雨の日にて、伝えられる思い

「雨か……」


 ようやく長い五日間が終わる金曜日。あいにくなことに天候は雨で、シトシトと雨が落ちる音が鳴り響いている。


 おそらくこの勢いでは今日一日中降り続けるのは間違いないだろう。天気予報も今日は一日雨だと書いてあるし。なので今日は流石に屋上でご飯を食べることはできない。冬馬と一緒に生徒会室で昼ご飯を食べることになるだろう。


「……あ」


 だと言うのに。ついつい弁当がいつもと同じく誰かに食べてもらわないといけない量になってしまった。冬馬はそんなにご飯を食べるタイプじゃないし、これじゃあ……九条さんかのどかじゃないと食べきれない。


「でも九条さん昨日の夜来なかったしなあ……」


 最近連続して夜に来ていた九条さんは昨日俺の家のドアをノックすることはなかった。忙しかったのかもしれないが、それでも慣れかけていた日常が訪れないとなるとどうにも……違和感がすごい。


 そのため結局昨日の昼以降何も進展していないから九条さんとどう接するのが一番いいのか分からず終いだし、今日屋上に行くのは冬馬が不審に思うのは間違いないだろうし……。


「……あ、やべ、もうこんな時間か」


 時間がもう迫ってきていたので、とりあえず学校に行ってからどうにかしよう。まあ今日会えなかったら、お隣さんの特権を使って俺から会いにいけばいい。断られたら……その時はバカ食いをしよう。


 ★★★


「翔、今日は屋上にいけなくて非常に残念だな」


 遅刻寸前の時間になんとか学校から到着すると、冬馬がニヤニヤとした顔で俺に話しかけてくる。なんで屋上にいけないからとこんな風に煽られるのか? そんなに俺は不憫な人間なのだろうか!?


「いやそんな風に笑わなくてもいいじゃないか……」


「いやいや。この俺の笑顔は決してお前をバカにしているものじゃない。これから起こる出来事を想像して先にニヤニヤしてるだけだ」


「な、なんか気持ち悪いぞお前……」


 一体俺にこれから先どんな笑われる出来事があるというんだ……。


「あれ、そういえばのどかは? あいつも遅刻?」


 そして普段ならこの笑いに加担しているのどかの姿が見当たらない。いつもならひょっと出てきて冬馬と一緒に俺をからかっているはずなのに。


「まあまあ、乙女には時間が必要なんだよ」


「?」


 一体なんの時間が必要なんだか。あ、そういえば追試の勉強が奴には課せられていたな。試験結果は放課後に伝えられるから帰宅部の俺はのどかが合格したか知らないが、まあ流石にあの調子で昨日受かったとも思えない。


「お、チャイム鳴った。そんじゃ翔、昼休みにいいもの見させてもらうぞ」


「なんなんだよ一体……」


 結局俺の身にこれから何が起こるのか冬馬は教えてくれず、退屈な授業が始まった。


 ★★★


「ようやく昼休みか」


 長く苦しい四つの授業が終わり、ようやく昼休みになった。窓から外の景色を見てみれば、案の定雨は降り続けていて、屋上で食べるという選択肢は断ち切られている。


「しょ、翔……」


 そんな時、ふとのどかがモジモジしながら頰を赤らめて俺の名前を呼ぶ。


「のどか! お前今日どうしたんだよ。さっきまでの休み時間ずっと教室にいなかったし。なんかあったのか?」


「そ、それはまあ……色々あったんだけど……」


「まあ大方追試の勉強だろ? 今日こそ絶対受かれよ! 頑張ってるみたいだし!」


「そ、それなんだけど……翔、きょ、今日は私といっしょにーー」


「佐久間君!!!!!」


 それは突然のことだった。のどかが何かを言おうとしていたと同時に、普段の教室であれば絶対に響き渡らない声が俺の名前を呼ぶ。教室は一瞬凍りつき、声の方向に全クラスが注目する。


 そして、その姿を見たクラスメイトたちは……


「ど、どうして聖女様が!?」

「こ、この教室になんか……」

「て、てか佐久間なんかモブみたいなやつをどうして!?」


 嵐のように、クラスメイトの騒ぐ声がクラス中を駆け巡る。そりゃそうだ。だってこの学校で一番知名度があり、なおかつ人気も併せ持つ聖女様……九条さんが突然きたんだから。


「お、おい翔!? 一体どういうことだ!?」


 さっきまで離れた距離にいた冬馬が息を切らして俺の方に向かってきて、問い詰めてくる。


「どういうことって……」


 それは俺にも説明できない。なにせ何も聞いてないし、こうなることなんか予想もしていなかったから。


「……ごめん冬馬、説明はいつかするよ」


「お、おい!」


 でも今九条さんが俺にして欲しいことはなんとなくわかる。だから俺は一旦冬馬の追求を無視して九条さんの元に向かう。


「……ごめんなさい、いきなりやって来て、こんな風に呼び出して……」


 九条さんの顔はもう赤色のペンキを塗ったかのように真っ赤で、湯気が見えてもおかしくないぐらいに恥ずかしがっている。


「と、とりあえずこっちに来てください!」


 そして九条さんは俺が何かいう前に小さな手で俺の手を掴んで廊下を走り出す。もちろんそれを教室にいたクラスメイト、そして野次馬が追いかけないわけはなく後ろからは多数の人々が猛追してくる。


「こ、こっちです!」


 そうなることをあらかじめ予想していたんだろう。九条さんは一旦一階の階段を降りて、すぐに人の視界から外れる階段裏に隠れる。すると野次馬たちは勘であちこちに動き出し、なんとか巻くことができた。


「ふ、ふう……なんとか巻いたね」


「……はい……良かったです……」


 息を切らしながら九条さんは安心した表情を見せる。


「ここの近くに誰も使ってない空き教室があるんです。ひとまずそこに行きましょう」


「オッケー」


 これも考慮していたのだろうか。九条さんは迷うことなく近くにあった空き教室に入り、内側から鍵をかける。……も、もちろん万が一野次馬が入って来そうな場合に備えて鍵を閉めただけのことだろうよ、うん。


「昨日放課後にプランを考えといて良かったです」


「え、放課後? もしかして昨日うちに来なかったのは……計画を立ててたから?」


「!!!」


 図星らしい。


「……私、昨日の昼休みの後、考えたんです。佐久間君のいない昼休みを。……変な話ですよね、ほんの少しだけご一緒しただけなのに……いないことが想像できなかったんです。いや、しようとしたら……胸が苦しくなって……。本当におかしいです、今までは一人で、いつも一人でなんとかしてたのに……」


 今にも泣きそうな顔で、九条さんは気持ちを吐き出していく。きっと彼女は完璧な自分をなんとかして保とうと、とことん気持ちを押し殺してただただイメージを貫いて来ていたのだろう。


 俺はそれをどうこうすることはできない。ただ出来ることは……。


「……そっか。じゃあこれからは毎日一緒に食べよう」


 それだけ。料理がちょっと出来る凡才の俺には、それだけだ。


「!? そ、それは……」


「誰かと一緒に食べるってやっぱり楽しいじゃん。それに俺、九条さんと一緒にご飯食べるの好きだし」


「……!!! 本当に、どこまでも優しい人です……佐久間君は」


 今日初めて、九条さんは安堵した顔を見せる。きっと彼女なりに抱えているものがあって、それが俺と一緒に飯を食べることで多少解消されるのであれば力になりたい。


「それじゃあ食べようか。もう昼休みもそんなにないし」


「はい!」

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