学校にて、考え事
「どうしよう翔! 全然追試に受かる気がしないよ!!!」
授業の合間の休み時間、のどかは今にも泣きそうな顔で必死に追試のための勉強をしながら俺に話しかけてくる。
「単語帳の最初の方にある英単語の意味を四択の記号で答えるだけなんだろ? 流石にそろそろ受かるだろ」
「単語帳の最初の方にある英単語の意味を四択の記号で答える難しさを翔は知らないの!?」
「知らねえよ!!!」
いくら俺とてそれぐらいのレベルは流石になんとかなる。スペルを書けと言われたら別だが。しかしのどかはここまでバカになっていたんだな……いや、こいつは中学生まで自分の苗字(橘)を書けずにいたわ……。
「橘さん。recognizeの意味は?」
ふと近くにいた冬馬がのどかに問題を出す。ああ、これは単語帳の最初の方にあった、認めるという意味の単語だったはず。
「え、レンコン? ちょっとどうしたの冬馬くん。いきなり変なことを言い出して?」
「「……」」
だがのどかから返ってきた返答は、俺たちを絶句させた。果たして何を彼女は勉強していたのか。それとも彼女の頭にはちくわが内蔵されていて覚えては抜ける仕組みになっているのか。そんな疑念すら湧いてくる。
「橘さん、明日で金曜日になる。来週になれば俺はまたこの非リアと飯を食い始める。つまり……どういうことかわかるよね?」
「!!!」
いやどういうことだ。てかさらっと俺のことをdisったし。
「幸いまだ昼休みまで二回休み時間がある。美優(特進クラスに属する冬馬の彼女)も呼んで今回の追試でケリをつけよう」
「うう……ありがとう冬馬くん」
「俺も手伝う……なんだ冬馬、そのお前は不要だって顔は」
「おおよく察してくれたな。お前が凄まじいレベルの鈍感じゃないとわかって俺は嬉しい」
「また皮肉めいたことを……ハイハイ、それじゃあ俺はのどかが受かるように神に祈っておくよ」
「あ、ありがとう翔!!! それだけでもう受かる気しかしないよ!」
「それ一番危ない感覚だから今すぐ忘れろ!」
受かる気しかしないというのは大体落ちるやつのいうことだからな……。とはいえのどかが絶望した顔から少し希望が見えたからか明るい表情が出てきたのは良かった。落ち込んでるのどかはらしくないからな。
「それじゃあ今日も俺は屋上で飯を食べてるよ」
「それなんだが翔。会長からお前の同席を許されたし、一緒に生徒会室で飯を食べれるぞ」
「あー……」
おそらく冬馬がなんだかんだ俺に気をきかせて交渉してくれたんだろう。だけど今日も……あの人のために弁当を多く作ってきたから……。
「悪い。今日も屋上で食べるわ。あの爽快感を味わっちゃったら抜け出せなくて」
「まるでヤク中みたいなことを言うな。まあお前がいいならいいんだが……あ、チャイムがなった。それじゃあ橘さん、授業は聞かずに単語帳をひたすら見ておくように」
「はーい!」
冬馬は教師が聞いたら涙を流してもおかしくないことを平然とのどかにいい、座席に戻る。そして昼休みまでの残り三つの授業が行われて……。
「こんにちは、佐久間君」
昼休み。今日も九条さんは屋上の扉の前にある階段にポツンと座っていた。
「今日はおにぎりじゃなくてサンドイッチを食べてるのか」
「毎日同じものを食べるのは好きじゃないので……。それに今日もいい天気で佐久間君がまた屋上にくるんじゃないかと思ったので……」
「ああ、俺の弁当も考慮してたってことか」
「!!! ……そ、そうです……はい。だ、だって美味しいですもん……佐久間君の料理」
図星を突かれて九条さんは顔をボッと真っ赤にして、目線はあちこちに飛んで声はプルプルと震えながらも俺に効く褒め言葉を言う。
「そ、それより早く行きましょう! 昼休みが終わってしまいます」
その言葉をごまかすかのように九条さんはあたふたと立ち上がって屋上のドアの前に立つ。そして俺は屋上の扉を開ける。
「あー今日は結構雲があるからあんまりいい景色じゃないな」
