こういう九条さんの姿もまた素敵だなあ。


 「ほお、そこのボーイ。あの9番と知り合いなのかい?」


 「え? あ、はい……。えーっと……」


 ふと突然、俺の斜め後ろに座っていた長い金髪にサングラスをしたやけにスタイルのいい女性に声をかけられる。おそらく日本人ではなさそうだが……めちゃくちゃ不審者っぽい。


 「失礼。私はとあるドイツのクラブでスカウトをやっているものでね。まあ日本には留学に来た知人の見張り役をやっているんだが……ついでに有望な日本人選手がいないか見に来ているんだ」


 「へ、へえ……」


 ほんとかよ。いくらなんでも出来すぎた話ではないか?


 「……全く信用していないようだな。まあいい、彼女はすごくいい選手だ。他にも気になった日本人選手はいるが、彼女もぜひうちのクラブで成長した姿を見てみたい」


 「それはありがとうございます。あとで本人にも伝えておきますよ」


 「まあまだ決定してわけではないがな。少し彼女には引っかかる部分もある。ボーイ、彼女はいつもお手本のようなプレーをして、自分から試合を決めに行かないのか?」


 「え……?」


 言われてみれば、のどかは周りを活かしたプレーを多くしていて、自ら攻め込むということはしない。もしかしてこの人、本当にスカウトなのか?


 「た、確かにあんまりみたことないです」


 「なるほど……チームのお手本となるプレーヤーだが、自ら行動はしない。言うなれば人の象徴として君臨する聖女のようなプレイヤーか」


 「……の、のどかが聖女……!? ……ププ」


 「な、なぜ笑っている?」


 俺も不審者のような行動をしてしまったな。でものどかが聖女と呼ばれるのはちょっと……笑わざるにはいられない。


 「いや、普段の明るいバカなあいつを知っているのでつい……」


 「……ほお、君の前では彼女はそういう感じなのか」


 「?」


 俺の前では? まあサッカーをしている時は真面目だからそう見えないのかもしれない。


 「次の試合はおそらく彼女にとって大きな試練となる。もし彼女の心が折れそうだったら君が助けてあげるんだ。きっと彼女にとっても、それが一番助けになるだろう」


 「……は、はい」


 全くの赤の他人だというのに、妙に特に疑問もなくその意見を受け入れてしまう。でも確かにのどかは一度落ち込むとちょっと危ないところもあるし、現に俺はそれを見た。きっとそのこともあってこの不審者みたいな女性のいうことを受け入れられたんだろう。


 「お、もうすぐ決まるか?」


 グラウンドに目を移すと、のどかが相手ゴール前でボールを持つ。相手もすぐにのどかに寄せてくるも、それを察知していたのどかはふわりとボールを宙に浮かし、味方選手の足元にパスを出す。


 そして味方選手はそのパスを華麗にゴールへ叩き込み、なんとか前半終了間際に先制点を取ることができた。


 結局試合はその得点が決勝点となり、辛くも試合に勝つことができた。


 「さ、佐久間くん。ありがとうございます。すごくいい試合で、写真もいいものが撮れました」


 「おお、それは良かった。それじゃあそれをみせに行こう」


 「……いや、やっぱり今日は私これで帰ります。佐久間くんのお弁当は食べたいですけど……きっと、私以上に佐久間くんと食べたい人が……あ」


 九条さんが帰ろうとしたその時、きっといち早く俺の元に来ようと走ってきたんだろう。


 「あれ……どうして聖女様がここにいるの……?」


 のどかが少し息を切らしながら、目を見開きながら九条さんの方を見て、そう言った。

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