九条すみかの思い

 一人でいることはもはや慣れっ子だった。


 名家の子として生まれた私は幼少期から両親から人に頼ることを禁じられ、常に完璧を装うことを義務付けられた。私はそれが正しいと思って、いやそうするしかなくて年を重ねて来た。


 だからどうしたって本当のお友達なんかは作れないし、そもそも遊ぶ時間なんて塾で全て埋められている私のスケジュールに組み込めない。そんな生活だからもう深い交流関係は諦めざるを得なかった。


 ご飯もいつも一人で食べていた。両親が家にいる日なんて年に数回しかなかったし、兄と妹は私と一切喋ろうとしてくれない。


 毎日夜に来てくれるお手伝いさんだけが、私の心の支えだった。お手伝いさんの料理はとっても美味しくて、さらに一緒におしゃべりすることも楽しみの一つ。きっと私が食いしん坊になったのはこの人が大きな要因だろう。


 よく料理のできる男と付き合うべきだと力説されたなあ。


 小学生までは強制的に給食があって学校でも誰かと一緒に食べていたけど、お嬢様ばかりの学校だったからか私はあまり雰囲気が好きじゃなかった。なにせみんな常に背中に凶器を隠しているかのように本音を隠し、ウフフと笑い続けていたから。


 そして付属の中学に上がれば給食は無くなった。だけど私は容姿と勉強面だけ優秀な人間として周りから疎まれてもいたから、誰ともご飯を食べることはできず、昼休みは何も食べずに図書室で過ごしていた。


 当然成長期にそんな生活をしていれば体が持たない。気づけば私は病院のベッドで横たわっていた。両親は最初私の自己管理の甘さをひたすら責めていたが、それと同時に妹が私よりも優秀な学校に合格したことでもう相手にすらされなくなった。


 両親の視線から私が消えたため、私が高校を受験したいと言ったら人づてにて許可が出て、私は一人暮らしを始め、今の学校に通うことになった。塾にも通わずに済むことになった。一つだけ、最低限の条件は課せられたけれど。


 生まれて初めてお嬢様ばかりの学校ではないところ、嫌味っぽくなってしまうが「庶民的」なところに通ってみると、皆さん私のことを尊敬の目で見る。


 聖女様、なんていう変なあだ名もつけられた。私はそんな立派な人間じゃないのに。


 それは私のほんのすこしだけ抱いていた、誰かと仲良くなれるんじゃないかという希望を簡単に砕く言葉で、その時私は確信してしまった。


 私は完璧な人間を装うことで、「九条すみか」という存在でいるということが。


 だから結局私はその呼び名を受け入れて、中学までと変わらずに誰とも仲良くならず、それこそ飾り物の聖女様のように求められている姿を演じた。お昼ご飯は食べないわけにはいかないから、コンビニで適当に買って一人で屋上に続く階段で食べて……。


 そんな日常が続いていく中、普通クラスとの合同の調理実習があった。普通科の人たちもなんら特進科と変わらずに聖女様と呼んで接して、私も普段と変わらずに完璧を演じた。


 そして何も起こらずにただ淡々と授業時間が過ぎていくと思いきや……一人、黙々と課題の生姜焼きを作っていた人がいた。調理実習で使えるものは限られているはずなのに、美味しそうに作って……。


 実際、美味しかった。お手伝いさんの作ってくれた料理と同じぐらい、いやそれ以上に。


 一体あのひとは誰だろうと思い、急いで班の名簿を見た。他の男子は特進のひとだったから、すぐに「佐久間」というひとだということがわかった。


 でも名前を知ったところで、もうこれっきり班も同じになることなく、家庭科の授業は幕を閉じた。


 だから正直私と佐久間くんがお隣さんであるということを知った時は、嬉しい感情もあった。ただ……やっぱり佐久間くんも私を高貴な人でも見るかのようにしてたし、私は完璧を取り繕うことにした。


 ……すぐに空腹と香ばしい生姜焼きの香りにやられて、今思い返しても恥ずかしい姿を見せてしまったけど。


 それでももう崩すことのできない完璧を振る舞うようにしていたけど、やっぱり佐久間くんの料理は美味しくて……しかも、佐久間くんは私の笑顔が良いと言ってくれた。


 さらに屋上であった時、正直私は佐久間くんにマイナスのイメージを抱かれてしまったと思っていたけれど……佐久間くんは私に優しく手を差し伸べて、そして……私のことを、聖女様ではなく九条さんと呼んでくれた。


 嬉しかった。初めて私のことを私としてみてくれた人がいたんだと……。


 だけど佐久間くんはいつも食べているお友達がいないからここに来ているだけ。だから来週にはもうここには来ない……。それを心配してくれたのか、佐久間くんは無意識にミートボール頰に当てながらぼんやりと考えてくれて……。


 私は佐久間くんに心配をさせまいと大丈夫だと言った。だけどそのあと、佐久間くんは頼って良いと言ってくれた。


 直後はそんなことは許されないと思った。だけどだんだん時間が経つにつれ、いよいよ佐久間くんがいない昼休みが想像できなくなる。


 本当におかしい。ほんの数日過ごしただけなのに、どうしてそんな感情を抱いたのか。


 だけど体はいつの間にか屋上以外で一緒に食べられる教室を探して……。そんなんじゃダメだと思って夜には訪れないようにしたけど……。


 結局私は今、佐久間くんと他に誰もいない教室でお昼ご飯を食べている。


「どう九条さん? 今日の卵焼き、美味しくできてる?」


「……美味しいです、本当に、美味しいです!」


 私の心からの叫び。甘く味付けされた卵焼きはパクリと食べるたびにふわりという感触、そして甘い汁が口元の中に広がり、私の舌は幸福感に包まれる。


「ほんと九条さんは美味しそうに食べてくれるなあ。嬉しい限りだよ」


 いつも佐久間くんはそう言ってくれる。よほどそれが嬉しいんだろう。だけど私もおんなじようなことを思っているし……。


「……わ、私も……私がご飯を食べている時に佐久間くんが嬉しそうにしてるの……嬉しいです」


「え?」


「……っあ!」


 つい心の声が漏れてしまった。か、体が熱い……す、すごく恥ずかしい……。

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