残念なことに今日は天候が曇りのために昨日みたいな爽快感のある風景は見れない。明日には晴れればいいんだが……もしかしたら雨が降るかも。
「明日雨が降ったら佐久間君はここにはきませんか?」
「うーん……雨の中ここで飯を食べるのはさすがに無理があるからなあ。ま、それは明日次第かな」
「そう……ですよね。明日のことなんか誰にもわかりませんよね」
少し不安そうな表情が九条さんからチラリと見えるも、すぐにそれは消え去り彼女は昨日と同じくコンビニのビニールを床に敷いて俺はそこに弁当を置く。
「わあ……今日も美味しそうです!」
弁当箱を開けると、九条さんの目の色はパアッと輝き出す。今日のおかずは食べやすいサイズに握っておいた長方形のおにぎり、それとトマトソースをかけたミートボールにオクラの肉巻きにポテトサラダ、そしてデザート代わりのトマト。
「それじゃ今日も……あ、やべ。箸忘れた……」
普段入れてあるはずの場所に、箸がなかった。ついつい料理に夢中で忘れてしまったんだろうなあ。割り箸も家になかったから入れてないし、これは学食のやつを取りに行くしかない。
「さ、佐久間君……わ、私のお箸を使いますか?」
「え」
それはいろんな意味でダメな気がしてならない。
「わ、私今日コンビニでなぜか割り箸を入れてもらってたので」
「あ、あー。な、なるほど。そう言うことね。ハイハイ。それじゃあ割り箸をもらうよ」
俺の方が大きな勘違いをしてしまっただけなようだ。いくら最近一緒にご飯を食べる仲とはいえども流石に行きすぎたラインだよな。
「それじゃあ食べようか」
「はい!」
そして俺たちはお互いにいただきますといい、ご飯に手をつけ始める。やっぱり九条さんは美味しそうに弁当を食べてくれて、俺としても感無量だ。
でもふと気になった。冬馬が戻ってくる来週から、また九条さんは一人でまたコンビニのご飯を食べることになるのかどうか。
もちろん俺が来週からも九条さんと一緒に昼ごはんを食べると言う手段もある。だけどそれでは冬馬に九条さんが一人で昼ごはんを食べていると気づかれるリスクがあるわけで。冬馬のことだから誰かに言いふらしたりはしないだろうけど……それでも本人は嫌だろう。
そもそも九条さん的には俺と食べること自体にどう思っているのかが……よくわかってない。多分ご飯は好んでくれてるんだろうけど。
「ど、どうかしましたか佐久間君?」
「……あ、なんでもないよ」
どうやらその悩みが不安そうな顔に出てしまったらしい。九条さんが心配そうな顔で俺の方を見て声をかけてきた。この悩みは本人に言えるわけもないので、テキトーに誤魔化す。
「なんでもないならどうしてミートボールを口じゃなくて頰で食べようとしているんですか?」
「え? ……う、うわあ!? なんか変な感触するなって思ったらこう言うことか!」
漫画みたいなボケをかましてしまった……。九条さんにはめちゃくちゃ心配そうな目で見られるし、もう俺穴があったら今すぐ入りてえよ……。
「私なら大丈夫ですよ。佐久間君に頼りっぱなしじゃいけませんからね」
どうやら悩み事の内容は感づかれていたらしい。九条さんは俺に何事もなさそうな、完璧に整えられた笑顔でそう言う。
まるで初めて家の前で会って、うずくまっていた時と同様に。
「い、いや……でも……」
「あ、もうすぐ昼休みが終わってしまいます。そろそろ戻りましょう」
俺の反論を遮るように、九条さんは帰る用意をし始める。
「九条さん、俺はいつだって頼っていいから!」
余計なお世話だったかもしれない。だけどそれを言わずにはいられなかった。九条さんのような完璧な人間を全て理解することはできないだろうけど、支えることならできるんじゃないか。
そう、凡人なりに思ったから。
「……ありがとう、ございます」
その言葉を、九条さんはどのように受け取ったのか。それは九条さんから発せられた言葉と表情からはわからずに、今日の昼休みは終わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます