朝の家にて、パンケーキを作る

「……ふああ。よく寝れた。……あ、今日は土曜日か、じゃあもう一眠りしよう。おやすみ俺」


 土曜日の今日。学校もなく部活動もない俺は起きてすぐ時計を見て、時刻が7時であることを確認するとすぐに眠りにつく。


 正直寝れる時間がいくらでもあるのであればそれを利用しない理由なんてないだろう。学校が昼寝の時間を確保してくれるのならこんなことせずに済むというのに……。


「……ん?」


 しばらく目をつぶって眠り落ちるまで待っている間、隣の部屋からなんだか騒がしい物音が聞こえてくる。カキーンとフライパンが何かに当たる音や、べちゃりと卵が地面に落ちたであろう音、それらから推測するに……。


「……見てこよう」


 流石に放っておくのはまずい気がしたので、重い腰を上げてテキトーな服を着て隣の部屋……九条さんの家に行くことにした。


 そういえば九条さんの家に行くの初めてだな。きっと今の音を聞いていなければもっと可愛らしい部屋を想像できたんだろうけど……まあ、とりあえず行ってみないとわからない。


「く、九条さーん」


 俺はノックをしつつドア越しに声をかける。これで返事がなければいよいよ心配になるのだが。


「は、はい! さ、佐久間くん!?」


 どうやら命の危険には晒されていなかったらしく、九条さんはドアを開けて俺の前に姿を現した。ただ……顔には謎のクリームがついていたり、可愛らしい模様のついたエプロンには可愛らしくない茶色の汚れがついていたりなど……。


「九条さん、料理失敗した?」


「う……ま、まだ料理を見てもらってもないのにどうして……」


 九条さんはすこし驚いた顔で、パチリと開いた目を俺に向ける。


「いやもうその様子と部屋から聞こえた音で明白だよ」


 余計な励ましとかごまかしは多分余計なお世話というか、九条さんの身の危険に繋がりかねないため、ここははっきりと言っておいた。


「そ、そうですよね……すみません、佐久間くんにご心配をおかけして」


「それは大丈夫。どうせ俺二度寝するだけだったし。それで、今何を作ってるの?」


「ホ、ホットケーキを作っていたんです。でもできたのは……なんとも形容しがたいものでして」


「……良かったら手伝おうか?」


「……ぜひお願いします」


 落ち込んだ表情をしながら、九条さんは俺の提案にコクリと頷き、俺は九条さんの家に入ることとなった。


 九条さんの部屋は特に目立つものもなく、簡素な家具が並べられている感じで、女子高生の部屋というよりもOLの部屋なのではないかと思ってしまう。


 なにせ中学の時にのどかの家に遊びに行った際、あちこちに人形やら可愛いものが並べられてたから、余計にギャップがある。


 ただ、今はそれどころではない。キッチンは想像以上に壊滅状態で、まずは片付けから済ませないと行動できない状況だ。


「とりあえず九条さん、一旦掃除をしよう。流石にこの状態を放置しておくのはまずい。雑巾はどこ?」


「こ、ここにあります。……本当にごめんなさい、迷惑をかけて」


「いやいや、ほんと気にしないで。でもどうしていきなりホットケーキを作ろうと思ったの?」


「……そ、その。佐久間くんにいつも美味しいご飯を頂いてるので……私も、佐久間くんに手作りの何かを食べてもらいたいと思って……。でも私すごく不器用ですから……こんなことになってしまいましたけど……」


「ま、マジで?」


 予想外のことに俺は思わず確認してしまう。いやだって九条さんが俺にパンケーキを作っているとかどうやっても想像できないでしょうよ!


「お、おおマジです!」


 九条さんが恥ずかしそうながらもはっきりとした声でそういう。これは……実に嬉しい限りだ。多分もう俺明日死んでいてもおかしくない。いや、明日はのどかが試合を頑張れるように弁当を作らないといけないから明後日だな。


「だ、だから本当は佐久間くんの力を借りずにいたかったんですけど……これじゃあ話にもなりません。なので……改めてお願いしますが、手伝ってもらってもいいですか?」


「オーケー。じゃあさっさと片付けよう」


 そんなこんなで俺らはいろんなところに散らばった汚れなどを片付けて、なんとか一時間以内には終わらせることができた。そしていよいよ、俺たちはホットケーキ作りに取り掛かり始める。


「まず材料は……九条さん、これ塩だよ」


「え!?」


 さらっと置かれていた白い粉に妙な違和感を感じてよく見てみれば……塩。九条さんはどうやら気づいていなかったらしく、りんごのように顔を真っ赤にしてしまった。


「多分砂糖とか入れるよりこっちのパンケーキミックスを使った方が手軽でかつ美味しくできると思う」


「な、なるほど……」


 熱心な姿勢で九条さんは俺の話を聞いてくれる。この様子だとちゃんとやり方さえ教えればかなり上達するんじゃないかと思う。


「じゃあまずはボウルにホットケーキミックス、ヨーグルト、卵、牛乳の順に入れていって、それをよく混ぜ合わせよう」


「こ、こうですかね?」


「そうそう、いい感じ」


 九条さんはしっかりとボウルを抑えてこぼれないようにくるくると混ぜる。真剣な顔持ちで、見ているこちらにも緊張感が伝わるぐらいの雰囲気は普段の九条さんからは見られないものだ。


「それぐらいかな。それじゃあそれをお玉ですくってフライパンに丸く流し込む感じで……」


「……ふ、ふう。な、なんとか……できました」


 すこしずれてしまったが、問題にはならない程度に流し込むことができた。あとは弱火で1、2分いい色になるまで焼き上げれば……。


「よし、完成」


「で、できました……私が……」


 たった一枚のパンケーキながらもおそらく九条さんにとっては初めて上手くいった料理。俺も初めて料理を作った時は感動したし、おそらく九条さんも同じ気持ちを味わっているのだろう。


 その証拠に、今の九条さんの顔はやり遂げたって表情をしているし。


「……佐久間くん、あともう数枚は私だけで作ってもいいですか? このままだといつものように佐久間くんの力を借りっぱなしで……」


 ただ、九条さんはそれで満足したわけではないらしい。俺の目を見て今度は一人で作る決意を伝えてきた。


「うん、体に料理を覚えさせるのにもちょうどいいし、危なそうだったらすぐに手伝うよ」


「……あ、ありがとうございます」


 そうして何枚かのパンケーキが出来上がった。何枚かは形がよくないものもあるが、それでもとても綺麗に焼かれたパンケーキも何枚かあって、実に美味しそうに出来上がった。


「そ、それじゃあ佐久間くん……召し上がってください」


 そして九条さんはソワソワとした様子で蜂蜜がかけられたパンケーキを俺の前に差し出し、まるで俺が料理評論家にでもなったかのようなシチュエーションになる。


「それじゃあいただきます」


 俺はまず一口パンケーキを食べる。……うまい。パンケーキの食感はふわふわで、なおかつヨーグルトを入れたため甘さが程よく出てきて食べやすい。それに加えて蜂蜜のトッピングが味を引き立てて……。


「九条さん、これ美味しいよ!」


「!!! あ、ありがとうございます!」


 九条さんの顔がパアッと明るい表情になる。ああ、九条さんも美味しく食べてもらえる喜びを知ったというわけか。ウンウン、料理を好きになってもらえてよかった。


「あ、明日も朝ご飯は私がご馳走します! 今度はもっと美味しいものを!」


「あー……ごめん九条さん。明日は俺、幼馴染のサッカーの試合を観に行く約束をしてて、弁当とかも作るから来れないんだ」


「……そ、そうですか……」


 九条さんはすこし落胆した表情を見せるも、すぐににこりとして


「佐久間くんの応援とお弁当があれば百人力ですからね。きっとお友達も頑張れますよ」


 俺に気を使わせないためか、優しい声でそういってくれた。せっかくのお誘いを断るのは申し訳ないけど……とはいえ約束は守らないと。


「でも今日は何にも予定ないし、昼も夜も俺がなんか作るよ」


「!!! い、いいんですか!?」


 九条さんの目がまた輝きだす。やっぱり食べることも大好きなんだなこの人。


「全然いいよ」


「あ、ありがとうございます。それじゃあ冷めないうちにパンケーキを食べて元気をつけてくださいね」


「おお!」

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